第568話 何か撒いた
ジョーズを圧倒しつつあったレスター。このまま攻めきれば決着がつきそうであった。
しかしそこでレスターには迷いが生じた。
真剣で斬り合う実戦である。その決着とは、相手を殺す事である。殺さないまでも、無傷で済むわけがない。
レスター (このまま……殺す? いや、殺さないよう手加減する? 自分にそんな手加減ができるのか?)
正直、レスターはそこまで深くは考えていなかったのだ。ずっと格上の相手と練習してきたため、手加減をする練習などはした事がなかった。
その迷いを突いて、ジョーズがクールとは言えない手段を取る。これはルールのある上品な試合などではない、実戦なのだから文句は言えない。
ジョーズは剣先で地面を抉り土をレスターに向かって飛ばした。レスターもこれには反応して土をまともに浴びる事なく回避できたが、その隙にジョーズに距離を取られてしまう。そして、ジョーズは腰に付けていた巾着を取ると中身を空中高く放り投げた。
レスターは頭上に向けて放り投げられた何かを警戒して一瞬身を低くして構えたが、投げられたモノはレスターの頭上を高く越え、背後に落ちただけであった。ミスかと思ったが、さらにジョーズは自分とレスターの両側にも巾着の中身をバラ撒いていく。
どうやら巾着はマジックバッグになっていたようで、その外見からは予想ができないほど沢山の何かが撒かれた。
警戒しながらジョーズが撒いたモノを見てみるレスター。それは、何かの植物の種であった。種からは棘が出ている。その棘は三角錐状に立体的に配置されており、どの向きで落ちても棘が一本は必ず上を向くようになっている。
そう、それは天然の
マキビシはかなりやっかいな武器であるが、とは言え、冒険者用のブーツであれば、靴底に非常に硬い板(高級なものは金属板)が入っているので刺さりはしない。もちろんレスターも冒険者として最低限の装備は身につけている。
しかし、刺さらずとも上に乗ってしまえば足場が不安定になり、足首を挫くかもしれない。もしマキビシの上に倒れ込んでしまえば、布の服しか身に着けていないレスターは痛い思いをする事になるのは間違いない。
自分の後方に落ちたモノも同じ種だろう。つまり退路を断たれたとまでは言わないが、後退はしにくい状況となったわけである。
(範囲攻撃魔法があればマキビシなど排除してしまえるが、レスターには魔法の才能はない。)
さらに、左右にも撒かれている。つまり、レスターは前に進む事しかできない。前にはもちろんジョーズがいる。
だが、剣技ではレスターが圧倒しつつあったのだ。このまま押し切って勝負を決めてしまえばよいのだ。レスターは覚悟を決め、攻撃を仕掛けようと一歩踏み出したのだが……
一瞬速くジョーズの剣撃がレスターに迫ってきていた。
迷いと戸惑いが行動を遅らせ判断を誤らせる。その一瞬が戦闘中は危険なのである。
迫るジョーズの攻撃。レスターは先程までと同様、空を斬らせ、そのままカウンターで仕留めようと思ったが、その瞬間にレスターの動きが鈍る。周囲にあるマキビシの存在を思い出し、身体が硬直してしまったのである。
ジョーズもマキビシ程度で相手を仕留められるとは思っていない。最初から、レスターにマキビシを意識させて萎縮させるのが狙いだったのだ。
半歩動くくらいの空間はあるはずなのだが、もしマキビシを踏んでしまったら? という思いが一瞬頭を過り、今までと同じように動けない。
結局、ジョーズの攻撃を空振りさせる事は叶わず、剣で受け止めるに止まってしまったレスター。
だが、身体も温まってきている。先程のように連続攻撃を許す事はなかった。
レスターはジョーズの剣を受け止めながら、前に踏み込み、押し返す。
逃げ腰で受け止めるのと、僅かでも前に出ながら受け止めるのとでは、それだけで次の体勢が大きく変わる。レスターは、剣を押し返しながら自分の剣の角度を斜めに変え、受け止めた相手の剣を滑らせると、反撃に出ようと一歩前に踏み出した。
だが、その瞬間、レスターの足元が急に崩れ、体勢を大きく崩してしまう。
レスター 「落とし穴?! いつの間に!」
実は、ジョーズは土属性の魔法が僅かだが使えたのだ。それほど大規模な魔法は使えなかったが、踏み込んできたレスターの足の下に十センチほどの穴を開けるくらいは容易にできたのだ。これがジョーズの本当の奥の手であった。
ジョーズ 「死ね!」
体勢を大きく崩したレスターにジョーズの剣が襲いかかってくる。周囲にはマキビシがあるため転がって逃げる事もできない。八方塞がりで身体が硬直してしまう。
絶体絶命。もはやレスターにはジョーズの剣を防ぐ術はなかった……
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次回予告
ジョーズ 「殺す気なんかなかったんだ、本当だ! 思わず死ねとか叫んだけど、勢いってやつで!」
乞うご期待!
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