第11話 勇者になった理由
「何やってんだ、ミーニャ?」
小さな背中に呼びかければびくりと跳ねた。
彼女がイタズラをして叱られるときの反応だ。長年付き合っているのだから、それぐらいわかる。つまり義妹は叱られるような行為をしていたことになる。
立っているミーニャの奥には蹲ってひっくとしゃくり上げている聖女がいる。
彼女にはたくさんのゲル状の物体が付着していた。頭から服まで、べったりだ。
うねうねとクラッシュゼリーが卑猥に動く。
「ほんと、何やってるんだ、ミーニャ」
「やって欲しいって頼まれたのっ」
「そんないかがわしいこと、聖女様が頼むわけないだろうおおおお???!!!」
ばっと振り返ったミーニャが必死で言い訳をするが、下手すぎる。
誰がこんなヌルヌルでいかがわしいゲル状のものを体につけてほしいと頼むというのか。
「はっ、怒ってる場合じゃない。とにかく早く処置をしないと大変なことになる」
クラッシュゼリーは刺胞動物の一種で、ゼラチン質の体を持ち無色透明だ。光を受けて七色に輝くことからクラッシュゼリーの名前を持つ。
そして特性は特殊な粘液があることだ。アインラハトも素材としてよく使うのだが、彼らの触手から粘液が出て、それが繊維を溶かす。その上、刺されると興奮してしまうのだ。
つまり、媚薬やら精力増強剤の原材料に使われる。
マイネは知らないようで、泣きながら茫然としている。
だが、徐々にその衣服が透けていることには気が付いていない。
「すみません、キラキラしてたから何かしらって聞いたのは私なんです、ごめんなさい、ごめんなさい…」
えぐえぐと泣きながら必死で言い募る少女はどこか煽情的だ。
そんな場合ではないのに、アインラハトはドギマギした。
「ミーニャ、流し方は知ってるだろ。早く彼女を洗って」
「わかったよ、お義兄ちゃん」
ミーニャは力強く頷いてマイネの体をひょいと抱き上げるとそのまま湖へ、どぼんと放り投げた。
「へ…きゃああああ、うぷっ」
「ミーニャああ??!」
「これでばっちりだよ、お義兄ちゃん」
「馬鹿、何も湖に投げる必要ないだろう」
「だって手っ取り早いし」
「だってじゃありません。湖に落ちたら溺れることもあるんだぞ。そもそも突然人に投げられたらびっくりするだろう」
「えー」
「可愛らしく口を尖らせても義兄ちゃんは許しませんからね」
「げほっ、がはっ…す、すみ…ません、あの…はあっ…私、泳げ…ないんですう…がばばば」
力尽きて沈んでいく聖女を助けるために、慌ててアインラハトは湖に飛び込むのだった。
#####
湖からマイネを引き上げて、家の風呂に放り込んだ。
その世話はミーニャに任せるしかない。
まさか服を脱がせて洗うわけにもいかない。
風呂場から二人のやりとりが聞こえてくるが、内容はともかく微笑ましいことだ。我が家の風呂は魔道具を駆使して多機能になっているので、家人以外の勝手がわからない者が使用すると大惨事になることがある。
だからミーニャも一緒に入らなければならいのだ。
あの我儘なミーニャが友達と一緒にお風呂に入っているなんて。
ちょっと前までは考えられなかった。
まさか、彼女は友人が欲しくて勇者になったのではないかと思いついた。
なぜ勇者なのかと今まで不思議に思っていたが、彼女が勇者パーティに入ることをどこかで聞きつけて勇者になったのかもしれない。
年頃になってようやく友人の大切さをわかってくれたのかと、アインラハトは義妹の成長に胸が熱くなった。
そのまま風呂場を離れて台所に向かう。
おやつの準備はばっちりだ。
ついでに温かいお茶も淹れようとお湯を沸かす。
ほどなくして石鹸の香りとともに、ミーニャとマイネが居間に顔を出した。
「ほら、おやつだぞ」
「わーい、パリパリだ」
「パリパリ?」
「このお菓子のことをミーニャは変な風に呼ぶんだよ」
「そうなんですね」
マイネは皿に盛られた茶色の揚げ菓子を覗き込んで、ふふっと口元を綻ばせた。
湖に落とされたことを怒らないなんて、できた子だ。
あまりの優しさに心の中で感謝する。さすが聖女様だ。
末永く義妹の友人として仲良くしてもらいたい。
「ほら、ちゃんと髪を乾かして」
ぽたぽたと髪から雫を落とすミーニャの頭を優しくタオルで拭ってやると、義妹は気持ちよさそうに目を細めた。
彼女の髪は細くて絡まりやすい。放っておくとすぐにボサボサになるので、丁寧に水を取って櫛を通さないといけないのだ。面倒くさがりのミーニャはいつもアインラハトにやらせる。彼女が不器用なので自分でできないということもあるのだが。
「仲がいいんですね」
「二人きりの家族だからね、当然じゃないかな」
「羨ましいです…あっ違うんです、取ったりしません。ちゃんとわかってます」
ポツリと呟いたマイネは慌てて弁解しだした。
どうやらミーニャに謝っているようだが、何故かはわからない。
「何をわかってるって?」
「お菓子独り占めしたいって」
「いや、そんな話じゃなかったよな。ただミーニャが独り占めしたいだけだよな。仲良く食べなさい、じゃないともう作らないぞ」
「お義兄ちゃんが酷い…なんで虐めるの」
「虐めじゃない。むしろ意地悪なのはミーニャだろうが」
「なんで、私、悪いことしてないよ?!」
ばっと勢いよく振り返って抗議してくる義妹の瞳は真剣だ。
なんとなく自分が悪いような気になってくる。
そうか、勘違いだったのかな。うん、ミーニャは何も悪くない。
「そうだな。よし、食べていいぞ」
頭を乾かし終えたので、許可すればミーニャが勢いよく食べ始めた。
あれ、なんの話だったかなとアインラハトは首を傾げた。
それをマイネがしたり顔で頷きつつ眺めていた。
「なるほど、こうして妹の我儘が通るんですね。とっても参考になります。ミーちゃんはさすがです。そしてお兄さんは可愛格好いいです」
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