虹のかけら
@moonbird1
プロローグ 西野明里
2050年 冬
すべての始まりは、20年前の町内会だった。もうイベントは終わってしまっていて、今よりもずっと遊具があったあの公園で、私たち7人は集まって話をしていたんだ。
いつも、その中心は明里だった。
――
2030年 冬
「てんこー」
「ねぇあかりちゃん、てんこってなに?」
明里はもちろん、当時の私と同じく7歳だったが、私たちが知らない難しい言葉をたくさん知っていた。それはひとえに、量子力学の世界でエリートだった西野博士の教育が早熟な段階から行き届いていたからだった。
そんなこと、当時の私には分からなかったけれど。あの頃、私たちは何も知らなくて、なんにも悩んでなんかいなかった。
「数を数えるんだよ、1、2って」
「かず? 1、2、3……」
「違うよみかん! 1人ずつ1個ずつ言うんだよ!」
「え~? 分かんないよ」
「しょうがないなぁ、お姉さんが数えたげる」
明里は私を小馬鹿にするような眼をして、砂場から立ち上がった。そう、明里は誰よりも賢かったが、ちょっと傲慢で、他人を置いていくようなところがあったのだ。無神経で、自信家で、あとの人たちのことなんか何も考えないような、そんな天真爛漫な女の子だった。
「私でしょ、みかんでしょ、みかんのおとなりさんのゆうすけに、私のおとなりさんのジョー、あとみどりちゃんに、ゆきのっちに――おーい、ななみちゃーん!」
指さし数えていた明里が、一番遠くで1人遊んでいたななみ――矢吹ななみに声をかけた。けれど返事はない。
「ねぇ、ななみちゃんっ! ななみ、こらぁ!」
「あかり、ななみちゃんはみんなと遊びたくないんだよ」
私がたしなめても、明里は言うことを聞かなかった。何度か地団駄を踏んで、ななみのところに駆け寄った。
「な~なみちゃんっ!」
私は半ば怯えながら、明里の後ろについていった。
「みんなに話したいことがあるんだ。ななみちゃんもおいでよ」
「……いい」
ななみの声は小さい頃から低かった。私はその声が昔から苦手で、怖かった。みどりの声も低かったが、みどりの声にあるような優しさを私は感じることができなかった。ただただ、私はななみを恐れていた。そんなことお構いなしに、明里は自分の主張を曲げようとしない。
「いいから聞くの! 私の話なんだから! 虹の話!」
明里は無理矢理ななみの腕をとり、砂場に連れて行った。
「みんなしゅうごーうっ!!」
そのバカでかい声と共に。
――
「みんな、虹って知ってる?」
「にじってなに?」
昔から、〇〇って何? と訊くのは私の役目だった。今だって、訊きたいことがたくさんあるのに。
「空気の中の、水の粒を、光がね、通るの。その時にぃ、いろんな色が見えるんだよ! ママが言ってた」
「空気ってなに?」
「これ」
明里は小さな両手を目一杯広げて言ったが、私にはまったく理解できなかった。
「これじゃあ分かんないよ~」
「とにかく、ここの水の粒を光が通ったときに、なんとかのおかげで色が見えるの、それが虹」
「なんとかって?」
次に訊いたのは、みどり――四条みどりだった。
「ん~、忘れちゃった。ママが言ってたんだけどなぁ」
「お前、いっつもママ、ママ、ばっかりじゃん。少しは自分で考えろよ」
優介がそう言って、それに反発するように譲が言った。
「じゃあお前は分かるのかよ、その何とかっての」
「う、し、知らねえよ! キョーミねぇもん」
「なんだよ、お前も分かんねえんじゃん」
「なんだと?」
「ちょ、ちょっと!」
「それでね、その時に見える色が七色なんだって! ななだよ、なな! 私たちの数と同じ! すごいと思わない?」
優介と譲が険悪になったことなんか気づきもしないで、明里は勝手に話を進めた。私はなにがすごいのか全く理解できなかった。それでも、
「すごいっ! わたしたち1人1人に、色がつくんだね! すごい! すてき!」
ゆきのっち――三鷹雪乃だけは、眼を輝かせていた。その姿に、少し驚いて、見とれてしまったことを覚えている。雪乃は当時から、その場にいた誰よりも美しかった。
「でしょぉ。ねぇ、10年たったら、違う色のものを持って集まろうよ!」
思えば、この言葉がすべての始まりだった。20年も続く、呪いの始まりだったんだ。
「何色を持っていけばいいの?」
「あのねぇ、虹は七色なんだ。赤、オレンジ、黄色、緑、水色、藍、それと紫」
「藍ってなに?」
「濃い青」
あの時、私の質問に答えたのはななみだった。けれど誰もそれに気づかず、みどりの発言だと勘違いしていた。2人の声は似ていたし、ななみはみんなの前でほとんど発言しない子だったから。
私以外は、誰も気が付かなかった。
「すげえなみどり! さすが物知り!」
「えっ、わ、私は――」
あの時、すごいねななみちゃん、と言えなかったことを、今でも悔やんでいる。みどりは私じゃない、とは言わなかった。ななみは気づかれなかったことに傷つき、小さく唇を噛んでいた。
「そうなんだよ! ねぇ、10年後にまた集まろうね!」
「じゅうねんごってなに?」
私はいつものように、そう訊いたんだったよね、明里。
――
ねぇ、明里、もう10年経ったよ。
17歳の冬、あなたがタイムマシンの中に消えてから。
10年ってなんだか、物知りなあなたには分かるよね、明里?
だから、だから――早く帰っておいでよ、明里。
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