第23話 妹に自慢する

 

 蓮見の手伝いはしたものの、本は見ていかなかったので予定時間よりも早く自宅の前に着いた。

 わざわざ店を開けてもらうのも悪いしな。

 それに、あれだけ目を輝かせていた蓮見は堀内先生のサインや手紙を何度も読み返したり見返したりする一人の時間がすぐにでも欲しいはずだと思う。


 それにしても堀内先生の小包、切手が無かったな……

 もしかして、直接郵便受けにいれたのだろうか。

 今や大金持ちのはずだし、ひょっとしてこの近くに家を買って引っ越してきたのかも――いや、流石にないか。


 そんな事を考えつつ俺は自宅の玄関の扉を開いた。


「ただいま~」


 "――ドタドタドタ!"


 俺が帰宅の声を上げた直後に2階から物音が聞こえた。


 いつもぶっきらぼうに迎えにきてくれる妹は来ない。

 ついに愛想を尽かされた……わけではない。いや、本当に。


 このパターンの時は大体あかねは2階にある俺の部屋で漫画に夢中になっているだけなのだ。

 まぁ、優先度を考えたら当然、『漫画>俺への迎え』だよね。


 悲しみを堪えつつ、俺は『かばんを置くため』という正当な口実のもと、愛する妹に会うために階段を上がり自分の部屋へと向かい、扉を開いた。


「お~い、あかね、お兄ちゃんだぞ~」


「――お、おお、お兄ちゃんお帰り! は、早かったじゃない!?」


 案の定、あかねは俺の部屋のベッドの上に寝っ転がって漫画を読んでいた。


「あぁ、『今日は本屋に寄るから遅く帰る』って話してたか……運悪く閉まってたんだ」


「そ、そっか! 突然帰ってきたからびっくりしちゃった! あはは!」


 そして、このパターンの時は大体いつも息を切らして何やら慌てている。

 急な帰宅くらいでこんなに取り乱されるの?

 俺の存在ってそんなに心臓に悪いの?

 というか、なんか俺の布団ぐちゃぐちゃなんですけど……。


「あかね。俺の布団を使うのは良いけど、汚すなよ~?」


 そのうち寝っ転がってポテチとか食べ始める可能性もあるので俺は軽い気持ちで釘を刺しておく。

 これは俺自身の為でもある。

 実際に俺のベッドにお菓子の食べカスを落とすようになっても、愛する妹の所業なら許してしまいそうだからだ。

 しかし、教育上良くないからやっぱり心を鬼にしてでも言っておかないと……


「――えっ!? う、嘘、私……お兄ちゃんの布団、汚しちゃってた……? ぜ、全部、バレて――」


 俺の言葉を聞いて、あかねは顔を真っ青にしてしまった。

 俺は内心で「やってしまった」と頭を抱える。


 あかねはこう見えて、もの凄く責任感が強い。

 俺への口は悪いが、普段は品行方正で頭も良く、中学の頃から次期生徒会長に何度も推薦されるほどの自慢の妹だ。


 俺は慌ててそんなあかねへの誤解を解く。


「い、いや! 安心しろ、汚してないぞ! もし俺の布団の上でお菓子とかカップ麺とか食べるなら気をつけて欲しいな~ってだけで――!」


「えっ、あ、あぁ! お菓子ね! か、カップ麺なんて食べるわけないでしょ!」


 あかねは少し怒ったように声を荒げる。

 そして、自分の胸元に手を添えると何やら大きくため息を吐いた。


 ――またやってしまった。

 俺が馬鹿な事を言ったせいで呆れられてしまったのは明白だった。


 ここで俺は兄の威厳を見せつけなくてはなるまい。

 俺は右腕を掲げると、あかねに渾身のドヤ顔を見せつけた。


「聞け、妹よ! ……俺、今日朝宮さんこと――"しおりん"と握手した!」

「……ふ~ん」


 しかし、俺の自慢は空振りをしてしまったようだ。

 いやいやいや、そんなはずはない。

 本当は羨ましいくせに強がっているだけだろう。

 俺はもう一度言って聞かせる。


「あの『シンクロにシティ』のセンターを務めるしおりんだぞ! 凄くないか!? 本物のアイドルだ!」


「――いや、いつも武道館や東京ドームを超満員にしてる人が言っても……。凄いとは思うけど、薄まっちゃうというか……」


 どうしても凄さを認めようとしない強情な妹。

 そんなムキになる所も可愛いが、俺は何かに負けたくなかったので頑張って自慢を続けた。


「しおりんの手って凄く柔らかくてな、何かフワッて良い香りがしてな、やっぱりアイドルって俺みたいな陰キャにも元気をくれるんだなって~~」


 俺の気持ち悪い自慢話を聞き続けてついにあかねは不機嫌になりはじめた。

 そりゃそうだろう、あかねもしおりんの事は大好きなはずだ。


 というか、昔から俺が好きな物はあかねも対抗意識を燃やしてか真似をするように好きになる。

 俺がランニングを始めたら大の運動嫌いなあかねも俺と毎日一緒に走り始めたほどだ。

 そのおかげであかねは文武両道で本当に完璧な存在になってしまった。


「ふ~ん、そんなにしおりんと手をつなげた事が嬉しいんだ?」


 俺のうざったいほどの自慢話に対して、あかねは明らかに声を大きくして苛立ちを表明していた。

 そんなあかねの様子が面白くて、俺はつい追撃を加えてしまう。


「あぁ、どうだ、羨ましいだろう? 今までは忙しくて握手券を持っててもイベントには行けなかったが、何としおりんは握手券も受け取らずに――」


「――えいっ!」


 あかねは不意に俺の右手を両手で握って得意げな顔をした。


「これでもう、しおりんとの握手は私の手に上書きされちゃったね~。お兄ちゃん、残念でした!」


 あかねはケラケラとあざ笑った。

 ――しかし、残念ながらそれは効かない。


「ふっ、甘いな、あかねよ! 俺はしおりんと握手するよりもお前と握手できる方が嬉しいわ! だからお前は俺をガッカリさせるどころか逆に喜ばせてしまったんだよ!」


「……は、はぁぁぁ~!!?」


 俺のドン引きシスコン発言にあかねは怒りで顔を真っ赤にした。

 こうなる事は分かっていたが、自分の心に嘘は吐けない。


 あかねはプルプルと身体を震わせながらベッドから立ち上がると、俺の部屋の扉を開けた。


「お兄ちゃん、今夜の料理当番代わって。私、絶対に手元が狂っちゃうから」

「お、おう……どこ行くんだ?」

「ちょっと町内一周走ってくる。身体が火照って仕方がないわ」

「あ、あまり暗くなる前に帰って来るんだぞ。へ、変な事言ってごめんな……」


 まさかそんなに怒らせてしまう事になるとは思わなかった。

 "包丁を持つのは危険な程の怒り"を走って発散するらしい。

 俺は刺されてしまわないよう、文字通り必死に謝った。


「――そ、それと! ちゃんと手を洗ってね! ウイルスとか流行ってるから!」


 思い出したようにそう言うと、あかねは家を出ていった。

 今日もめちゃくちゃ怒らせてしまった……

 カバンを部屋に置くと、俺は下に降りて洗面台に向かう。


「手、洗いたくねぇな……」


 そんな事を呟きながら。

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