第22話

 それから数日後、ついに約束の日がやってきた。

 僕と野宮がテーマパークの最寄り駅を出ると石山がこっちに手を振っているのが見えた。

 僕も手を振り返してから野宮を連れて彼のところへ向かった。

「よう! 楽しみにしてたぜ」

「僕もだ」

 石山は視線を野宮に移すと手を差し出した。

「君が天原の彼女さんか。よろしく石山基樹っていいます」

「……どうも。野宮優月です。よろしくお願いします」

 石山の手を取って野宮は会釈する。

 ひとしきりの会話を済ますと、今度は石山が僕と野宮に彼女を紹介した。

「オレの彼女の麻里奈」

 石山は隣にいる少し茶色がかったセミロングの髪をした女性を紹介した。

 彼女はおじぎをすると人当たりのよい笑顔を浮かべた。

「糸川麻里奈です。基樹とは同じサークルで知り合ったの」

 最後に僕も糸川さんに自己紹介をした。

 全員の紹介が終わると遂にパーク内に入場だ。

 入り口に向かうと早速、このテーマパークのシンボルでもある大きな地球儀が出迎えてくれた。

 地球儀の前を通り抜けて中に入る。パーク内はアメリカの街並みが再現されており、一九八〇年代を感じさせる建物が並んでいる。

「まずはあれに乗ろう」

 石山が山のように起伏するレールを指差した。

「野宮、ジェットコースター平気か?」

 そう訊いたのは、僕自身がジェットコースターをはじめとする絶叫系アトラクションが苦手だからだ。きっと野宮も怖いはず。

 だが彼女の答えは僕を裏切った。

「全然大丈夫です。むしろ絶叫マシンは大好きです」

「おっ! 野宮ちゃん、言うねぇー」

 先に歩く石山が振り返えり、両手をピストルの形にして野宮に向けた。それは大学でもよく見る現実が充実しているやつ特有のウザさに似たノリだった。

「基樹ったらはしゃいじゃって、子供みたい」

 そんな石山を見て糸川さんは口に手を添えて笑った。

「糸川さんはどうなんですか?」

「私? 私はどっちかというと苦手だけど、みんなと乗るなら大丈夫。心配してくれてありがとう」

 僕が気をまわしたと勘違いした糸川さんがお礼をいった。

 ──違うんだ。僕が嫌なだけだ!

 結局、石山の提案に反対出来ずにジェットコースターに乗ってしまった。絡まった電気コードのようにくちゃくちゃになったコースを上下左右に振り回されながら走った。石山や野宮は楽しそうに悲鳴を上げていたが、絶叫マシンで悲鳴を上げるのはそれなりの余裕があるやつだけだ。僕は安全バーにしがみつくのに必死でそれどころではなかった。

