人類は超能力に目覚めたようだが、俺は魔法を作る

水色の山葵/ズイ

一年振りの再開


「それでは、我が国の人的被害は途方もない数に及んでしまいます!」


「じゃから、そこにそれを防ぐ手段を講じておるだろう」


「だから! それでも多すぎると言っているんです!」


「問答をするつもりはない。そして、この決定権はこちらが持っている。悪いがもう決まった事なのだ」


「すいません……」


 初老の男性がそう答えれば、白髪の老人は決まった事だとその言葉を受け入れる事は無く、少女はただ頭を下げた。


 総理執務室、世界中の各国にあるその場所で、あるいはそれに準じる場所で、そんな会話が行われていた。どこで行われているにしても、屋主以外の相手は全くの同一人物。白髪の老人と黒髪の少女。正し、一つ記述しなければならない事はその会談は全て日本時間における同日に行われているという事だ。世界各地で行われている会談の全てがだ。


 その二人は何処からともなく一瞬で、まるでテレポーテーションかの如く総理執務室へ現れ、同じ内容の書類を渡し、同じ内容の言葉を全ての言語で話した。その超常の現象を見れば、渡された書類に書かれた超常的な未来の出来事も現実であるように思えた。少なくとも道楽や遊びと断じる事など出来るはずも無かった。






ーー





 俺はその日、天使を見た。あ、いや、ただのクラスメイトだったわ。けど、天使でなければ彼女は幽霊だ。一年前、俺の学校の俺の学級から一人行方不明になった少女がいた。そこに降り立った天使はその姿と酷似していて、一年分成長している様にも思えた。


「こんにちは。いえ、もうこんばんはですね。陰瑠かげるさん」


 同級生に敬語で話し、敬称を付けて呼ぶ事を礼儀正しいと思うかどうかは置いておいて、彼女は居なくなる前からそんな性格だった。


「私の話を聞いてくれませんか?」


 時刻は深夜11時48分。アイスを買いにコンビニまで出てきた俺は、帰り道で彼女と遭遇し、思わずコンビニの袋を落としてしまう程には驚いていた。聞くべきことは山ほどあるだろう。今まで何をしていただとか、どこに行っていたんだとか、なんで居なくなったんだとか。


 けれど、彼女は話を聞けと言ってきた。


「だったら、一つ聞かせてくれ」


 天使のような愛らしい容姿を持つ彼女は、しかしその片目を白く変色させていた。黒目が白化しているのだ。白い瞳も相まって、その神々しさは増したように感じるが、しかしそれは普通に考えれば病気の類だ。それを手術していたとか、そんな理由ならまだ納得できるんだ。けれど、家族まで行方を知らず、捜索願まで出された彼女が居なくなった理由は、そんな物ではないだろう。


 俺は、彼女が何か事件に巻き込まれたのだと思っていた。誘拐とか殺人とか、言っちゃ悪いが彼女にはそう言うのに巻き込まれる素養は十分あったように思える。自分の正しきを何としてでも全うする。そして、その正しきは絶対に正しい物で、だからこそ彼女は、悪意に当てられやすかった。


「その前に、私は先に帰っておくとしよう」


「はい、送っていただいてありがとうございました。アルベルトさん」


 彼女に気を取られて、その隣に人が居る事に気が付いたのは声が聞こえてからだった。白髪の老人、背は曲がり杖をついている。一つ、俺には不可思議な事があった。彼女たちは一体どこから現れたのかという話だ。歩いてきた訳ではない、俺を待ち伏せていたわけでもない、車でもない。彼女たちはいつの間にか俺の目の前にいた。物理の法則を無視してテレポートでもしてきたかのように。


 ただ、その老人は直ぐに踵を返し電灯の光から逃げるように道の奥へと進んでいく。そして次の瞬間、その身体が完全に消失した。


 まさか、本当に超能力者とでも言うつもりだろうか。だとしたら、その老人と一緒に居る彼女はなんなんだろうか。漫画やアニメの見過ぎか、ゲームのし過ぎだ。超能力者の集団が彼女を連れ去ったなんて、頭の悪い発想が浮かんだ。


「それで、聞きたい事とはなんでしょうか?」


「どこに行ってたんだよ。今まで何してた、今の爺さんは誰で、お前は今何をしているんだ」


「ごめんなさい。時間が無いんです。答えられるのは陰瑠さんが言ったように一つだけです」


 超常の現象を見せられて、少しだけ気が高ぶってしまった。一つしか答えられないと言うのなら、本来の聞きたかった事を聞くとしよう。


「今、お前は幸せか?」


 俺は彼女が、賀上かがみ若勝もかが居なくなった時何もしなかった。そりゃ高校生に出来る事なんて限られるし、警察が見つけられなかった物を、俺が見つけられるわけがない。そんな言い訳を並べて、俺は何もしなかった。だから、もしも彼女の言葉が俺の想定する二択の後者なら、俺は彼女を今度こそ救いたい。


