第23話

 それから僕たち四人はパーク内のレストランで昼食をとった。

 食事中、石山は自分の彼女を差し置いて、野宮にばかり話しかけていた。

 その様子に僕はまた胸のあたりがもやもしていた。この感情は一体、何なんだろう。

 昼食が終わって、午後からは比較的優しいアトラクションをハシゴした。

 石山は「もっと絶叫系に乗りたい」とごねていたが、僕たち三人の説得に最終的に折れてくれたのだ。

 コーヒーカップに劇場型4Dアトラクション、水をふんだんに使ったショーなど、どれも僕たちを楽しませてくれた。しかし、胸の内に充満したもやもやは消えなかった。

 日も暮れ始め、あとはフィナーレのパレードを残すだけとなった。

 パレードは始まると五十分以上続くということだったので開演前にトイレ休憩をとることになった。中央広場を待ち合わせ場所にして男女でそれぞれ別れる。

 トイレを済まし、待ち合わせ場所に向かう道すがら石山がポツリといった。

「なぁ、天原。……彼女交換しね?」

「……は?」

 僕は耳を疑った。

 今、この男はなんて言った? 彼女を交換?

 しかし石山は単に僕が聞き取れなかったのだと勘違いしてもう一度繰り返した。

「だから、彼女交換しね?」

「えっ、なんで?」

 あまりにも突拍子もないことで頭の中が混乱していた。盆と正月がいっぺんに来た忙しさという言葉があるが今の僕の頭がまさにそれだった。入ってくる情報に処理が追いつかない。

「なんか今の彼女、飽きちゃったんだよね。新しい刺激が欲しいし」

「ふざけているのか、石山?」

 しかし石山は真剣な表情で答えた。

「いや、大真面目さ。お前も麻里奈と付き合った方が幸せなんじゃないか。今日もバンドの話で盛り上がっていたんだろ? それにオレ優月ちゃんみたいにおしとやかな子、もろタイプなんだよね。交換すればお互いハッピーになれるじゃん!」

 石山の理論が理解できない。

 それに野宮はおしとやかなんかじゃない。むしろやることが大胆で犯罪すれすれのことをやってのける残忍さがある。そのくせ、オレンジジュースが大好きだったり、幽霊を信じていたりする子供っぽいところもある。脅迫対象のはずの僕を喜ばせようと一所懸命になる優しいとこもあって……。

 とにかく石山は野宮のことを何もわかってない。

 その時、さっきから感じていたもやもやの正体がわかった気がした。

 僕は野宮のことを──。

 頭を振った。そんなはずない。彼女は僕にとって目の上のたんこぶ的存在のはずだ。そうだ。うん、きっとそう。

 無理矢理、自分を納得させると石山に向き直った。

 僕が野宮をどう思っているかとは別に、人をモノのように扱う発言は許せない。

「オレって天才じゃね?」と手を叩いて喜ぶ石山に僕は声を鋭くした。

「……石山。たとえ冗談でも、そんなことは言うべきじゃないよ。人はモノじゃないんだから」

 すると石山はスイッチでも切ったかのように顔面からすっと表情が消えた。

「お前、誰に向かって言ってるんだ」

 石山の無表情がみるみるうちに赤く染まる。目がつり上がり、額には青筋を立てておっかない表情になった。

「一流大学のオレに! 三流大学にしか受からなかったお前が! 偉そうなことを言うんじゃねぇ!」

「なんてことを! 石山、昔はそんなこと言うやつじゃなっかただろ? どうしたんだよ」

「はぁ? 昔からオレはこうだよ。自分より馬鹿なやつを見下して生きてきた。お前のこともな、天原」

 後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 僕のこと見下してただって?

「嘘だ! 中学時代、あんなに仲良かったじゃないか。二人でいろんなことも話した」

 僕の否定の言葉に石山はクククっと体を揺さぶった。

「何がおかしい!」

「お前、本当に気ついてなかったんだな。あのな、オレがお前と仲良くしてやったのは内申点のためだ。ぼっちのお前に声をかけてクラスの輪に入れてやる、そうすると教師からの好感度も高くなるだろ? 辛かったよ、つまんないやつに話を合わせるのは。でも全部、いい高校に行くための努力だ」

 僕の中にあった思い出にパキパキとひびが入って、ガラスのように音を立てて壊れていく。

 今まで心の支えにしていた楽しかった日々は虚像だった。僕に本当の友達なんていなかったんだ。

 僕は怒りに任せて石山の胸ぐらを掴んだ。

「お前だけは……許さない」

 憎しみに染まった眼で石山を睨みつけた。

 固く握った拳が持ち上がる。

「殴るのか、やれよ」

 余裕のある嗤い顔をして石山を続けた。

「でも、こんな人が多いところで暴力を振るったら、通報されるかもな。目撃者もいっぱい居るだろうし牢屋行きだぞ」

 あたりを見ると近くを通る人たちが何事かとこちらの様子を窺っている。

 僕はそのままの体勢から動くことができなくなった。

 声にならない声が唇から漏れる。

 しばらくの逡巡ののち僕は石山の胸ぐらを掴んだ手を放って、その場から立ち去った。

「腰抜けが」

 乱れた服を整えながら石山が呟くのが聞こえた。

 中央広場に戻ると、女性陣はすでに到着していた。

「天原さん、遅かったですね。あれ、石山さんは?」

 質問には答えず、野宮の腕を引っ張った。

「野宮、帰るぞ」

「えっ、ちょっと……痛い」

 野宮はきゅっと体を強張らせ、後退った。

「天原くん、どうしたの急に?」

 糸川さんも顔色を変えて駆け寄って来た。

 彼女はまだ石山の本性を知らない。

 ここで全部ぶちまけたら彼女はなんて言うのだろう。本当のことを言って、めちゃめちゃにしてやろうかとも思った。でもやめた。

 これ以上、他人の幸せが漂うこの空間にいたくなかったから。

「糸川さん、ごめん」

 それだけ言い残して、野宮の手を引き出口に向かった。

 ちょうどパレードが始まったみたいで背後から聞こえてくる楽しげな音楽と歓声がやけに耳についた。

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