第7章 蒼旗翻天 4


 程なくして彼方から数多の蹄と馬の嘶き、武具の鳴り合う響きが近づき始める。

「……ああ、もう見るのも嫌になるのう」

 ぞろぞろと現れる白い幟の一群に、うんざりした様子で資家が嘆息した。

 一行の西方側面を傾斜の上から取り囲むように展開した鎌倉勢から、大将格と思しき者を先頭に数騎の武者が進み出た。

「……あの大将、見覚えがあるぞ。我が奥州を先頭きって蹂躙しおった敵将じゃ。ああ、忘れてはおらぬ。決して忘れておらぬとも!」

 傍らの八郎が、ぎりりと歯を軋らせながら凄い目つきで睨みつける。

 姿を見せたのは、景時を失脚させた発端人の一人であり、兄国衡の仇でもある和田義盛。同じく景時の仇敵であり何時ぞやの狩りの会で見知った三浦義村。その傍らに控える「与一」こと浅利義遠。三人の後ろにもう一人、見知らぬ若侍が控えており、仏頂面で弓を携える義遠を除き、皆不敵に嗤いながら高衡達を眺めやる。

「なんと、これは奇遇なことじゃ。幕兵を騙る不審な一行が山城の関を越えたというから後を追ってみれば、高衡殿、貴公らであったとは」

 白々しく笑う義盛を前に、資家ら兄弟が牙を剥くような獰猛な表情で睨みつける。

「和田奴、生かしてはおかぬっ!」

「資家殿、今は控えよ」

 今にも猪突の勢いで斬りかかりかねない資家を抑えながら、真っ直ぐに義盛を見据えて高衡が声を上げた。

「御用のお務めご苦労にござる。実は急な用がありましてな、すまぬが先を急ぐ故ここは身共の顔に免じて我らを見逃してもらえぬだろうか? いずれ機会を改めて釈明致そう」

 義盛が悩ましい顔で芝居じみた思案の様相をみせる。

「さぁて、それは困った注文じゃ。まことに遺憾ながら我らは貴公らの追討を命じられて此処に来たのじゃからのう。とはいえ、高衡殿強っての希望とあらば無下にもできぬ。何かこう、お互いの為になる策はないものか、さて思案思案……」

「戯言は程々にせよ悪党奴!」

 我慢できずに資家が激高し叫んだ。

「命ぜられただと! 畏れ多くも我らのすぐ後に御所に踏み込んで帝に強いて書かせたのであろう、猿芝居もいい加減にせい!」

「おお、そうじゃ名案閃きたり!」

 ぱっと顔を輝かせて義盛が手を打った。

「一石二鳥の名案じゃぞ! 貴公ら、急ぎの用向きとのこと。良かろう、ここを通して進ぜようぞ」

「何?」

 訝し気に眉を寄せる高衡らを心底可笑しそうに含み笑いを漏らしていた義盛が、とうとう堪え切れず壮絶極まる形相で狂ったように哄笑を上げながら刀を抜き放ち絶叫した。



「――その代わりに全員ここに首を置いていけええぇぇェエエィぃィいヒァヒあヒゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ‼」

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