国家権力級トラベラー


「なあ、お前今どんな気持ちな訳?」


「お仕え出来て嬉しい限りでございます」


 それは、どちらも少年と言わざるを得ないような年ごろの男だった。


 齢17か18と言ったところか、そんな二人の少年がその部屋には居た。


 一方は、顔こそ平凡だが身に着けている服装や装飾品は高級品ばかり。


 一方は、金髪の髪の毛元から黒髪が見え隠れしているが、元々は美形だったのではないかと予想できるような少年。


 金髪の男は、ボロボロの服装に痣だらけの身体。骨折数か所に、火傷の後も多数見受けられる。ただ、それでも金髪の男はもう一人に男に頭を下げる。


「つまんねえな。だりぃから下がってろ」


 見下す男がそう言うと、金髪の男は下がっていく。ただ、足の一方が折れているようで引きずりながら、非常に遅い足取りで部屋を後にしていく。


「さっさと消えろや!」


 その姿に満足いかなかったのか、黒髪の少年はその身体を蹴り飛ばした。


 その痣や火傷を誰が作ったのかは明白だった。


 部屋から吹き飛ばされるようにドアから飛び出た男と入れ替わる様に、部屋の中へ入ってきたのは一人の女だった。


「やめてよ。はやて君をこれ以上傷つけないで!」


 女はそう言いながら、まるで殺しそうな勢いで颯と呼ばれた少年を蹴り飛ばした男を睨みつける。


「はぁ、可笑しいだろ!? じゃあなんで俺が蹴られて殴られて煙草押し付けられて金巻き上げられてるときはお前は何にも言わなかったのかなぁ!? おかしいよな、全くどう考えてもお前等頭おかしいよ。だってさぁ、俺はあいつからされたことをし返してるだけなんだからよぉ。 それを止めるってんならさぁ、そもそもなんで元々俺へ向いてたそれは止めなかったんだって話になるよなぁ!? だとしたらさぁ、あいつがやった事はあいつがされても仕方ない事だよなぁ!?」


 逆上した男は、女へ唾を飛ばすような勢いで叫び始める。その表情と、まるで何度も自分を殺した相手でも目の前に居るかのような恨みの籠った視線を向ける男に、女は腰を抜かした。


「ひっ!」


「あ、あぁ、ごめんよ。君が悪い訳じゃないんだ。光里ひかりちゃん、君が悪いんじゃなくて、悪いのは全部あいつなんだ。だからさ、君があいつと付き合ってるのなんておかしかったんだよ。そうだよ。そうに違いないんだ。だからさ、もうアイツには何もしないからさ、だから俺の物になってよ。俺は君を護りたいだけなんだ。お願いだよ、あいつの事なんて全部忘れて、俺と……」


「何をしている、阿鼻巣あびす


「ああ、天宮司さん。君こそ何してるの? ここ俺の部屋なんだけど」


「行け」


 天宮司がそう言うと、腰を抜かして涙を浮かべていた女が部屋の外へ翔けていく。


「はぁ!? ちょっと何してくれてんの? せっかく俺が超絶ロマンチックに告白してたのに、何で、何の権利があって邪魔してくれてんの?」


「お前のそれは告白などでは無い、ただの脅迫だ」


「どこがだよ。男女の事なんて、どう見ても誰とも付き合ったことないような君に解る訳ないだろ。もういいからさっさと要件を言いなよ」


「一人、情報を吐かせたい人間が居る」


「また!? 今月、三人目だよ? ねえ、天宮司さん俺の能力って同時に三人までなの、解る? あいつも他の二人も一秒だってお前らに管理なんかさせたく無いんだよ。もし、俺が能力使ってない時に逃げられたら、俺もアメリカか中国行くかんね。解ってる?」


