第16話
「ところで、さっきからずっと気になってたんだけど」と頬をニヤニヤさせながら石山は目で野宮を指した。
「可愛い子、連れてるじゃないか。もしかしてお前の彼女か?」
石山への敗北にも似た嫉妬心に僕は思わず「そうだ」と答えてしまっていた。
石山は少し驚きの表情を見せると、「やるじゃん!」と僕の腕をバシバシ叩いた。
「いやぁー、あの天原がこんな可愛い子を落とすなんてな。どこで出会ったんだよ?」
興味深々に石山が身を乗り出したとき、集団のひとりが「もう行くぞ!」と叫んだ。石山は振り返り「待って、すぐ行くから」と返事をするとこちらに向き直った。
「今度の遊ぶ約束、ダブルデートにしようぜ。ちょうど先輩から貰ったテーマパークのチケットがあるんだ。オレも彼女連れて行くから、お前も連れて来いよ。いろいろ訊きたいし!」
テーマパーク? 一緒に映画に行くて約束だったのに。
勝手に行き先を変えられたことを質問しようとしたが、石山はそれだけ言い残すと、仲間のもとへ駆けていってしまった。
自分勝手で強引なその態度に僕は苛立ちを覚えた。でも、僕より友達と遊ぶことが多い石山がテーマパークを選ぶのたら、そっちの方が正解なのだろう。それに、もともと何をするかは彼に委ねるつもりだったし、今回は目をつぶることにした。
合流した彼らは、楽しげに話しながら人混みに消えて行く。
それを見送っていると、野宮が言った。
「あの人がウワサの石山さんですか」
「外見が変わりすぎてて、誰だかわからなかった」
「それにしても妹の次は彼女、ですか」
からかうように野宮は僕の顔を下からのぞき込んだ。
「だってあいつが彼女を自慢するから、こっちもちょっと見栄を張っただけじゃないか。それと妹は君が言ったことだろ」
「そうでしたっけ?」
野宮はとぼけ顔で明後日の方を見た。それでごまかしたつもりか!
「でも、どうしよう。ダブルデートなんて……」
「ついて行ってあげましょうか」
頭を抱える僕に野宮はどういったことはない風に言った。
「本当? 本当にいいの?」
「この前のレストランの件の借りもありますし。天原さんのために一肌脱ぎましょう!」
野宮はその場で居直ると胸を拳で、とん、と叩いた。
「ありがとう。野宮って意外といいやつなんだな。学生証は返してくれないけど」
「そうですよ。私はいいやつなんです。学生証は返しませんけど」
僕たちは互いの顔を見やると、なんだかおかしくなって、ぶっと、吹き出した。それから肩をゆすって笑った。
最寄り駅に着くと、空はさらに闇を深くしていた。
今日は思いの外楽しかった。それに、野宮の印象も大きく変わった。さっきは冗談っぽく言ったけど、野宮は根はいい子なのだろう。ちょっとだけ自己中心的なところがたまにキズだが。
「夜も遅いし、送って行くよ」
「いいですよ、すぐそこだし」
「じゃあ、なんでこの前は送らせたんだよ」
そう問えば、彼女はうーんと顎先に手を添えながら、空を見上げる。
「嫌がらせが半分くらい。もう半分は仕返しを実行したことによる不安ですかね。だから純粋に楽しかった今日は大丈夫ですよ。天原さんも疲れてるでしょ?」
野宮はそういって遠慮していたが、高校生の女の子を放って帰るのもどうかと思い送ることにした。
人通りのない住宅街の道路を、肩を並べて歩いた。街灯が等間隔に照らす道はまるでランウェイのようで眠りについた家々が静かに僕たちを見守っている。すると突然、野宮が口を開いた。
「そうだ、天原さんって、パソコン持ってます?」
「持ってるけど、どうして?」
「この前撮った動画を編集したいんです。貸してくれません?」
「別にいいけど、今度はどんな仕返しを思いついたんだ?」
「それは次のお楽しみです!」
しばらく歩くと赤茶色の屋根の一軒家が見えてきた。野宮の家だ。前回同様、部屋の明かりは消えている。
「こう何度も帰るのが夜遅くなって家族に怒られないのか?」
「大丈夫です。この家の人は私のこと興味がないみたいですから。一晩帰らなくても気づかれないかも」
「そんなことないだろ。高校生の娘が帰らなかったら普通なら心配する。それにこの家の人って他人行儀な言い方だな」
「本当に他人ですから。私に家族はいません」と野宮は戸惑いもせず、まるで今晩のおかずを答えるようにサラッといった。
言葉の意味がわからず僕はしばらく固まっていた。そしてすぐにとてつもないスピードで頭の中が回転した。
え、家族がいないだって? もしかして余計なこと訊いちゃった?
「別に気にしてないですから大丈夫ですよ」
僕の心情を察したのか、彼女は言った。それでも僕はすぐさま謝った。
すると野宮は「大丈夫です。慣れっこなんで」と笑ってみせた。
「小学校の頃、両親と弟は車の事故で死にました。それ以来、私は親戚をたらい回しにされているんです。ここもいつ追い出されるか分かりません。だから邪魔者扱いや腫れ物に触るような態度には慣れっこです」
野宮はそう言うと「今日は楽しかったです。おやすみなさい」と家の中へ入っていった。
野宮を見送りながら僕はなんともいえない気持ちになった。野宮は学校でもいじめられ居場所がなく、家に帰って見知らぬ親戚に気を遣って生活していたということになのか。
野宮のことを考えると、今日の楽しかった気持ちが一日の終わりにしてすべて塗り替えられてしまった。心の中がモヤモヤしたまま僕の〈やりたいこと〉が一つ終わった。
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