絵画

渚冱

第1話「兵隊とクマ」

ある小さな町の外れの人通りが少ない小さな通り道。ある男が道の壁に絵を描いていた。そこに少女が現れる。




 少女は軽々とした足取りで、細く、狭い道へと入って行く。片手には花を持ち、細い道を奥へ奥へと入って行く。


ふと少女は足を止めた。少女の目先にでは、男が絵を描いている。その男に少女が声をかけた。


「ねえ、おじさん。おじさんは何故ここに絵を描いているの?」

「興味があるのかい?」

「うん」


男は手を止め、少女の目を見た。


「じゃあ、少し質問をしていいかな?」

「うん!いいよ!」

「お嬢ちゃんは、怖いものはあるかい?」


少し考えて少女は答えた。


「うーん。お化けかな」

「そうか、じゃあお嬢ちゃんの周りにお化けが沢山居たらどうする?」

「逃げる」

「逃げても追いかけてきたら?」

「もっと逃げる」

「でも、ずっと逃げることはできないよね?」

「うん。だって疲れちゃうもん」

「そうだよね。じゃあ、お嬢ちゃんがお化けに『一緒に遊ぼう』って言われたら遊ぶかい?」

「ううん。だって怖いもん」

「そのお化けが本当は優しいお化けだったら?」

「遊ぶ」

「そうだよね。これでわかったかな?」

「全然わかんない!」


少女はやさぐれた。


「んー。じゃあお嬢ちゃんこの絵はなんだと思う?」

「兵隊さんとクマさん」

「正解。僕はこれからここに何を描こうとしていると思う?」


男はクマの後ろを指さした。


「わかんない」

「そうか。このクマさんはね、お母さんなんだよ」

「わかった!」


少女は飛び跳ねながら答える。


「小さいクマさんだ!」

「正解!」

「お嬢ちゃんのお母さんは、お嬢ちゃんがお化けが怖い時どうしてくれる?」

「一緒にねんねしてくれる!」

「そうだね。このお母さんグマはね、小さいクマさんを助けようとしてくれてるんだよ」

「なんで?」

「この兵隊さんはこの小さいクマさんを傷つけようとしているからだよ」

「傷つけちゃダメ!」

「そうそう。でもね、クマさんは小さいクマさんを助けようとしてこの兵隊さんを傷つけようとしているんだ」

「それはそうだよ!小さいクマさん危ないもん!」

「でも、兵隊さんがお嬢ちゃんのお父さんだったらお嬢ちゃんはどう思う?」

「やだ!パパ、クマさん傷つけたりしない!」


少女は少し頬を膨らませた。


「そうだね。お嬢ちゃんのお父さんは優しい?」

「うん!すっごく!」

「そっかそっか。この兵隊さんはね、クマさんを傷つけたくて傷つけようとしているんじゃないんだよ」

「そうなの?」

「うん。この兵隊さんはね、優しいけどみんなからお願いされて傷つけようとしているんだ」

「なんでお願いされてるの?」


少女は不思議そうな顔をした。


「クマさんはね、ご飯が欲しくて畑からご飯を盗んじゃうの」

「それはダメ!」

「うん。そうだね。盗まれた畑でご飯を育ててる人たちはどうなっちゃうと思う?」

「怒る!」

「そうだよね。頑張って育ててきたものだもんね」

「うん!」

「お嬢ちゃんは、クマさんが悪いと思う?」

「うん…」

「でも、このクマさん達はご飯盗んでいないんだよ」

「そうなの!?」

「うん」

「んー。どっちが悪いのかわからない」

「どっちが悪いとかあるのかな?」

「ないと思う…だってどっちもなにかを守ろうとしてるんだもん」

「そうだね。兵隊さんもクマさんも優しいもんね」


男は柔らかく笑いながら応える。


「うん!」

「これで少しはわかったかな?」

「うーん…ちょっとだけ」

「この絵が何を表しているのか正解教えてほしい?」

「うん!」

「この絵はね、優しい兵隊さんと優しいクマさんが傷つけ合っている絵なんだ」


男は真剣な顔をして答えた。


「そっか…」

「うん。僕が何故ここに絵を描いているのかというとね、こんな出来事が今起きているからだよ」

「そうなの?」

「うん。ここでも起きてるよ」

「え!?」

「優しい人と優しい人が傷つけ合って、傷ついた人の家族や大切な人達が誰かを傷ついた人の代わりに傷つけた人を傷つける。それが何度も何度も起こってるんだ」

「嫌だな…」

「うん。嫌だね…でもね、それは何処でもいつでも起こってしまう。形を変えて。だから僕はここに絵を描いているんだ。止めようって」

「そっか…」

「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは誰かに傷つけられたり大切な誰かが傷つけられていたらどうする?」

「我慢して、まずは何で傷つけたのか傷つけた子に聞いてみる!」

「うん!それがいいね!」

「うん!」

「じゃあそろそろ帰ろうか、もう夜が近づいているからね」


男は空を見上げて言った。


「うん!おじさんありがとう!また明日も此処に来ていい?」

「うん。いいよ」

「やった!あ、お花此処にお供えしていい?」

「うん」


少女はそっと花を絵の前に置いた。


「じゃあ気をつけて帰るんだよ」

「うん!バイバイ!」


男は絵を描きを終えると荷物を持ち、薄暗い道へと入っていった。

壁の絵の前には紫苑の花が月夜に照らされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絵画 渚冱 @naginagisa_0902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