第12話 琳加へのせめてもの返礼
「それでは最後にですね! シオンさんから特別プレゼントがあります!」
結局、舞台挨拶が終わっても
映画の上映時間ギリギリまで俺を探しているのだろう。
そのせいで、自分の大好きなシオンの舞台挨拶が聞けなくなったとしても。
一緒に来ている、シオンが好きだと言っていた俺にも舞台挨拶を見せてあげたい。
琳加はやっぱりそういう子だ。
「なんとですね! 今からシオンさんが投げますボールをキャッチされた方はその場で、シオンさんの直筆サインを受け取る事が出来ます!」
酒木監督はあらかじめ耳を塞いでいた。
案の定、プレゼントの発表を聞いた会場は暴徒のような悲鳴にも近い歓声を上げる。
俺のサインはかなりの値打ちらしい。
みんな、欲しくてたまらないのだろう。
「それではシオンさん! ボールをお持ち下さい!」
「分かりました! う~ん、どこに投げようかなぁ~」
きっと琳加はシオンのサインを受け取ったら飛び上がって喜んでくれるだろう。
俺は迷ったふりをして少しだけ時間を稼いだ。
しかしもう上映時間だ、これ以上琳加を待ってはいられない。
「じゃあ、投げまーす! それっ!」
俺はボールを放り投げる。
「おい、シオン君! 俺がもらっちゃっていいの~!?」
「あっ、酒木監督はダメですよ!」
「あはは、次回作もお仕事がもらえるようにゴマをすっておこうかと思いまして」
めったにボケない俺のボケに会場が沸く。
舞台袖を見ると、鈴木がカンペを出していた。
『時間がないからそろそろ投げてくれ』と。
(琳加、まだ俺を外で探しているのか……?)
「鈴木さん、そんな所にいないでこっちに来て下さいよ! 一曲歌います?」
「こ、こら、シオン! 俺を呼ぶのはやめてくれよ!」
鈴木マネージャーの登場に会場が再び沸く。
以前、ライブで歌わせた影響で鈴木にも人気が出てしまっているようだ。
もうコレ以上の時間稼ぎはできない。
ちょうどその時、会場の扉が静かに開いた。
入ってきたのは残念そうな表情の琳加だ。
俺はすぐに叫んだ。
「じゃあ、時間もないので投げます!」
もしも、琳加が自分の席に座っていたらどうだっただろうか。
狙った一つの席にボールを投げ入れる。
俺はそんな器用な真似はできないだろう。
何より、周囲のお客さんが横から手を伸ばして取ってしまう可能性もある。
だが、1人だけ、『明らかに違う場所』にいたら?
「シオンさん、投げました! おぉっとすっぽ抜けたか!? 会場の入口の方へ!」
「――へ?」
(頼む、琳加受け取ってくれ……!)
それは迷惑をかけたお前への。
大好きなシオンの舞台挨拶よりも俺を探しに行ったお前の優しい心への。
俺からのせめてもの返礼だ。
「――わわっ!?」
俺の投げたボールは琳加の胸元へ。
そしてうまく弾んで琳加がキャッチした。
ナイス、胸トラップ。ダテに大きくないな。
「おめでとうございます! どうぞ壇上へ! 申し訳ございませんが、上映まで時間がありませんので駆け足でお願いします!」
「――へっ!? は、はい!」
琳加は指示されたまま、周囲の恨めしそうな視線と共に壇上に上がる。
本人は何のことか全く分かっていないだろう。
「ごめんなさい、私……何のことか」
「では、シオンさん! サインを書いて彼女にお渡しください!」
「へっ!? サイン!? 嘘!?」
俺は手早く色紙にサインを書き始める。
「ごめんなさい、私、受け取れません。舞台挨拶も聞いていなかったので……。受け取ったら失礼です」
琳加は小声でまたクソ真面目な事を呟いた。
鈴木マネージャーが応対してくれる。
「すみませんが、やりなおす時間はありません。どうかこのまま受け取ってください」
鈴木の加勢に感謝しつつ俺は急いでサインを渡す。
「それではそろそろ上映時間も近づいて参りましたので、ご挨拶はここまでにさせていただきます! 皆様、映画『雑用係の下剋上』をお楽しみください!」
司会の白石アナが呼びかけると、俺は監督達と共に急いで控室に戻った。
~~~~~~~~~~
「本当にすみませんでしたっ! 謝罪は後日正式にさせていただきます!」
急いでシオンの格好を解除しながら、俺は監督達に謝った。
「何言ってるんだ! 大盛り上がりだったじゃないか! 大成功だよ!」
「そうだよ、監督のしめの挨拶がカットになっちゃったけど、もともと時間調整用のものだったからね。予定どおりに映画も始められたし問題ないよ」
「むしろ、めったに見られないシオンのボケが出たなんて、ネットニュースになって宣伝効果もばっちり! やっぱり超一流アーティストのファンサービスは違うなぁ」
「明日の朝のニュースが楽しみだなぁ。シオン君、また人気になっちゃうんじゃないかな」
「みなさん、あまりシオンを甘やかさないでくださいよ。今回のシオンの悪ふざけについては、マネージャーである僕からも謝らせていただきます」
後の処理は鈴木に任せて俺は急いで女装をする。
鈴木、本当にすまない……。
「女装なら、わ、私の下着貸しましょうか!?」
「下着は別に大丈夫です!」
トチ狂った事を言っている衣装さんの言葉も受け流しつつ。
整髪料を洗い流し、いつもの髪型へ。
そして、上から金髪のカツラをかぶる。
俺は琳加が待つ客席へと向かった。
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