第12章 ビール会談
第43話 思惑
六畳の狭い部屋に缶ビールを持ち込んで心地よく晩酌をしていると、どこかに置きっ放しにしていたスマホから着信音が鳴った。せっかく座り込んでビールを啜っていたのに、わざわざ立ち上がってどこにあるのか分からないスマホを探さなければならない。音は右後ろのハンガーラックから聞こえた。立てた膝に手を付きながら重い腰を上げ、ラックの上着からスマホを出す。九時前。こんな時間に電話を寄越してくるのは一人しかいない。画面に浮かぶ名前を見ると、俺は溜め息を吐いて電話に出た。
「よぉ、何か用か?」
『柊吾さん、今、電話いい?』
聞き慣れた里奈の声に耳を傾けながら元の席にどっかりと座り直す。ビール缶を振るともう中身が少ない。心の中で舌打ちをする。
「何の用だよ」
そう返事をすると、彼女は一拍置いてから妙に力を籠めて息を吸い、あまり気分の良くないことを言った。
『柊吾さんの嫌な予感、当たってたよ』
「嫌な予感って何のことだ?」
『蓮さんは自分を犠牲にして拓真君たちを助けるつもりだよ』
「何であんたがそんなこと知ってるんだよ」
『蓮さんに直接聞いたの』
「あいつに会ったのか?」
『そう。それでね、蓮さんのメッセージアプリのアカウントを柊吾さんに送っておいたから、後で確認してくれる?』
「アカウント?」
一度耳からスマホを離して画面を見ると、画面上部にメッセージアプリの通知が来ていた。もう一度耳にスマホを当てる。
「俺のアカウントも蓮に教えたのか?」
『ううん。それはしなかった。勝手に教えちゃうのは嫌でしょ? 蓮さん、いつでも連絡下さいって言ってたよ。少しでいいから柊吾さんとも話がしたいんだって』
「一体何の話をするんだよ……」
俺はもう一度飲み差しの缶ビールを振った。何度振ってみても残りが少ないという悲しい現実は変わらない。あれやこれやと考えるのは面倒だ。話がしたいと言うのなら応じてやればいい。
「まぁいいよ。今から電話してみる。もう切るぞ」
『うん。お休みなさい。蓮さんのこと、よろしくね』
よろしくねと言われても何をどうしたらいいのか分からない。とりあえずメッセージアプリを開いて通知を確かめると、里奈の言った通り、蓮のアカウントがアプリに追加されていた。画面を一回タップするだけで簡単に相手に電話が繋がる。残り少ないビールを一口啜っている間に、ぶつっという音がして、『はい』という柔和な男の声が聞こえた。
『柊吾さんですね。蓮です』
俺が何か言うより先に蓮が挨拶をした。
『里奈さん、私の連絡先をきちんとあなたに伝えてくれたんですね。よかった。明日お礼を言わないと』
「俺に何か用でもあんのか?」
『今は特にありませんが』
俺はさっきの里奈の言葉を思い出し、蓮に鎌をかけた。
「ところでお前、何かよくないことを企んでるらしいな。何をするつもりなんだよ」
『それに関しては直接お話しした方がいいでしょう。柊吾さん――いいえ、失礼かもしれませんが、もう柊吾とお呼びしてもいいですよね。同級生ですし』
「好きにしろよ」
そう答えると、蓮は言葉を崩して親しげな口調になった。
『もしよければ今からこっちに来ない? 里奈さんから聞いたんだけど、ビールが好きなんだって? ご馳走するよ』
「行ってもいいが、もう飲んじまってるし、車もバイクも使えないからそっちに行くのに歩いて二十分は掛かるぞ」
『じゃあ迎えに行くよ。家はどこ?』
「妃本立の郵便局まででいい。分かるだろ?」
『分かった。じゃあそこまで行くから、待っててよ』
そう話を決めると蓮は電話を切った。ますます面倒なことになったと思いながら、俺は残りのビールを飲み干した。振り下ろすように空缶をテーブルに置くと、金属の甲高い音が酔った頭に響いた。嫌な音だと思いながら立ち上がり、ハンガーラックの上着を着て、約束通り、郵便局へ向かった。
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