 やっとのことでジェットコースターを降りると安心したせいか乗車中に感じなかった感覚が急に押し寄せた。

 脚はガクガクするし、腹の中で内臓がぐちゃぐちゃに掻き回されたような気持ち悪さに僕は気力をなくしてしまった。

 それは糸川さんも同じだったようで、顔色が悪く、僕のように脚を震わせながら歩いている。

 それなのに野宮と石山はまったくもってノーダメージで「次は急流すべりだ」なんてはしゃいでいる。

「石山、悪いけどちょっと休憩……」

「おいおい、何バテてんだよ。まだ一発目だぞ?」

 石山は両手を広げ「やれやれ」と肩をすくめた。

「そうですよ! せっかく来たんだからたくさん乗らないと」

 野宮も僕を見て言った。

「ほら、次行くぞ」

 そういって石山が歩き出した時だった。

「私もちょっと酔っちゃった。休んでいいかな」

 糸川さんはが胸の高さで手をあげた。

 石山は糸川さんを見ると眉間にシワを寄せた不満顔になった。

「えー。麻里奈も?」

「ごめん! 私たち近くで休んでるからさ、二人は乗って来ていいよ、急流すべり」

 すると石山の眉間からシワが消え顔がぱあっと明るくなった。

「それなら私も付き添いますよ」という野宮に石山が首を振った。

「いいの、いいの。ここは麻里奈に任せておこうぜ」

「そうです……かね」

 野宮が自分に言い聞かせるように呟いた。

「じゃあ、オレと野宮ちゃんで行ってくるわ。二人ともしっかり回復しとけよ? アトラクションはまだまだあるんだからな」

 それだけいうと石山は惜しげにこちらを見る野宮を連れて去っていった。

 遠ざかる二人の後ろ姿を見て僕は胸には、ジェットコースターとは別にもやもやとした、なんともいえない嫌な感じが残った。


「はい、お水だよ」

 目の前にペットボトルが差し出された。

「ありがとうございます」

 それを受け取ると、キャップを開けてひと口水を飲んだ。

 冷えた水がのどを通過してお腹へ落ちて行くのを感じる。冷たさですっきりして気分も幾分マシになった。

「どう具合は。良くなった?」

 同じくペットボトルを持った糸川さんが隣に座った。

 石山と野宮が去って行ったあと、僕と糸川さんは近くのベンチに座って休憩をとっていた。

 糸川さんはちょっと待っててと言うとどこかに駆けて行き、ミネラルウォーターを二本買って戻って来たのだ。

「おかげさまで、少しマシになりました。それより、すいません。気を遣ってもらったみたいで」

「全然気にしないで。本当に私も酔ってたから」

「そうだとしても、ありがとうございました」

 僕がいうと彼女はふふっ、と笑った。

「私たちタメだから普通に話していいよ?」

「えっ。ということは今年、二十歳に……?」

「うん、もうなった。誕生日五月だったから」

「そうなんだ……」

 大人びた物言いからてっきり年上だと思っていた。

 それから、みんなと一緒にいた時は相手をじっくり見ることもなかったから気づかなかったが、糸川さんは目鼻が整っていて美しい。

「ね、天原くん。中学時代の基樹ってどんなのだった?」

 前屈みで訊いてくる糸川さんに僕は顎に手を当てて中学時代を思い返した。

「中学のときの石山はもっと地味だった。髪もボサっとしてたし、眼鏡もかけていたよ」

「えー意外! 見た目、今とまったく正反対じゃん」

「うん。だからこの前、駅で声をかけられたときは、名乗られるまで誰かわからなかった」

 今度は僕が「今はどんな感じ?」と訊いた。

 糸川さんは「うーん」と唸ったあと答えた。

「見たまんまって感じかな。ノリがよくて面白いんだ。でも、ちょっと自分勝手っていうか、『ええカッコしい』のところがあるかな。もちろん、私には優しいし大切にしてくれるけど」

 彼女の話した石山像に驚いた。中学時代の石山は自分勝手でもなかったし「ええカッコしい」でもなかった。

 そのことを話すと彼女はまた、「内面まで正反対だー!」と仰天していた。

「ところで、石山と同じサークルって言ってたけど、何してるの?」

「ボランティアだよー。私、もともとそういうの興味あって入ったの。そしたらそこに基樹もいたんだ。初めて彼を見た時、全身をビビって電流が走ったみたいな衝撃があったの。それから彼と会う度に頭の中が真っ白になるようになっちゃった。いわゆる一目惚れってやつね」

 少し頬を赤らめる糸川さんに僕は無難な相槌を打った。

 電流がとか、何も考えられなくなったとか、解説されても恋をしたことのない僕にはよくわからない。だけど糸川さんはとっても幸せそうに話しているから、恋することは幸せになることなんだろう。

「しかも、あとから聞いたんだけどサークル立ちあげたの基樹なんだって」

「へぇー、凄いね。サークル作るなんて」

 本当だよ、と彼女も頷いた。

「私も同じこと基樹に言ったら、こういうのは学生時代の実績になるんだ、だって」

 糸川さんの言葉に違和感を覚えた。

 昔の石山なら、そんな不純な理由のために行動しなかったはずだ。

「変わったな、あいつも」

「変わらない人なんていないよ。きっと天原くんも基樹から見たら変わっているんじゃないかなー」

 糸川さんが言うみたいに僕も中学時代から変わったのだろうか。

 そんなことを考えていると、糸川さんのバッグに付いているものに目がとまった。

「それ、アントリアの缶バッジじゃない?」

 僕の視線の先にあったのは赤地に白色のマークが描かれた缶バッジだった。マークはアルファベットの「A」がデザイン化されたものでアントリアのロゴとしてファンに親しまれている。

「え、アントリアのだってわかるの?」

「うん。新譜は必ず買うからよく知ってる」

 糸川さんは飛び上がるほどの驚きを見せた。

「意外なとこにアントリアのファンがいてビックリ! 今度のライブ行くの?」

「行く予定だけど」

「私も友達と行くんだ。会場で会うかもね!」

 しばらくの間、アントリアの話で盛り上がっていると、急流すべり組が帰ってきた。

「何なに、盛り上がってんじゃん。どしたの?」

 石山は背後から僕と糸川さんに腕を回した。

「実は天原くんと好きなバンドが一緒だったの。それでこんな偶然あるんだねって、話してたの」

「へぇー。麻里奈が好きなバンドってことは、天原、いい趣味してるな!」

 僕の頭を石山は犬にするみたいにくしゃくしゃっとした。

「ちょ、やめろよ! で、そっちはどうだったんだ」

 手を止めると石山は「めっちゃ楽しかった!」と答えた。

「な、優月ちゃん」

 石山が同意を求めるように振り返ると野宮も「スリル満点でした!」と喜んでいる。

「そろそろ昼だし、メシにするか」

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