3. スターライト
第12話
金澤朱里亜への仕返しを終えた僕と野宮は、彼女の希望でショッピングモールの一階にあるレストランに入ることになった。店内はランチタイムということもあり満席に近かったが、僕らは運良く待つことなく席に案内された。
案内された席は窓際で、外を行き交う人や車がよく見えた。
席に向かい合って座るとすぐに店員が注文をとりにやって来た。
机に備え置かれているメニュー表には、ハンバーグやビーフカレー、パスタといった王道のレストラン料理の写真が載っている。どれもこれも美味しいそうで見ているだけでお腹空いてしまう。
ハンバーグは肉汁が溢れ出ていて美味しそうだし、ビーフカレーもごろごろと入れられているお肉が魅力的だ。こんなに誘惑が多いと目移りしてなかなか決められない。
正面を見ると野宮も同じように悩ましげにメニューを眺めていた。
悩んだ末に、野宮はオムライスとオレンジジュース、僕はビーフカレーと紅茶をそれぞれ注文した。
以前、ブラックコーヒーを平気で飲み干していた野宮がオレンジジュースを頼んだのは意外で少しからかってみたくなった。
「オレンジジュースってちょっとは可愛げがあるんだな」
喉で笑う僕に野宮は、プッと頬を膨らませた。
「それはそれは可愛げがなくて失礼しました。天原さんこそ紅茶って紳士ぶってるんですか」
「違うよ、僕は純粋に紅茶が好きなんだ」
「じゃあ、私もオレンジジュースが好きなんです。人の嗜好にケチつけないでください」
何か言い返してやろうと思ったちょうどその時、店員が注文の品を持ってきた。野宮のオムライスも僕のビーフカレーもとっても美味しそうだ。
テーブルに料理が配膳されると、野宮はオレンジジュースに飛びついて嬉しそうに飲みはじめた。本当に好きだったみたいだ。
僕も紅茶を一口飲んで話題を変えた。
「金澤への仕返しも無事、成功したわけだが……」
野宮は「協力ありがとうございました」と今度はオムライスに手を伸ばした。
「協力じゃなくて脅迫だろ」
「細かいことはいいじゃないですか、で、なんです?」
「うん、そろそろ僕を解放してくれてもいいんじゃないかと思うんだ」
「何言ってんですか、ダメですよ」
オムライスの端から一口、スプーンですくった。
「まだあと二人残ってるんですよ? それに私の〈やりたいこと〉は仕返しだけじゃないですし」
すくったオムライスを頬張ると野宮は感嘆の声をあげた。
「〈やりたいこと〉は仕返しだけじゃないだって? そんなの初耳だぞ」
野宮は「ええ、初めて言いましたから」とまた一口オムライスを頬張った。
悪びれずにぬけぬけといいやがって。僕の大切な残り時間をなんだと思ってるんだ。僕の〈やりたいこと〉は何一つ終わってないというのに! 学生証さえ取り返せたらこんなやつほっぽって自分のことをするのに!
僕は頭にきて目の前のビーフカレーを乱暴に頬張った。あ、美味しい……。じゃなくて、何か対抗策はないだろうか。
「安心してください。ちゃんと天原さんの〈やりたいこと〉と順番にしますから」
心の中を読んだかのような野宮の発言に僕は面食らった。
「なんだ、ちゃんと僕のことも考えてくれたのか」
「当たり前です。そういう約束でしょ? それにいくら弱みを握っているといえ、所詮は女子高生と男子大学生です。反抗されればひとたまりもありません」
「そういう自覚はあるんだな」
もちろんです、と野宮はうなずいた。
「それで天原さんの〈やりたいこと〉はなんですか? 前に言っていた石山さんに会うってやつですか?」
「いや、その件は大丈夫だ」
僕は首を横に振って答えた。石山との再会はすでに確定しているし、単に遊びに行くだけだ。手伝ってもらうようなことはない。
「なら、他はないんですか。まさか、ひとつだけってことはないでしょ?」
「ああ、大丈夫だ。他にもあるが……」
確かに他に二つある。が、それは『実家に帰って家族に別れを告げる』と『旅行に行く』という野宮の力を借りなくても成し遂げることができる〈やりたいこと〉だ。
比較的、手伝ってもらいやすそうなのは『旅行に行く』になるが……。
旅行に行く手伝いってなんだろう。チケットや宿の手配とかか? そんなものネットがあれば自分でできる。そもそも行き先すら決まっていない。
それなら、旅先での道案内とかだろうか? そうなると必然的に野宮も旅行に同行することになる。
……が、そんなの冗談じゃない。彼女は僕を脅してきたんだ。なんで脅迫者と旅行に行かなきゃならない。却下だ。
厳選なる脳内会議の結果、野宮に手伝ってもらうことがないという結論に達した。しかし、このままだと僕が損をしてしまう。何か名案はないだろうか……。
今更ながらもっとなかったのかと思う。一瞬、リストを作った時ボツにした項目を復活させようかと考えたがやめた。それらはお金がかかるだとか、一般人には不可能だとかいうものばかりだったことを思い出したからだ。
例えば『宇宙に行きたい』と言う項目は一般人である僕には達成できない。お金持ちなら別なのかもしれないが。
まさか目の前にいる一介の女子高生が大金持ちだったとか、NASAやJAXAにコネがあるわけでもないだろう。
しかし、もしかしてってこともあるし……。
「どうしたんですか。黙っちゃって」
ずずず、とストローを鳴らしてジュースを飲む野宮に、あり得ないと思うが一応訊いてみることにした。
「いやぁ、別に……ところで、野宮って、財閥の令嬢だったとかNASAにコネがあったりとかはしないか?」
僕の言葉に野宮は、ストローを加えたままポカンとしてしまった。
「……はっ? 何言ってるんですか?」
まぁ、そうなるよな。当然のリアクションだ。そもそも財閥はGHQ に解体されてるし。
「気にしないでくれ。試しに訊いただけだ」
「試しって、財閥やらNASAが出てくるって何考えてたんですか」
「ホント、つまらないことだから気にしないでくれ」
話を終わらせようとする僕に対して野宮が食い下がってくる。
「そう言われると余計気になります。もしかして、〈やりたいこと〉関連ですか?」
クリスマスのプレゼントを開ける子供のように、野宮は好奇心いっぱいに僕を見た。
「そうだ。〈やりたいこと〉の項目の一つだ。でも実現不可能で、ボツにした」
「それは、なんだったんですか?」
完全にボツ項目に興味深々の野宮に、僕は話したくないなと思った。「宇宙に行きたい」なんて言ったら、絶対馬鹿にされる。これ以上、彼女に弱みになるようなことは見せたくない。
しかし、当の彼女の方は、そんな僕の考えを知るわけもなく楽しげな表情で僕が話すのを待っている。もう空気的に話す流れになってしまっていた。
「笑わないって約束できるか」
僕の前置きに野宮は頷きながら「笑いません!」と宣言した。
それから僕は紅茶をひと口飲んで、喉を湿らせた。
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