第20話

 確か野宮の話だと、居候先の親戚に見つかると勝手に売られてしまうと言っていた。彼女が家に帰る前にノートパソコンを回収しなくてはいけない!

 僕はすぐさま野宮に「パソコンを返してもらうのを忘れた」とメールを打った。すると、五分もしないうちに返信がきた。

『ごめんなさい、返すの忘れてました。今から返しに行っていいですか?』

 僕は画面の文字に胸をなでおろしてから「待ってます」と返信した。

 三十分後、野宮が僕の部屋を訪ねてきた。

 部屋に上がると心苦しそうにカバンからノートパソコンを取り出した。

「ありがとうございました。返します。遅くなってすいません」

 ノートパソコンを受け取って元の場所に戻した。なんとか売却は免れたようだ。

「ところで、学校の方はどうだったんだ?」

 僕がそう尋ねると野宮は顔がぱぁっと明るくなった。

「それはもう、バッチリです」

 彼女はバッチリです、のところで親指を突き立てた。

「校内の掲示板という掲示板に貼り付けてきました。あと職員室の入り口にも」

「でも教師はともかく夏休みに入っているから生徒は見れないんじゃないか?」

 すると野宮は、「チッチッチ」と人差し指を顔の前で振った。

「お盆前までは補習があるんです。補習に来るような人たちは教師のゴシップなんて大好物でしょ」

「それは分かんないけど、一応生徒の目には触れるんだな」

「ま、そういうことです。それに部活に来る生徒もいますし、すぐに生徒中に知れ渡りますよ」

 それから、と野宮はカバンに手を突っ込んで一枚のDVDを取り出した。

「これ、図書室で見つけたんです。天原さん、こういうの好きでしょ?」

 DVDのパッケージには『おうちでプラネタリウム〜全天八十八星座〜』と高級感あふれるフォントの文字が並んでいる。

 なるほど、彼女の言う通りだ。とっても興味を惹かれる。

「面白そうじゃん」

「じゃあ、今から観ましょうよ。一週間したら返却しないといけないので」

 口角を上げる僕に彼女は言った。

「それもそうだな」

 僕はDVDを片手に立ち上がるとHDDプレーヤーにディスクを挿入し、ふわふわのソファに腰掛け──たかったが、生憎うちにはそんなものはない。僕はHDDプレーヤーの代わりにDVD再生対応のゲーム機にディスクを入れて、ふわふわのソファ、ではなく畳んだ布団を背もたれに地べたに座った。

 DVDが始まるとすぐに野宮も隣にやってきた。

 僕たちは肩を並べて画面に目を向ける。

 穏やかなピアノ音楽が流れてきた。ほどなくして女声のナレーションが入り、星座の位置や元になった神話の解説が始まった。

 さすがにプラネタリウムほどの迫力はないが、心地よい音楽に耳触りのよいナレーションに今日の疲れも相まってだんだんまぶたが重くなってくる……。


 目を覚ますと外はすっかり夜の帳が降りていた。

 DVDの再生も終わり、テレビの黒い画面からもれる光が部屋を照らしている。

 どうやら寝落ちしてしまったようだ。見上げると部屋の時計の針が午前一時過ぎを指していた。

「……トイレ」

 眠気まなこを擦りながら立ち上がろうと体を動かした時、肩に重さを感じた。不思議に思って、視線を動かすと頭があった。いや、正確には野宮の頭があった。

 一瞬、なんで、ここで野宮が寝ているんだ⁉︎ と寝ぼけた頭でパニックになったが、だんだんと意識がはっきりしてくと、さっきまで一緒にDVDを観ていたことを思い出した。

 ──野宮も寝落ちしたのか。起こした方がいいかな? でも夜も遅いし……って、それよりもトイレ!

 とりあえず野宮を起こさないように体を動かしトイレに立った。

 用を足し戻ると、僕は腕を組んで頭をひねった。

 野宮の親族は心配しているのだろうか。普通なら心配するだろう。だが彼女の話を聞く限りそんなこともないような気もしてくる。

 常識的には起こして家まで送るべきなんだろうけど……。

 気持ち良さそうに眠る彼女の顔を見ると起こすのも憚れる。それにこの時間から送るのは非常にめんどくさい。というか眠たい。

 頭の中で天使と悪魔が戦いを繰り広げた結果、悪魔の勝利と相成った。

 方針が決まればやることはひとつだ。

 僕はテレビを消すと、一枚しかないタオルケットを手に取って、風邪をひかないように野宮にかけてやった。

 それから、自分用に洗面所の戸棚からタオルを出してタオルケットの代わりにした。目を閉じて夢の世界へ戻る。

 ──おやすみなさい。

 しかし、よく考えたら、すぐそこに他人が、さらには異性が眠っているという事実を妙に意識してしまい、なかなか寝付けない。死のうと決めてから、こんなことが起こるなんて。今までの人生でこんなことがあっただろうか──。

 眠たいのに寝付けない……。おかしな感覚だ。

 だから睡眠に集中するために耳にイヤホンをはめ、野宮に背を向けて目をギュッとつぶった。

 ──今度こそ、おやすみなさい。

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