3章 4話 夏休み直前、蒼井悠乃の学園生活

「もうすぐ夏休みだな」

「そういえば、来週の今ごろはもう夏休みなんだね」

 彼――蒼井悠乃は友人にそう応えた。

 時間は昼時。

 場所は彼が通う学校の教室。

 すでに午前の授業は終わり、午後の授業に向けての休み時間を満喫しているところだった。

 そんな時だ。

 悠乃の友人――加賀玲央かがれおがそんな話題を出したのは。

「ほら。やっぱオレたちは高二だしさ。来年はもう夏休みだからって遊んでばっかりじゃいられねぇだろうしな。これは今年楽しむしかないだろ」

「……確かにそうかも」

 玲央の言葉に同意する。

 悠乃は現在高校二年生だ。

 玲央が言う通り、来年には大学受験が控えている。

 そうなれば実質、今年が最後の夏休みといってもいいだろう。

 とはいえ微妙に気持ちが高ぶらない悠乃であった。

(残党軍との戦いがなければ、もっと気楽で良かったんだろうけど)

 悠乃は五年前に魔法少女として《怪画カリカチュア》という化物と戦い、世界を救った。

 しかし、その戦いを生き残っていた《怪画》が結集し、残党軍を結成していた。

 残党、などといえば烏合の衆を想像させるかもしれない。

 だがその頂点に立つ将軍は、五年前の戦いで出会った《怪画》を圧倒するほどの戦力を有していた。

 人数は減っても、総戦力では以前の戦いを凌駕している。

 幸いにして四人いる将軍のうちの一人はすでに倒している。

 だが、あのレベルの敵が三人――ギャラリーを除いても二人残っていると思えば憂鬱にもなるだろう。

(とはいえ、残党軍の件がなければ璃紗とも薫姉とも会えなかったし、複雑な気分だ)

 戦いは嫌いだ。

 だが、結果として昔の友人に会えたことを喜ばしいと思う自分もいる。

「夏といえばベタだけど山か海だな」

「海……」

 海、といえば悠乃には思い当たる話があった。

「ん? 海か。悠乃は海派なのか」

 悠乃のつぶやきに玲央が反応する。

 さらに彼は盛り上がってゆき――

「海! 海といえば水着! 水着といえば巨乳のお姉さん! 巨乳のお姉さんといえば悠乃はどんな水着を着るんだ?」

「話のつながりが見えない!」

「ああ。確かに悠乃は巨乳ではなかったな」

「もっと致命的なズレがあるよねぇ!?」

 具体的に言うと性別とか。

 女の子扱いしかされない自分が辛い。

「で、悠乃は海派なのか?」

「簡単に流されてる……」

 どうやら悠乃の主張は無視されてしまうらしい。

 もっとも、日頃から男子を主張してもこれなのだから今更だろう。

「別に僕は海派ってわけじゃないかな? ただ、来週に海水浴に行く予定なんだ」

 それを提案したのは薫子であった。

 どうやら彼女の保護者(?)がその日に休暇を取っているそうで、薫子たちを海水浴に連れていってくれるそうなのだ。

 もしも悠乃たちだけで遠出をしようと思えばバスや電車を使用するしかないため、知り合いに車で送ってもらえるというのは魅力的だろう。

 しかもホテルで一泊二日――旅費は彼女の保護者が負担。

 至れり尽くせりな内容であった。

「海に行くのか!? まさか男とか!」

 なぜか食い気味に問い詰めてくる玲央。

 悠乃は顔を引きつらせながら身を反らした。

「いや……一緒に行くのは女友達とその保護者の女の人だよ……?」

 どうやら薫子の保護者というのは、本職のメイドなのだという。

 メイド喫茶以外でメイドさんを見る機会などめったにないだろう。

 そういう意味でも楽しみであった。

(って……女の子ばっかりと旅行ってマズくない……!?)

 悠乃は自分が口走ってしまった事実に顔が青くなる。

 海水浴旅行。そこまではいい。

 問題は男女比だ。

 男は悠乃1人。しかし、女性は6人。

(よく考えると、これは結構不健全に聞こえちゃうんじゃぁ……!?)

「ゆ、悠乃お前……!」

(ほら玲央も驚いてるよぅ……!)

 わりとチャラ男な雰囲気の玲央でさえも驚愕しているという事実に悠乃は頭を抱えたくなる。

 下心も邪心もない。ほとんど。あんまり。

 だが、客観的に見て悠乃の主張には何の説得力もあるまい。

「悠乃! オレは――」

(け、軽蔑されるぅ……!)

 気兼ねなく話せた唯一といえる男友達との友情もここまでか。

 悠乃は涙目で首をすくめ、次に浴びせかけられるであろう罵倒を待つ。

 しかし玲央は悠乃の肩を抱き――

「オレは信じていたぞ! お前は男遊びをするような奴じゃないって!」

「どういう意味かなぁ!?」

(心配するところソコじゃないよね!)

