10. 藍色のrequiem
10-1
程なくして、担任からついに発表があった。
「上島さんは……今週いっぱいで、学校を辞めることになりました」
真理が蘭を軽く睨んだ。蘭にはもう、味方がいなかった。
担任のその一言で、蘭にとっての学校生活はさらに酷いものになってしまった。
「あと1週間くらい、我慢しなよ」
そう言った真理は、蘭への執拗ないじめを続けた。
蘭はただ無言で、でも歯を食い縛りながら耐えていた。
周囲も無言で、それを見過ごすしかなかった。きっとみんなもどこかで、人間じゃないというだけで蘭を恐れる気持ちがあったのかもしれない。
いよいよ最終日がやってきた。
「やっとあんたとお別れできるよ、平穏な日常が戻ってくるね」
真理の笑顔は歪んでいた。蘭は拳を握りしめたままで俯いて立っていた。
「何よ、別れの言葉くらいあるでしょ? お世話になりました、とかさぁ!」
「わ、私のこといじめといて、よくそんなこと……っ!」
「は?! いじめた? そんなのあんたが悪いんでしょ?! 悔しかったら人間として生まれてみなっつーの!」
真理は蘭の方に近づいて、何と足元を軽く蹴った。体に危害を加えるのは初めてで、他の女子から小さな悲鳴が上がった。真理はクラスメイトの方を睨みつけた。
「何? 最後くらい、いいでしょ? 散々迷惑被ったんだから。キレて当たり前」
その時、蘭が急にしゃがみ込んだ。首や胸の辺りを押さえていた。
「えーなになに、私被害者です~みたいな? 何かわい子ぶってんだよっ」
また真理の足が動いたのを見て、僕の体は咄嗟に動いていた。
最後くらい、いいよね。……救っても。
僕が蘭の元に駆け寄ると、お腹の辺りがじわりと湿った感触があった。
自分の白いセーターを見ると、青く染まっていた。どこか暗い群青色ではなくて、まだ鮮やかな藍色。
蘭の唇は藍色に染まっていた。想像以上のストレスが溜まった結果だったのだろう。両親が彼女に心を与えていたのなら、ストレスも生じて当然だ。
「キャーッ!!!」
女子の1人が叫んだ。みんなも一瞬遅れて、次々に悲鳴をあげた。真理は小さく震え始めていた。人間ではない絶対的な証拠を見て、あれだけいじめていたのに、一瞬で気が動転したようだった。
「あ、あんた何これ……ち、血が、青いの……?!」
と、そこに悲鳴を聞きつけたのか、担任がやってきた。他クラスからの野次馬も大勢いた。
「ちょっといい? 今話し合って決まったことなんだけど……田中さん、あなたは退学処分です。大学の合格も取り消されることが正式に決まったわ」
「……は?」
クラスがどよめき、真理は固まっていた。担任は溜め息をついた。
「あのね、気づいてないとでも思ってたの? あなたが上島さんに酷いことをしてたのくらい、職員室中が知ってる。上島さんの顔色もどんどん悪くなってたし。私達教員は上島さんを早く助けてあげたかったし、彼女に関するニュースのことも考えて、自主退学って形を提案したの。で、田中さんの上島さんいじめは暴力こそなかったけど、あまりに陰湿で目に余る。だから私は、この前の教員会議であなたを退学にすべきだと伝えた。元々目を瞑ってた校則違反も多かったからね、あなた」
僕の腕の中の蘭は、先生……と涙を浮かべていた。良かった。僕以外にも、救いたいと思う人がいたんだ。
「そ、そんな……。だ、だっていじめだけじゃないですか。暴力振るってないし、そもそもあいつが人間じゃないから……!」
「いじめだけ? よくそんなこと言えるわね。暴力、さっき振るってたでしょ? 蹴る所私見てたよ。それにいじめだけじゃないのよ。実はたくさん相談があってね……あなたがお父さんの名前を頻繁に出して、脅してくるって」
「こ、今回だって、本当に退学になるわけがない! パパは副総長ですよ?! 先生1人のクビくらい、簡単に飛ばせるんだからっ! 私がパパに言って取り消してもらう! そんであなたには辞めてもらう!」
クラスの数人から密かな笑い声が聞こえた。こんな時までパパを頼るのか、と。
「あのね、そのパパも了承したのよ。教員会議の決定事項が校長と理事長に伝わって許可されて、その事案は当然大学にも伝えられた。総長があなたのパパに確認をとって、パパも娘の非を認めたんですって。それから、自分の立場を使って娘が生徒を脅していたことと、副総長の娘だからって理由で、校則違反が多かったのにそれなりの内申点で推薦合格したことに責任を感じて、副総長辞任するって言ってたわ」
あいつズルかよ、どうもおかしいと思ったんだよな、やっぱ権力絡みか、という批判の声が少しずつ大きくなっていった。真理はついに黙り込んだ。
「とにかく、残念だけど、このことは決定ね。手続きして、来週くらいには早速。田中さん、最後くらい謝りなさい」
真理は蘭の方に少し近づいた。
「ごめんなさい」
その言葉は、とても心に響くものではなかった。ぶっきらぼうに言うと、逃げるように教室を出て行った。
「はぁ、もう…………あ、平野くん、上島さんの様子はどう?」
落ち着いてます、と言おうとしたら、また僕のお腹がぐっしょりと濡れた。
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