三つの目的
良い感じだ。ダンジョンの発生と超能力の覚醒から一ヶ月ほどの時間が経っている現状、俺は既に9階層まで到達していた。
ここまで到達している人間は現時点ではそこまで多くないんじゃないだろうか。少なくともネットに上がっている情報に6階層以降の情報は一つもなかった。
ギルドなら、秘蔵しつつそこまで辿り着いたトラベラーを有している所もあるのかもしれないが、それでも流石に俺以上に進んでいる人間は数えるほどしかいないだろう。
俺の最大魔力も3000まで増え、五番台の魔法も一発なら使える所まで来た。賢者の使える魔法の半分だ。ただ、十番台は特殊魔法ばかりなので魔力は最早関係が無いと言える。だから、実際は使えない魔法は20個程度か。
家でそんな事を考えていた。
やっていたバイトは既に辞めた。バイトで稼げる金額よりも、ダンジョンで得られるコインの方が多いからだ。世間では、ダンジョンで得たコインの10%を国へ税金として納めるというのが一般的だが、俺の場合は国の管理している扉を使っている訳じゃないから関係無い。100%が利益になる。普通のトラベラーだとギルドと国に取られて50%〜70%程度までしか自分の給料にならない。
あの扉は、手記に書かれていた特殊な言葉を発する事で一時的に現れ、俺がダンジョンから出る時には消えている。つまり、俺の扉が見つかる可能性は極めて低い。入っている間には出現しているの可能性もあるが、俺の部屋に俺以外の人物が入ってくることは稀だ。
俺の目的は、強くなって若勝に会いに行く事。そして、賢者の目的である残り50の魔法の開発だ。どちらの目的を達成するためにも、ダンジョントラベルは必要となってくる。魔力による身体強化の練習をしながら、そんな事を考えていた時、家の呼び鈴が鳴った。
俺の住んでいる家は安い賃貸の家だ。住んでいる人数は二人。俺と妹だけ。両親は既に他界している。保険金とバイトで何とか食いつないできたが、今はコインがあるのでそこまで金には困ってはいない。家に誰か来るのは妹の友達がたまに遊びに来るくらいだ。
「誰だろ。兄さん、ちょっと見て来るね」
「待て」
「え?」
つまり妹の友達でも俺の知り合いでもないのなら、それは警戒するべき相手という事だ。俺は第一二術式、
玄関の前に数人の黒服の人間が立っているのが解る。どう見ても一般人ではない。
まさか。
どうして。
俺の事がバレたのか?
「兄さん? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
そんなはずはない、何か全く別の問題の可能性もある。
それにここで出ないのは不自然だ。
何度も呼び鈴が鳴らされる。
このままではこいつらがどんな強硬策に出てくるか予想もつかない。
いや、バレている筈が無いのなら居留守でも問題ないか?
『夜坂陰瑠、居るのは解っています。大人しく出てきなさい!』
違う。
こいつらの目的は完全に俺だ。
「兄さん……」
不安そうな顔で妹が、
「俺が、出」
「私が出るわ」
え?
「私は兄さんを信じてる。だから、兄さんは逃げて」
「待て、そんな事出来る訳ないだろ!」
何を察したのか分からないけど不穏な何かを感じ取ったのだろう、十華は俺に逃げろと言ってきた。
「はーい、今出ます!」
そう言って十華は玄関に小走りで近づいて行った。
分からない。
何が起きているんだ?
この状況は何故起こっている。
やばい、逃げないと。
「は?」
俺は今、何を考えた?
儂は今、何を考えた?
ふざけるなよ。世界最高とまで謳われたこの俺が、逃げると言うのか?
「何の御用でしょうか?」
壁の裏で、扉が開く音の後、妹の声が聞こえてきた。
「夜坂陰瑠がここに居る事は解っています。抵抗せず、引き渡してください」
女の声で、そんな言葉が聞こえてくる。知らない声だ。
「あの、兄が何かしたんですか?」
「すいませんが、禁止事項です。既に令状は降りていますので」
そう口にすると、彼らが土足で踏み込んで来る音が聞こえる。
場所はリビング。そこに相対するのは俺と、黒服の人間5人。黒服の後ろからは十華が不安そうにこちらを見ている。
「何の御用ですか?」
「夜坂陰瑠、貴様を捕縛する」
「どういう理由で?」
「貴様には、ダンジョン発生に関わっているという疑いがある」
「分かりませんね。どこから、そんな疑いが?」
「我々が国が保有する異能力者の力によって、だ」
国と来たか。
「悪いが、これ以上の問答は無用だ。確保!」
女がそう指令を出すと、後ろに控えていた男たちが動き出す。
第二術式、
「
魔法が発動し、男たちの身体を隆起した地面が絡めとる。
石の蔓が男たちを完全に閉じ込める様に展開された。
「これで、現行犯という事だ」
「悪いが捕まる気はない」
「
「うっ!!」
女がそう呟いた瞬間、一気に俺の身体へ負荷がかかる。
重力を操っているのか?
駄目だ、今の俺の身体強化では防ぎきれない。
すぐに俯せに倒される。
「SS級トラベラーか、」
こいつの能力は手記に記載があった。
日本に現れるSS級の一人、天宮司花蓮。その能力は重力の支配。
「よく、知っているな。やはり、貴様はあの二人と接触しているという事だな」
「ちなみに、どうやって俺の事を知ったんだよ」
「教えられないな」
手記に乗っていた人間の中に、そんな能力者は居なかった。
だとしたら、戦略級じゃない能力か。
「お前らは接触の仕方を間違えた、もしも友好的だったなら俺も協力していたかもしれない。だけど、その可能性はもうなくなった。妹は預けておく。けど、もし、傷の一つでも付けてみろ、この国が無くなる事くらいは覚悟しとけよ?」
これは警告じゃない、それが出来るようになるという自信だ。
悪いな十華、必ず迎えに行く。
十華は一度、俺と目を合わせ頷いた。
「空振帝、18793141955418」
「なんだと…… それは一体、なんの冗談だ……? まさか、今この瞬間この場所に、ダンジョンの入り口を作ったとでも言うのつもりか?」
俺が呟き終わると、黄金に光る扉が出現する。
「第四術式、
それは、空を蹴り跳躍する幻想の動物を模した魔法。
効果は、空を蹴って跳躍する事。更に、跳躍力を強化する事。
「させるか!」
「遅い!」
重力が一気に強まるが、俺は身体強化を全力で発動させ魔法の効果で空を蹴りながら、超低空の飛行によって扉に突進する形で飛び込む。
両開きでよかったよ。
中へ入り、超重力の影響下から脱出した俺は急いで扉を閉じる。
そこは、何度か見た一階層の洞窟の景色だった。
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