 なぜか男と一緒じゃないことを喜ばれた。

「悠乃。お前は純情なままでいてくれ。ふとした仕草で男を誘惑する小悪魔になったら駄目だぞ」

「ならないよ!」

「手遅れだったか……」

「それどういう意味!?」

 完全に話がかみ合っていない。

 同じ話をしているはずなのに、悠乃の主張が全然反映されていない。

 泣いた。

「悠乃。海ってどこに行くんだ? 日付は?」

 しかも、なぜか妙に詳細まで訪ねてくる玲央。

(も……もしかして)

 悠乃は海に女友達と行くと言った。

 一緒に行くのは朱美璃紗と金龍寺薫子と黒白姉妹――遅れての合流になるがグリザイユだ。

 全員、ベクトルは違えど相当な美少女。

(これは……ナ、ナンパ目的……!)

「女の子狙いで……つ、ついて来ちゃダメだよ……?」

「ぐぁ……上目遣いをこんなところで……!」

 なぜか玲央が床に倒れ込んで痙攣し始めた。

 唐突な出来事に悠乃はただ彼を見下ろすことしかできなかった。

(な……なんなのさ……これは)

 悠乃が困惑を越えて無表情になっていると、苦しげに玲央が立ち上がる。

 そして彼は悠乃の両肩を強く掴む。

「大丈夫だ! オレの狙いは悠乃だ!」

「れ、玲央……!」

 普段であれば告白まがいの軽口だと思っていたであろう。

 しかし悠乃の目は輝いていた。

(僕が女の子狙いって言ったら否定して、僕狙いって言った! それはつまり、!)

 論理的帰結である。

「あ、すまん。悠乃狙いじゃどっちみち駄目か」

「なんで訂正しちゃうのさ!」

 悠乃は慟哭した。

 さっきのはかなり惜しかった。

 あのまま訂正されなければ、悠乃は男子扱いをされたままで終わったというのに。

「なんで諦めるの! 狙おうよ! 僕を!」

「お、おう……。妙に積極的だな」

 迫る悠乃と、身を引く玲央。

 先程と立場が完全に入れ替わっていた。

 とはいえ、数秒もあれば自分の発言を吟味するには充分すぎて――

「って、僕は何言っているのぉぉ……!?」

 悠乃は羞恥で顔を覆い隠して座り込んだ。

 先程の発言が、まるで自分を狙って欲しいかのように聞こえることに遅ればせながら気がついたのだ。

「玲央! さっきのナシ! 狙っちゃヤだからね!」

 悠乃は目を回しながら一方的にそうまくし立てた。

 頭は完全にパニックである。

「まー落ち着けって。それに、別についてきたりしないから安心しろよ」

「へ?」

「悠乃がオレに声をかけなかったってことは、一緒に行く奴って前からの友達なんだろ? この学校にそれらしい奴がいた記憶もないしな。多分、中学か小学校で一緒だった友達だ。アタリだろ?」

「……うん」

 玲央の読みは的中していた。

 璃紗も薫子も小学生時代の友人で、同じ高校には通っていない。

 黒白姉妹やグリザイユも最近できた友人とはいえ、玲央と面識がないという意味では大差ない。

 悠乃は彼の指摘を肯定した。

「となればオレが行っても話題に困るだろうしな。友達の友達って当人からすると全然友達じゃねぇし」

 そう玲央は笑う。

「それにしても、ちゃんと悠乃にもオレ以外の友達がいたんなら安心したぜ。悠乃って、もしオレがいなくなったら独りぼっちになっちまいそうだったからな」

「そんなこと……あったかもだけど」

 というより、そうだった。

 璃紗や薫子との交流が復活したのはつい数か月前だ。

 それまでは友人といえば玲央くらいだった。

 我ながら少ない交友関係だ。

「というか、冗談でも『オレがいなくなったら』っていうのは感心しないかな? 玲央も、僕の大切な友達なんだからね?」

 悠乃は口元をとがらせて、玲央を咎めた。

 これから《怪画》との戦いも激化してゆく。

 住民に被害を出さないと確約なんてできないし、悠乃自身についてさえ無事を保障できないのが現状だ。

 今日別れた人と、明日会えるのは当然なんかじゃない。

 悠乃としてはわりとデリケートな話題なのだった。

「悪い悪い。冗談でも……そうでなくても言うべきじゃあなかったかもな」

「そーだ、そーだ」

「で、マジな話どうだ? オレが遠くに行って、会えなくなったりしたらどうなんだ? 泣いて引き止めたりするのか?」

 面白半分で玲央がそう尋ねてきた。

「ひ、引き止めたりしないよ……!」

 悠乃が選んだのは、否定だ。

 別に、玲央に事情があるのならそれを無視してまで引き止めるつもりはない。

 一緒にいることだけが友情の形ではないと悠乃は思っているからだ。

「でも――」

 とはいえ、


「泣いちゃったりは……するかも?」


 感情的な問題は別である。

「ぉふ」

 そんな悠乃の本音を聞いた玲央は、その場で死亡した。


 ――存外、別れの時は近いのかもしれない。

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