第20話 存在
次の日の夕方、私と柊吾さんは朝永屋敷を訪ね、佳歩さんの出迎えを受けた。どんな話になるのか分からず緊張しているのは柊吾さんも同じらしく、鷹のような鋭い目に青光りする警戒心を根深く宿して、佳歩さんを睨んでいる。接客に慣れている佳歩さんには敵意ある視線なんて痛くも痒くもないらしく、微笑んで私たちを応接室へ案内してくれた。
「どうぞお掛け下さい」
そう勧められても、柊吾さんは探るような目を佳歩さんから逸らさず、私が座るまで、決してソファーに触れようとはしなかった。佳歩さんはお茶を注いで私たちの向かいに座り、落ち着き払って頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。この屋敷に仕えます、
自己紹介をされたのに柊吾さんは黙ったまま佳歩さんを睨み続けている。仕方がないので私が代わりに柊吾さんを紹介すると、佳歩さんは興味深げに柊吾さんを見た。
「柊吾様と仰るんですか。失礼ですが、名字を伺ってもよろしいですか?」
「……
柊吾さんが低い声で慎重に答えると、「まぁ」と、佳歩さんは声を上げた。
「添並柊吾さん、覚えていますよ」
柊吾さんは目を見開いた。
「何で俺を知ってる?」
「あの方の学校行事は全てわたくしが付き添いましたので、同級の方のお名前も少しは覚えております。添並様のお名前は珍しいので特に印象に残っておりました」
柊吾さんは身を乗り出した。
「じゃあ、朝永蓮は実在するんだな?」
「ええ、健在ですよ。この屋敷にはおりませんが」
私も思わず息を呑んだ。
「蓮さんって本当にいたんですね」
「申し訳ございません。里奈様にはまだお話ししていませんでしたね」
「いえ。でも、蓮さんって、本当に朝永のご当主の息子さんなんですか?」
「ええ。正真正銘、ご主人様の実子ですよ」
「でも、この屋敷には男子中学生もいるんだろう? そいつも息子か?」
柊吾さんも知りたいことを遠慮なく訊ねていく。
「いいえ。拓真様はご主人様が引き取った養子です。もうじき蓮様とも顔を合わせますよ。帰国される予定なので」
「帰国って、海外にいるのか」
「ええ。小学一年生の夏休みから海外で暮らしています」
「小学一年生の夏休みから?」
柊吾さんは眉を顰めた。
「それで俺の同級生は誰も蓮のことを覚えてなかったのか?」
「そうかもしれません」と佳歩さんは頷く。
「今まで蓮様を訪ねて来られた同級の方はいらっしゃいませんでしたし、わたくしも、蓮様を覚えている方がいらっしゃるなんて思いもしませんでした」
柊吾さんは俯いて深刻な顔をした。
「何で俺は蓮を覚えてたんだ?」
「蓮様の同級の方は七十人近くいらっしゃいました。それだけいらっしゃれば、どなたかお一人、蓮様を覚えている方がいらしてもおかしくはありません。不思議な巡り合わせですね」
佳歩さんはにっこりと笑った。そうして何か思い付いたように手を合わせ、「そうだわ。蓮様の同級生なら、あれをお見せしますね」
そう言って席を外し、一枚の紙を持って戻ってきた。佳歩さんが持ってきたのは、柊吾さんたちが小学校に入学したときの入学式のプログラムだった。その裏に、新入生七十人の名前が書かれている。卒業アルバムはチェックできても、紙一枚で作られた入学式のプログラムなんて処分してしまうことも多いだろうし、チェックするのは難しいだろう。
柊吾さんはみるみる顔色を変えた。私も横から覗くと、柊吾さんの名前の他に、『あさなが れん』の名前も確かにあった。
柊吾さんは放心して、しばらくその紙から目を離さなかった。
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