いつもと違う日

陰陽由実

いつもと違う日

俺達は付き合ってる訳じゃない。


出会ったのだって1年前。


単に、1日に一緒にいる時間が長いだけだ。


「今日、何の日か知ってる?」

放課後。教室の端っこの俺の前に位置する席の田代たしろに机越しに向かい合い、聞かれた。

「バレンタイン。バカにしてんのか」

「それもあるけどもっと現実的なやつ」

現実的なやつって……

「バレンタインも現実的だぞ?」

「うんまあ確かにそうなんだけど。ほら、今日何の日?」

「……バレンタイン」

「他」

「バレンタイン」

「ああもう、なんで話が通じないの?ねぇ、本気で言ってる?」

田代は苛ついたように机をぺしっと叩いた。タンッと軽い音が立つ。

「別にふざけて言ってる訳じゃない」

言うや否や、はーーーーーっ、と眉間に指を当てて盛大にため息をつかれた。

「君、それは学生としてなかなかにやばいと思うよ?」

どこか挑発的な言い方に俺は内心少しばかりイラッとした。うん、ほんとに少しばかり。

「何の日だよ」

「試験1週間前だよ」

「…………」

「逆によく忘れていられるねぇ」

本当に忘れていた自分に驚き呆れつつもその手の話なら俺には秘策がある。

「俺常にトップ3には入ってるし」

「……っ知ってるよ!だからこそ分かると思って言ったの!秀才っぽい会話ができると思ったの!だけど何?自分は授業聞いてるだけで頭良くなりますアピールしちゃって!もーー!!」

暴走からの1人で怒りだした……まあ事実だしなぁ……

「なんかごめん」

「情け無用っ!」

つーんとそっぽ向かれた。

「…………」

「…………」

「……まじでごめんね?」

「ふーんだ」

「…………」

「…………」

さすがにちょっとうろたえてくると、ちらっと視線を投げられた。

「えっ……と……?」

「……ほんとはもっといい感じに渡したかったんだもん」

ずっと机の中に隠れていた左手をすっ、と差し出して俺の前に突き出した。その手にはピンクの小さな箱が握られていた。

「あげる」

「あ……ありがとう」

「帰る。じゃあね」

「お、おう」

田代は鞄を引っ掴んでそのままぱたぱたと教室を出て行ってしまった。気がつけば教室には誰もいなくて、俺はぽつんと1人席に座っていた。

あの(ある意味意味深な)会話の後でこの(さらに意味深な)箱。

「……確認だけしておこうか」

ぼそっ、と言い訳のように呟いて、ゆっくり箱を開ける。

中に入っていたのは丁寧に作られたことが簡単にうかがえるくらいに綺麗な、でもやっぱりちょっと不揃いな、ハートのチョコがいくつか入っていた。

添えられている手紙はない。

無意識に窓の外を見やると、田代が1人で校庭を門に向かって歩いているのが見えた。

「今日、ずっと持ってたのか」

てっきり用意してないのかと思っていたのに。

俺は箱を鞄にしまって教室を出た。

自分では気がつかなかったが、歩みはいつもより速足だった。


俺達は付き合ってる訳じゃない。


出会ったのだって1年前。


単に、1日に一緒にいる時間が長いだけだ。


……なのに、こんなに気になるのはなぜなんだろうか。

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いつもと違う日 陰陽由実 @tukisizukusakura

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