第7章 蒼旗翻天 2
範季邸正面前に、鎌倉兵の装束を纏った武者達が集っていた。
しかし、それらの先頭に立つのは越後へ落ち延びたはずの二人。
「ここに居られたか。探しましたぞ、高衡殿!」
「まだ我らの戦いは終わってはおらぬ。勝手に抜けてもらっては困りますぞ!」
そういって、驚く高衡に笑いかけるのは、城一門の武将、資家、資正の兄弟である。
その後ろから歩み寄り、高衡の下に膝をつくのは二人の武将。
その顔を見た高衡は声を上げそうになった。
「奥州藤原一門郎党、由利八郎、津谷川平四郎。京における殿の挙兵を聞き及び、奥州より参上致し候!」
懐かしい、力強い八郎の言葉に、高衡は目頭を熱くする。
「八郎、そなたも生きていてくれたか」
「兼任殿の義戦に加わり、辛くも生き残りました」
ニッと頼もしく笑う八郎を見て、雪丸も感涙に咽ぶ。
その背後に控える鎌倉兵姿の徒兵達も、揃って跪く。
「我ら本吉衆、我が領主と最後まで運命を共にする覚悟にござる!」
見れば薙刀の代わりに鯨打ちの銛を手にする者の姿もあった。彼らは高衡の旧所領、本吉の民兵達だった。
最後に高衡の前に低頭するのは、商人風のいでたちをした小柄な女性だった。筆で引いたように目の細い優顔に見覚えがあった。
「お初にお目に掛ります。昨年、父より号を継ぎ吉次と名乗らせていただいている商人にございます」
「吉次殿の計らいで道中各所の関を恙無く通過し、ここまで辿り着くことが出来たのでござる。また、これらの鎌倉兵の装束も一緒に誂えてくれたもの」
「そうか。何から何まで骨を折らせたな」
「お礼には及びませんよ。これは先々代より藤原様から頂いていたご厚意へのほんの恩返しですから」
ひらひらと手を振り恐縮する吉次娘が、表情を改めて高衡に向き合う。
「私がお役に立てるのはここまでです。皆さん、どうかご武運を」
一礼する女商人に皆が厚く謝意を述べた後、資家が口を開く。
「我らが探し出せたくらいじゃ。ここもすぐに義盛奴に見つかるだろう。明朝、すぐにでも出発しよう。宜しいか?」
高衡は頷きながら問う。
「まだ角殿は戦っておるのか?」
「周辺の鎌倉の息が掛かった諸侯は抑えたようだが、義盛や佐々木盛綱の軍勢が動きを見せ始めておる。これからが正念場だろう。我らと共に越後に向かい、叔母上らを助けてくれると有難い。……まさか貴公、この期に及んで憎しみで剣は振るえぬなどと申したりせぬだろうな?」
資家の懸念に、「無論、恨を以て兵を為すは御免被る」と即答し笑った。
「だが友の窮状を見過ごすは義にも情にも悖る事じゃ」
「それでこそ高衡様じゃ!」
配下一同が歓声を上げる。
「殿、これをご覧あれ」
郎党の一人、津谷川平四郎と名乗る年若い侍が青地の旗を目の前に広げて見せた。
「一迫の合戦で某が守り抜いた我ら一門の蒼旗。最後の一振りにございまする」
まじまじと旗を見つめる高衡が感無量に堪えぬ様子で溜息を吐く。
「この旗の下、皆と再び鎌倉を相手にできる日が来ようとはな」
決心を新たに顔を上げ、高衡が皆を見渡す。
「各々よ、心構えはよいな?」
その様子は、在りし日の柳之御所にて皆を見渡し義経討伐の命を下した亡き泰衡を彷彿とさせ、はっと八郎達の胸を打った。
皆が注視する中、高衡は力強く宣言した。
「いざ、共に最後の戦へ参ろう。角殿達が待つ越後へ――鳥坂城へ!」
時に建仁元年二月二十五日。
滅亡から十余年の時を経て、かつて清盛、義仲をも畏怖させた奥州覇者の旗印――晴天色の藤原蒼旗が、再び天に翻ろうとしていた。
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