第41話 トリケラホーン討伐クエストの依頼(上)

 サルコスクスを討伐し、アイセルとキスをしたその一月後。


 あれから男女の関係という意味で進展こそなかったものの。


 前以上に俺になついてくるようになったアイセルと2人で、地道にクエストをこなしていた俺たちパーティ『アルケイン』に、キングウルフ討伐以来となる久々のでかいクエストが舞い込んできた。


「アイセル。パーティ『アルケイン』にトリケラホーンの討伐依頼クエストが来た」


「トリケラホーンですか? 初めて聞いた名前なんですけど、いったいどんな魔獣なんでしょうか?」


 アイセルが尋ねてくるのももっともだった。

 これは別にアイセルが勉強不足なわけでもなんでもない。


 というのも、


「トリケラホーンは名前の通り巨大な3本の角を持った、恐竜と言われる種の大型魔獣だよ。全高5メートル、全長10メートルもある単体Aランクの強敵だ」


「単体Aランクの大型魔獣……!」

 アイセルがごくりと喉を鳴らした。


「そして滅多に出ない魔獣で、俺も過去に1度遭遇したことがあるだけだ」


 おそらくほとんどの冒険者は一生見ることがない――トリケラホーンはそんな激レアな魔獣だったからだ。

 だからアイセルが知らなくても無理はない。


「でもそんな珍しい魔獣が出るなんて、何があったんでしょうか?」


「冒険者ギルトからは、詳細な経緯は極秘のため明かせないって言われた」


「そうなんですか……でもAランクの危険なクエストを頼むのに、理由も明かせないだなんて……」


「そうだよな。だから情報屋に聞いてみたらすぐに分かったよ」


「情報屋……! 秘密の情報源……! いかにも元・勇者パーティらしいクールな情報の入手方法です! クール・ケースケ様です、カッコいいです素敵です!」


 アイセルがなぜか興奮気味に『情報屋』という単語に喰いついてきた。


 普通とは違う特別なルート――みたいな響きが、いたく琴線に触れたらしい。

 よーし、せっかくだから今度会わせあげよう。


 でも――、


「アイセルの夢を壊すようで悪いけど、情報屋自体は秘密でもなんでもないんだよな」


「え? そうなんですか?」


「冒険者ギルドのすぐ近くで店を構えている――というか冒険者ギルドの実質公認だし。その方がなにかと便利がいいからな」


「……ふえ?」


 俺の言葉に、よく分かりませんって顔をしながら小首をかしげたアイセル。


「難度の高い特別なクエストになればなるほど、未経験なことがほとんどだろ? 今まで戦ったことがない魔獣が相手だったりさ」


「はい、それはそうですよね」


「特に最上級のSランククエストともなると、誰もやったことがないことがほとんどだし」


「例えば……『暴虐の火炎龍フレイムドラゴン』の討伐とかですか?」


「あの時は大変だったなぁ。有利な場所で戦うために待ち伏せ作戦をとることになったんだけど、移動ルートを割り出すのに苦労してさ」


「ドラゴンは飛ぶから道とか関係ないですもんね」


「結局いろんな情報をしらみつぶしに精査して、いくつか飛行ルートにパターンがあることを突きとめて、それで入念に待ち伏せポイントを定めたんだよ」


「ふへぇ、そんな地道な苦労があったんですね……『暴虐の火炎龍フレイムドラゴン』が暴れている所に乗りこんでどんなもんだと討伐したっていう、吟遊詩人の歌とは全然違います」


「まぁ吟遊詩人も商売だからな。本筋はそのままにしながら時に面白おかしく、時に心湧きたつように脚色することが彼らの仕事というか。ま、なんにせよクエストは戦う前から始まってるんだ。だから今回にしても、個別の事前情報ってのが何にも増して大事になるわけだよ」


「勉強になります!」


「それで情報屋の話に戻るんだけど、中級クエストくらいなら必要度は低いけど、B級以上の高難度クエストを受け始めた冒険者は、皆こぞって情報屋を使いだすんだ」


「だから実質公認でギルドの近くにあるんですね、納得です」


「ちなみに特に周知しておきたい情報なんかは、冒険者ギルドが公開前提で買い取ることもあったりするくらいだぞ。この前、山道の一部が落石で通れないって話があっただろ? あれも多分そうだ」


「ああありましたね。ここからすぐ近くの山ですよね」


「あの山道は薬草採取に行くDランクのクエストで必ず通る道なんだ。だから冒険者ギルドとしては、迂回路を通ってもらうためにも情報を公開して知らせておきたかったってわけさ」


「ほぇ~、納得です」


 もちろん何度も付き合いを重ねる(=ありていに言えば金を払う)ことで上得意になって、それで教えてもらえる「耳よりな情報」ってのもあるにはあるわけなんだけど。


「で、ここからが情報屋から買った情報なんだけど、なんでも最近見つかった地下古代遺跡の探索中に、突然トリケラホーンが出てきたらしい」


「地下に広がる古代遺跡……ちょっとロマンチックかもですね」


「遠い過去に思いを寄せるって感じの響きがいいよな、まぁ今はそれは置いといてだ。今回出たのは、過去に出たものと比べても相当大きな個体らしくてな」


「過去最大級の大型魔獣……」

 アイセルが真剣な表情をした。


「既に別の冒険者ギルドから派遣された高レベルパーティがいくつか討伐に向かったんだけど、倒せずに逃げ帰ってきたらしい。分厚い鎧のような皮膚が硬すぎて、まったく攻撃が通らないんだと。ちなみに地下5階に居座ってるそうだ」


「ふへぇ、そんなことまで教えてくれるなんて、情報屋さんは本当に何でも知ってるんですね、すごいです」


「ん? いやこれは冒険者ギルドが裏で情報屋に情報を流したんだよ」


「……はい?」


 アイセルが全く意味が分かりませんって顔をした。

 ほんとアイセルは世間ずれしてない素直ないい子だなぁ。


「三店方式って言ってな。冒険者ギルドとしても、情報を伝えずに危険なクエストをお抱え冒険者に依頼するわけにはいかないだろ? 有能な冒険者が死んだらギルドは大損だし」


「ええまぁはい、それはそうですよね。でも冒険者ギルドは口止めをされてるから、詳細は明かせないんですよね?」


「だからな? 『うちからは詳細は言えませんけど、情報屋は色々と知ってるみたいですよ』とそれとなく教えてくれるんだよ。情報屋から得た情報って形で体裁を整えてくれってわけ。もちろん情報屋の情報源は冒険者ギルドだ」


「冒険者と、冒険者ギルドと、そして情報屋の3つが表向き知らんぷりしながら、実は裏でこっそり協力しているわけですね?」


「そういうこと。理解が早くて助かるよ」


「ふへぇ……世の中の仕組みは難しいんですねぇ……知らないことばかりです」


 アイセルがしみじみとした口調で言った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る