 そう聞くと、彼女は自分の顔を手で覆った。


「ごめんなさい……」


 そう小さく叫ぶ彼女の心境を、俺は理解してしまう。彼女の回答はいいえだった。そして、俺の答えももう決まった。今度こそ、俺はお前を諦めない。


 一通り、泣き通していた彼女の頭を撫でながら、泣き止むのを待つ。5分程で彼女の涙は止まり、顔を上げれば、その眼は赤く腫れていた。


「今日は、これを渡しに来たました。よく読んでおいて下さい」


 そう言って、彼女は何処からともなく手記を取り出した。俺は迷わずそれを受け取る。彼女が読めと言うのなら読まない理由は最早どこにも存在しない。


「そろそろ時間が無いんです。だから、最後に伝えたかった事を言わせて下さい」


 もしも許されるなら。私は、今も前も、ずっとあの時の陰瑠さんと同じ気持ちなんです。


 また泣き出しそうな彼女の表情を見れば、それがどういう意味なのか俺は直ぐに察する事が出来た。


 そして、彼女は影も形も残さずに唐突に消えた。残ったのはその温もりと一冊の手記だけだった。


 彼女は敵を作る性格をしていた。正しくないと思った事を否定するからだ。そして、この世界には彼女が正しいと思える物はごく僅かだった。彼女は人を助ける人だった。虐められていた人間を助け、金に困っていた人間を助け、老人も子供も友人も大人も見境なく全てを助けるヒーローみたいな人だった。


 そして、彼女は全てを失っていた。虐めの対象は変り、財布は空になった。俺が彼女という人間を知ったのはそんな時だった。


 ある日、彼女が暴行を受けそうになっている場面に遭遇した。主犯の女は男数人に彼女を囲ませ襲わせようとしていた。彼女は護身術を身に着けていたが、そんな物は人数差にはほぼ意味を為さなかった。


 少なくとも俺は、彼女が間違っているとは思えなかったから。だから助けた。


 俺はその場に飛び込み、しかし運動が得意な訳ではない俺はサンドバックになるしかなかった。ただ、警察が到着するまでの時間は稼げた。人数差と、袋叩きにあった俺の身体が証拠になってそいつらは自宅謹慎とか退学とかの処分を受けた。


 だが、また戻ってきた彼等は、また当たり前みたいに彼女に手を出そうとした。その度に俺は彼女を助けた。何度も、彼女は俺に謝罪の言葉を口にした。


 いつしか俺の友達は彼女しかいなくなり、彼女の友達も俺しかいなくなった。そして、彼女に告白して振られた訳だ。


 その一週間後だった、彼女が居なくなったのは。俺は彼女を助けられなかったのだと思ってしまった。結局俺が彼女の全ての時間を護れる訳では無いのだから。そして、そんな記憶もこの一年で薄れかけていた。


 ただ、彼女は俺と同じ気持ちと言った。確かに記憶は薄れかけていた。だけど、彼女をもう一度見てそれを確信した。


「どうやら俺は本当に好きらしい」


 あの時、彼女と付き合う事を提案したのは、そうする事で彼女に行く被害の何割かを抑えられる可能性があったからだ。彼女は美人だったが、絶望的にモテなかった。それは人から好かれる性格をしていなかったからだ。悪い事を悪いと言ってしまう彼女が人から好かれることは無い。何故なら悪い事をしていない人間など居ないのだから。だが、付き合いたくは無いが、その容姿と身体を欲した人間はそこそこ居た。そんな奴らがする事は総じて強引な手段に帰結していた。


 それを少しでも止められるならと思い、俺は付き合ってほしいと言った。誰しも、人の物に手を出そうとするなら、一つ警戒しなければならない事が増えるという事は理解している。たったそれだけの事で意外と実害は減る物だ。


 勿論、そんな事は彼女には伝えていないが。


 しかし、どうやらあの時とは違う。本当に俺は彼女に好意を抱いていた。無くして気が付くと言うが、もう一度戻って来て気が付くとは。


 確かに、彼女はこの世界の人間に好かれない。


「なら、俺はライバルが少なく済むという事だ」


 何故なら、はこの世界の人間などでは無いのだから。

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