12.真実
第50話
まぶたを通り抜けるほどの光を浴びて僕は目を覚ました。
真上には青い空が見える。そして朝日の光が眩しい。
ここがあの世と呼ばれる場所なのだろうか。上半身を起こすと頭に痛みが走った。
「いてて……」
こめかみを押さえながら辺りを見回した。
僕は原っぱに居て、その向こうには森に取り囲まれている。人工物は見えないが、それが余計にあの世であることを証明しているようにも思える。
僕はこれからどうなるんだろう。
あまり宗教は信仰していないが、あの世といえば閻魔大王だ。生前の罪を量って天国と地獄、そのどちらかに振り分けられるのは有名な話だ。
まあ、僕は生前悪いことはしていないからそこは安心だ。天国行きは確定だとして、判決の場なり天国なりに連れて行ってくれる案内人的な人が見当たらないのが心配だ。大体、漫画なんかならそういう人か鬼がいるか、もしくは看板があって亡者がどうすればいいのか指示があるのが相場だ。
僕はやけにだるい体を動かして立ち上がった。
動く度に頭がガンガンする。これもあの世に来た時の副作用なのだろうか。もしかしてあの世も意外といい場所ではないのかもしれない。
遠くに乱立する木々を眺めながら、僕はもう一度ぐるっと周りを見回した。
鳥たちのさえずりがひんやりした風にのって僕を通り過ぎていく。
視線が真後ろを向いた時、僕は目を疑った。そこに案内係の鬼が立っていたからではない。
僕が見つけたのは、死ぬ前にやった誕生パーティーの残骸だった。
それは僕がまだこの世に留まっている証拠にするには十分過ぎる代物だ。
「どういうことだ? 僕は死んでない?」
思わず僕は自分の体を触って、存在を確認した。汗で少し湿ったシャツの手触りがする。そして次に頬を思いっきりつねった。
「痛った! やっぱり生きてる……。あ、野宮は⁉︎」
彼女も同じ薬を飲んだ。それなら生きているはずだ。
昨日、隣りあって星空を眺めたことを思い出して隣に目を落とした。
だが、そこに野宮の姿はなかった。
「野宮? どこ行ったんだ野宮!」
誰もいない原っぱに呼びかけても答える声は聞こえなかった。
もし彼女だけ亡くなったとしても遺体は残るはずだ。
もう一度パーティーの残骸に目をやるといつも彼女が持ち歩いていた通学カバンがないことに気がついた。荷物がなくて、ここに彼女がいないということは何処かに立ち去った?
そう思った時、足下で何かがキラリと光った。
「?」
しゃがみ込んで、光った小石程度の大きさのそれを手に取った。
「これは……」
それは昨日、僕が野宮に渡したネックレスだった。
どうしてこれが……。大事にするって言っていたのに。
僕の脳裏に嫌な考えがよぎった。
自分は野宮に騙されていたんじゃないのか。
楽に死ねる薬というのは彼女の嘘で僕は彼女の〈やりたいこと〉に利用されただけ。すべて終わった後、用済みになった僕を眠らせて野宮は逃げた。
そう考えると今の状況は説明がつく。
でも僕は信じない。野宮は自分の家や通っている学校を僕に知られている。今、僕を置いて逃げたところで意味がないはずだ。
それに彼女はそういうことをする人じゃない。
出会ったばかりの頃ならあり得たかもしれないが、数々の〈やりたいこと〉をこなして僕たちは信頼関係を築いてきた。僕がショックに打ちひしがれている時は慰めてくれたし、彼女の危機には僕が駆けつけた。だから胸を張って言える。彼女はそんなこと絶対にしないと。
だから別の理由があって野宮は行方をくらました。
例えば——誘拐とか。奥本に監禁されてた時のことを思い出して背中が氷で撫でられたようにゾクッとした。
そうだ誘拐だ! 原っぱで寝ている女子高生なんて変質者の格好の餌食に決まっている。きっと声を出すと殺すと脅されてどこかに連れ去られたんだ。
でも待てよ……。野宮は死にたがってたんだ。それなら大声を出して殺されようとしたんじゃ……。いやでも殺されるのと自分の意思で死ぬのは違うし、彼女の性格なら自殺と決めたらなんとしても自分で死のうとするだろう。
というか、そもそもこんな山中の公園に不審者が出没するのか? 熊でもあるまいし、わざわざこんなところまで来るとは考えにくい。じゃあどうして彼女は消えたんだ……?
「ええい! 何でもいいから野宮を探さないと!」
僕は宴の残骸のそばに置かれた自分のリュックからスマホを出した。
ロック画面には野宮からの連絡の痕跡はない。
僕は野宮の電話番号にかけた。だが聞こえるのは『電源が入っていないか電波の届かないところに……」というアナウンスだけだった。
メールも送ってみたが、すぐに使われていないアドレスだと英語の文面のメールが返ってきた。
「野宮、どこにいるんだッ!」
リュックを片肩にかけて原っぱを背に駆け出した。
山を下りて昨日立ち寄った場所を探した。
コンビニ、小学校、駅、幼馴染みが住む住宅地……。
九月といえ日中はまだまだ気温が高い。陽が高く昇る頃まで探していると額から汗が吹き出してくる。それを腕で拭って野宮を探し続けた。
だけど、どこにも彼女の姿はなかった。
どうすることもできず僕は家路につくしかなかった。皮肉にも財布の中には帰宅するのに十分な金額が残っていた。
野宮と二人旅行気分でやってきた往路と打って変わって、復路は僕ひとり混乱と不安の渦の中にいた。
自宅の最寄り駅まで帰ってくると、その足で野宮の家へ向かった。もしかしたら先に帰っているかもしれない。そんな淡い期待を胸に見上げた空は赤く染め始めていた。
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