「分かっているさ。早くしろ」


「何その言い方、人に物を頼む態度じゃないんだけど。俺は良いんだよ? 天宮司さんの為なら一席空けてもさぁ」


「やってみろ。貴様が挽き肉になる方が先だ」


「やる訳ないだろ馬鹿かよ。この状況で僕に勝ち目なんてある訳ないんだから。やるなら正々堂々俺がフルパーティーの時に掛かってこいよ」


 どちらも敵意むき出しと言った風に話しているが、それでもどちらにもここで相手をどうこうするつもりはない。


 一方は勝つことが出来ないと理解しているから。


 一方はまだ日本に必要な人材だと理解しているから。


「準備するからちょっと待ってな」


「分かった」


 高級ホテルの最も値段の高い部屋。


 そこから彼が外に出るのは、今月だけで四度目だった。


 何故ならたいていの場合、彼から出向くのではなく相手から出向いてくるのだから。




ーー




「へぇ、この子がその相手?」


「そうだ。さっさと能力を発動しろ」


「分かってるって。けど、その前に確認、あいつは今どうなってる?」


「お前の寝ていたホテルの一室で、SP30人とレベル4の異能力者が警護している」


「本人は?」


「睡眠薬で寝かせている」


「オーケー」


 黒髪の中学生くらいの女がその場所には居た。


 特別牢屋と言った風ではないその部屋は、並みのホテルよりは快適そうだった。


「結構かわいいじゃん。こいつこの後好きにしていいの?」


「良い訳ないだろ!!」


 ガラス越しに彼女の容姿と様子を確認した、阿鼻巣がそう口にすると、今までの声音とは全く違う怒りと極小だが恐怖を含んだ彼女の声が部屋全体に発せられた。


「なんだよ。そんなに怒んなくてもいいじゃん。ならさっさとやっちまおうぜ」


 阿鼻巣は、怒鳴られた事でビクっと震えたが、直ぐにそれを誤魔化す様にマジックミラーの窓の隣にある扉から中へ入っていく。そして、天宮司もそれに続いた。


「誰ですか?」


「あん? お前にそんな事言う必要ないんだよ」


 黒髪の女がそう言うが、阿鼻巣はそれを聞く事すらせずにその能力を発動する。


 レベル6。トラベラーランクでいうSSに相当する阿鼻巣の能力は、その特殊性からSS級トラベラーに課せられたトラベルノルマを免除されている。


「精神支配」


 その能力が発動した瞬間、黒髪の女の眼から光が消える。


「やっぱこうなると、幾ら美人でも台無しだな」


「さっさと命令しろ」


「ハイハイ。この女の質問に正直に答えろ」


「分かりました」


 感情の籠っていない表情で、女は答える。


 少女、夜坂十華がここへ収容されて既に3ヵ月が経つ。元々その兄の夜坂影瑠がダンジョンの発生に関与している可能性があると報告を受け、天宮司花蓮が検挙に向かったが、ダンジョンへの扉を発生させる能力を持っていた陰瑠を取り逃がす事となってしまった。


 そこで、一応その妹を連れて来たはいいが黙秘を続け、全く質問に答えようとしない。


 本当に何も知らない可能性もあったが、この少女以外に宛てもなかった。


 それなら、拷問でもして吐かせればいいとも思えるが、数ヶ月前まではただの進学校の生徒会長だった天宮司花蓮はそこまで下衆に堕ちたく無かったし、何よりあの時の夜坂陰瑠の言葉が引っかかっていた。


 この男を動かす許可が出るのに一ヶ月以上もの時間が掛かってしまったのは予想外だったが、これで少しはダンジョンの秘密に近づけるだろうと思っていた。


「まず、貴様の兄はダンジョンを発生させた組織と関係があるか?」


「知りません」


「貴様の兄の異能は何だ」


「知りません」


「貴様の兄がダンジョンの扉を作り出せるようになったのは何時からだ」


「分かりません」


「貴様は兄と何か約束をしているか?」


「料理は私がするから、洗い物は兄さんにして貰う」


「なんだそれは!」


「言っとくけど、俺の能力は完璧に発動してるから。本当に知らないみたいだね。全く、こんな無駄なことの為に俺をここまで引っ張り出してきた訳? ちょっとはご褒美も貰わないとやってられないよなぁ」


 そう言って、男は夜坂十華へ近づいていく。


 何の情報も出なかったことに落胆していた天宮司花蓮は、そのせいで男の行動の把握が一歩遅れた。


「ねえ、君のお兄さんと俺どっちがタイプ?」


「兄さんで……」


 パチィン!


 何の音か、天宮司が阿鼻巣の手元を見ると、その手が夜坂十華の頬に向かって振りぬかれている事が解った。


「何をしている!」


「だって、この子のせいでムカついたんだから仕方ないだろ」


 何が仕方ないのか全く理解できなかったが、それ以上にこれがあの男に知れたらどうなるのかと先にそんな想定が浮かんだ。


「お前等、人の妹に何してくれてんだよ? 傷一つでも付けたら許さねえって、言ったよな?」


 いつの間にか、絶対に入る事など出来ないはずのその場所に、天宮司の頭を今しがた駆け抜けていった男が、二人の目の前に立っていた。

 まるで、自分の頭の中から男が飛び出してきたような光景に、彼女は戦慄するしかなかった。


「何故、いやどこから……違う、どうやってここに来た……!?」


「誰? あんた……」

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