第33話 9回表守備交代
7球のピッチング練習が滞りなく終わる。
7番ピッチャー卯月となったため9番に中堅片岡がコールされた。
3年生の右投げ左打ち。実家は檜風呂だったりする。リフォームしたばかりだとか。
残念ながら下の名前は
3年生の控えはあと一人いる。
勝っても負けても最後のため出番はあるのではないかと思われる。
「あと2回しまってくぞー」
「おーーー!!」
9番ピッチャーのところに相手は代打を送ってきた。
柊真白の本塁打を打たれた事もあって替え時と判断したのだろう。
卯月が左投手という事もあってかは知らないけれど右打者を送ってきた。
初球から右打者のインコース高めにズバッとストレート。
思わず手を出してしまった打球はぼてぼてのキャッチャーゴロ。
打者としては一番やってはいけない事をしてちまった。
変わり際の投手の球種を出させる事もしていないし、打ち易いところにきたわけでもない球に手を出してのボテボテのゴロ。
次に繋がる打者への何の助けにもなっていない。
二人目の1番打者にはフルカウントまで粘られるも、クロスファイヤーとなる左打者の外角低めへのストレートで見逃し三振に切って落とした。
「ツーアウト―」
「おーーーーー!!」
人差し指と小指を立ててツーアウトをアピールする。
3人目の2番打者へはカウント2-2からファールで粘られた末に7球目のスライダーを引っ掛けセカンドゴロで難なく3アウトで抑えた。
「ナイスピー」
野手陣から労いの言葉が掛けられる卯月はグラブを挙げて応えていた。
観客も大きな拍手でナインを迎え入れた。
「じゃ、いってくる。」
8回の守備から中堅に入っている3年の片岡がバッターボックスへ向かう。
「おう骨は拾ってやるから好きにいってこいや。」
同じ3年の小川がそれを贈る言葉を添えて送り出した。
相手の投手は背番号11番、3年の左投げの投手だ。
サイドスローでボールの出所が見にくい投手だ。
埼玉の球団でかつては抑えをやっていた高橋投手のようなフォーム。
「うおっ。」
左打者には余計に打ち辛そうなのが見て取れる。
4球でカウント2-2。5球目の真ん中から外に外れるスライダーに引っかかり空振り三振。
1番白銀も2-1からの高目ストレートを弾き返すもセンターフライに倒れてツーアウト。
2番小泉は0-1から真ん中にきたボールを弾くもファーストの好守備に阻まれスリーアウトチェンジ。
ここで吉田監督が動き出す。
吉田監督、吉田吉影32歳、既婚、子供は2人が動き出した。
投手を卯月から柊へ、卯月一塁へ、一塁の小川を左翼へ。右翼安堂のところに轟と守備交代を告げた。
3番左翼小川、5番投手柊、6番右翼轟、7番一塁卯月。
万一の場合を想定して投手は残しておく戦法だ。
関西のタテジマの球団のように葛西ー遠山ー葛西のような戦術か。
延長に突入する事を踏まえると1イニング交代というのも考えられる。
高校野球だからこそ出来る投手交代の妙というのもあった。
7球の投球練習はあっさりと終わる。
3番から始まる9回の攻防。
互いに条件はほぼ同じ。違うのは現在の点数くらい。
延長がなければ泣いても笑っても最終回。
「オラーひいらぎーぶっかませーーー」
相も変わらずベンチからの鬼姫の口撃。あれは敵味方問わずダメージを与える。
そのうち出禁にならないか心配をしてしまう桜高校のメンバー達。
大体投げるのにぶっかませはないだろうと内心思っていた。
「とはいえ、変な緊張は解けるのだから不思議だ。」
八百のミット目掛けて八百の要求するボールを投げる。
ただそれだけ。
初球、高目から落ちるカーブに手を出し一塁に回った卯月の正面を突くファーストゴロ。
真白がカバーに向かうが、卯月はそれを手で制し自身でベースを踏みワンアウト。
卯月はボール回しをし、真白に声を掛ける。
「いいぞ、省エネ投法!」
投手の理想は一人1球全27球完投である。
しかし実際にはそれは不可能、全員が初球から振ってくれないと達成出来ない。
それがだめなら完全試合、それもダメならノーヒットノーラン。
それがなければリレーをしてでも零封。
柊真白は虚をつくからか、初球のこうした変化球をひっかけてくれる事が多い。
もっとも3人の打者に対して一人とかではあるけれど。
次は4番打者。山田を見事に粉砕した打者でもある。
そういえばプロか大学か社会人かわからないけどスカウトがカメラを構えていたのを見ている。
なるほど、桜高校の山田は噛ませ犬にされたわけだな。
「よし、先輩が仇をとってしんぜよう。」
カキーン、カキーンと2本の良い当たりのファールを打たれる真白。
外角低めのストレートと外角高めのカットボールだった。
「むぅ、流石は山田を打った男。追加点はまずいというのに熱くなるのは何故だろうな。本職ピッチャーじゃないのに。」
「居残り追加練習をするうちに目というか火がついたのかもなぁ。」
(釣り玉はいらない。全球勝負。)
八百にサインで伝えると、八百は抑えるための球種とコースをサインで伝える。
ノーワインドアップから放たれる3球目ややインコースよりの真ん中のストレート。
当然相手はスイングをしてくるが……
ブオンッと空を切る音を八百は聞いた。
直後ズバァァァンッとミットに収まる音を八百も内野陣も真白も聞いた。
「ストラィーークバッターアウッ!」
審判のコールでナインもスタンドも湧き立った。
「いや、まだツーアウトだけどな。」
「まだツーアウトだーーー、お前ら気を抜くなー、全員ケツバット喰らいたいかーーーー。」
ベンチから恒例の鬼姫からの激励だ。一応女子なんだから……と真白は思ったけど声は届かないし指摘する事はしない。
さっき気付いた真白ではあったが、ベンチの真上の観客席に小倉七虹の姿があった。
観戦にきてくれていたんだなと思ったが、もしかすると種田恵のお目付け役かもしれない。
3人目の5番打者に対しては徹底したアウトコース攻めで1-2と追い込んだ後、インコースへ低めに外れるフォークで三振にとった。
バックスクリーンを見るとそこに表示されていた球速は151km/hを計測していた。
「あれま、俺も150キロ投手の仲間入り?」
これも居残り特訓のおかげだろうか。
「へいへいナイスピー」
セカンドの白銀がグラブで尻をポンと叩きながら引き上げていく。
「おう。山田の仇は取ったぞ。」
真白が真顔で返すと白銀は笑っていった。
「死んでねーけどな。」
卯月も戻りながらツッコミを入れてくる。
最終回の攻撃に移る前に円陣を組む。
「最終回だ、一人一安打のつもりで打ってこーぜ。」
「おー」
「一発かましたれー」
「おー」
「桜高ーふぁいっ」
「おおーーーーー!!」
何故か円陣のメンバーと一緒に肩を組み、声をあげる鬼姫種田恵。
隣は狙ってかは知らないが柊真白と八百の二人。
何の意識もせず肩を寄せ合う3人は隣人の存在に気付くと真っ赤になっていた。
「アオハルだねぇ」
監督はのほほんとしていた。
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