手記と異能


 家へ帰れば妹も既に寝てしまっていた。コンビニに出る時は起きていたが、流石に12時を回ったとあって寝てしまったのだろう。


 俺は自室に戻り明かりをつける。今の俺に何が出来るかは分からない。けれど何かしたいと願うのなら、彼女から手渡されたこの手記だけが俺に何かが出来る可能性だ。


 手記を開けば1ページ目に『迷宮解放計画書』と書かれていた。内容を呼んでも意味が分からない単語ばかり並んでいるが、理解出来る部分を読んでいく事にした。


 この計画書によれば、一週間後にこの地球上に迷宮の入り口が現れるらしい。数は10万個以上。日本には東京、大阪、北海道の三か所に現れるらしい。でだ、それに伴って人類全員に異能力が芽生えるらしい。


 それを加味して先に戦略級の異能力に目覚める日本人の名称がリストアップされている。天宮司花蓮、赤丸虎次郎、阿鼻巣郎袁…………等。


 これらを先んじて確保する事で国内を纏め、迷宮をより早く攻略する術を探すべし。


 これ絶対俺に渡す用じゃないよな。


 後はギルドの行動方針とか、企業化した方が良いとか色々と書かれているが、俺に関係するのは主に二つであるという事が分かった。要するに、一週間後に迷宮とかいうヤバい建造物の入り口が作られて、同じく一週間後に人類全員超能力者になるって事だ。


「は?」


 普通なら破り捨てて忘れる所だ。


 けどこの手記は若勝がくれた物で、俺は超能力としか言い表せないような現象を既に目撃している。それに嘘だとしても、今はこれしか、あいつにもう一度会うためのヒントが無い。


 迷宮が現れると言うのなら、きっとそれを探索する事が彼女へたどり着くための近道なのだろう。幸い、手記には迷宮のルールの様な物なんかの詳細な情報が書かれていた。これが有れば、より速く迷宮を進むことも可能だろう。



ーー



 時計を見れば、時刻は丁度1時を指していた。流石に俺もそろそろ寝ようかと思ったその瞬間。


「な! 魔力だと!?」


 そんな厨二チックな事を口走るが、俺は決してそういう趣味はない。ただ、俺には俗に言う前世の記憶って奴がある。ファンタジー小説の読み過ぎだと思われるかもしれないが、これはマジだ。


 その前世の記憶の主は、こことは全く違う魔法がある世界の頂点に位置する賢者の一人だった。最初に自分の事を儂なんて言った頃には両親に驚かれた物である。


 ただ、魔法なんて存在しないこの世界ではその爺さんの知識なんて何の役にも立たない。そう思っていたし、事実今までは中学校程度の勉強まで余裕で100点出せる程度の物でしかなかった。まあ、それでも十分助かっていたんだが。


 ただし、その知識がに訴えかけるのだ。


 今この瞬間、この世界には魔力が発生したと。


 そして、記憶とは知識であり技術である。俺の脳はその魔力を必然的に観測し、同時に俺の身体はコップに注がれた水を飲み干すよりも容易に、その魔力を体内に蓄え始めた。


 迷宮が出来る事と何か関係があるのだろうか、それともこれが超能力の覚醒に関係するのだろうか。だが、どちらも日程を見れば、それは一週間後だったはずだ。即座にSNSやニュースを見てみるが、これと言って非日常を彷彿とさせるような物は見つからない。


 しかし、迷宮や超能力と言った手記を見た直ぐ後の魔力観測など、結びつけるなという方が無理な話だ。


 ただ、これは俺にとって幸運な現象だった。何故なら、今この瞬間から一週間後の迷宮発生に向けて魔法の修練を始める事ができるのだから。今のこの身体では魔力を蓄えられる量が少なすぎる。それを最低限まで使えるようにするには通常の方法では一年近くかかってしまう。しかし、俺に宿っているのは魔法使いの最高峰、賢者の知識だ。その程度の裏技は理解している。





ーー





 白髪の老人と黒髪の少女が現れた後の一週間。各国は、戦略級の異能に覚醒すると思われた人間を集める事に躍起になり、同時に迷宮が出た時の為の法案を可決していった。


 それと並行するように、学者たちはは粒子の中に意味不明な動きをする物を発見したり、物理法則の変化を捉えたりとしたが、そのどれもが一週間以内に発表するという話には漕ぎ付けなかった。そして、そんな物を全て凌駕するような一大ニュースが世界中で見られたのだ。


 迷宮ダンジョンの発生、及び全人類の超能力覚醒である。


 火炎を起こし、水を操り、雷を落とす。触れずに物を浮かせたり、物質を透過したり、声を出さずに会話したり、その能力は様々だった。ただ、その中に無理矢理法則を当てはめるのなら、覚醒した能力は一人につき一つだけだった。


 そして、迷宮の探索が開始される。日を追うごとに情報が吐き出されていく、迷宮の中のモンスターの存在、モンスターを倒す事で得られるコインというそれを持って願うだけで価値に見合う物質を召喚できるという万能通貨の存在。


 食べ物も、宝石も、道具も、地球に存在する何もかもがそのコインで交換出来た。しかも、その物質を思い浮かべただけで、である。コインは一枚1セント程度の価値があり、物価などは完全に無視され、どこで買っても一律の値段が付けられていた。


 その金額はこの世界の至る場所で売られているそれらの品物の平均を出した物で、その時点で確定している値段はもう変わらない。これは白髪の老人と黒髪の少女に渡された書類に書かれていた事で、情報は一気に世界に広まった。


 それは夢の扉だった。あらゆる欲望を、暴力以外のあらゆる才能を無視してその一点のみで得られる場所への入り口。だが、戦略級の能力者を各国が既に保持していた事で、ある程度の治安は保たれた。殆どの国はギルドシステムを採用し、探索者トラベラーの育成及びサポート会社を作っていった。これらは民間の企業としても多く作られた。


 比較的、日本は平和だった。超能力の覚醒によって力を得た人間の起こした暴動などもあったが、それは戦略級能力者の一撃で鎮められる事になる。核爆弾相当の能力者だ。短期で国を相手取れる戦闘能力を持ち合わせる彼等は、こう呼ばれるようになった。


 SS級トラベラーと。

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