第482話 公爵令嬢の婚約破棄宣言

「ジャカール! あなたとの婚約は破棄させて頂くわ! 異論はないわよね?」


時は少し遡り、リューが学園の入学試験を受ける三週間ほど前。


場所は学園の教室。


大勢の生徒が見ている前で、エスピリオン公爵家の令嬢レイカは、自分の婚約者であるリード男爵の令息ジャカールに婚約破棄を言い渡していた。


「・・・別に僕はそれでも構わないけど・・・僕が望んだわけでもない、親が決めた婚約だからね」


ジャカールは穏やかに言った。


その言葉を聞き、レイカはキッとジャカールを睨みつける。


「でも、理由はなんだい? 親が決めた事なんだから、勝手に破棄するってわけにもいかないだろう?」


「婚約者が犯罪者だったとなったら、お父様も婚約破棄に同意なさるに決まっているわ!」


「犯罪者? 僕がかい?」


「ええ、あなた、Zクラスの生徒達と仲が良いらしいじゃないの?」


「それは・・・」


Zクラスの話を出されて、少し言い淀んだジャカール。それを見てレイカはさらに続けた。


「先日、女生徒が暴行されたって噂があるわ。その犯人が、Zクラスの不良達だって噂よ。さらに、最近起きている生徒の失踪事件も、そいつらが関わってるって噂でしょう」


「全部、ただの噂に過ぎないだろう?」


「ええ、今のところは、ね。でも、学園側も正式に調査に乗り出したようよ。捜査のための騎士が警備隊から派遣されてくるって聞いたわ。そうなったら、いずれ全てが明らかになるでしょう」


「仮に、そうであったとしても、僕は関係ないよ」


「でも、Zクラスの生徒とあなたが仲が良いのは事実でしょう?」


「Zクラスの生徒全員が悪いわけじゃない。マリクが犯罪なんかするはずがない」


「どうかしらね? あなたの敬愛するマリクはZクラスの不良達のリーダーだっていうじゃない? まぁ、いずれはっきりする事よ」


そこでレイカの取り巻きが口を挟み始める。


「だいたい、その口の聞き方はなによ?! レイカ様は公爵令嬢なのよ? 男爵の息子ごときがタメ口きいてんじゃないわよ!」


「・・・ソウデスネ、申し訳ありませんでした、レイカ様?」


ジャカールのとってつけたような敬語にますます不快そうな顔をするレイカ。だが、取り巻きの女生徒達はジャカールが素直に態度を改めたのでさらに調子に乗った。


「そもそも公爵家の令嬢が男爵家ごときに嫁ぐとか、不釣り合いにもほどがあるでしょう! 身の程を知りなさい! レイカ様にはもっとふさわしい相手がいらっしゃるわ!」


「そう、僕のようにね!」


そこに現れたのは金髪のイケメン。マラサード公爵令息のタジンである。


「君が犯人なのは間違いない! まぁ、実行犯はZクラスの生徒達だろうけどね。でも、指示をしてた黒幕がいる。それが君だろう、ジャカール?」


「弱小男爵の息子である僕が黒幕とかありえないでしょう、タジン様?」


「ああ、正しくは、君も指示に従っているだけだ。本当の黒幕は……あのマリクだろう? 一応彼は、Zクラス落ちしているとはいえ、カルステ侯爵家の令息だ。そして君とは幼馴染だそうじゃないか? 君はマリクの手下なんだろう?」


「・・・たしかに僕とマリクは幼馴染で親しいけれど。マリクは確かに勉強は嫌いだけど、悪い事をする奴じゃない」


「どうかな? 噂では、生徒達を脅して、最後には遺書を書かせて自殺させてるって言うじゃないか」


「全部ただの噂だろ、証拠は?!」


「・・・証拠なんかいらないさ、僕の “勘” がそれが正しいと言ってるからな!」


そのセリフを聞いて周囲の生徒達は残念そうな顔をしたが、タジンは気づいていない。


レイカはエスピリオン公爵家の、タジンはマラサード公爵家の子女である。公爵家ということは、つまり、ガレリア王家の遠縁に当たる。つまり、王族として、王家のスキルを持っている可能性があるのだ。タジンはそれを暗に言っているのだが・・・


実はエスピリオン公爵家にもマラサード公爵家にも、王家のスキルを受け継ぐ者が現れなくなって久しい。


スキルの因子は遺伝すると言われている。だが、遺伝しない場合もある。


受け継ぐかどうかの確率は、男性か女性かで違う。それは以前、リューがエド王に説明した事である。


遺伝子の構造に関しては、どうやら地球とこの世界の人間は同じなのであった。以前はリューは確かめる方法がないと言っていたが、よく考えたら神眼を使えば分かるのではないか? と後で気づき、確認済みである。


性別は、染色体の組み合わせによって決まる。男性はXY、女性はXX。スキルの因子は、XとYどちらにも含まれているのだが、当然、王家以外の人間達は、スキルを持たないXとYを持っている。


父と母、二人合わせてXが三つとYがひとつ。子供は、その中からふたつを選んで生まれてくるわけである。


全てのXとYがスキルを保有しているのならば問題はない。


そのため、太古の昔はスキルを維持すため、近親婚が繰り返されてきた。


だが、時代を重ねるごとに、外部の人間と結婚する王家の血縁者が増えていった。そうなると、スキルを持たないXまたはYが一族の中に混ざっていく事になる。


このような状態でも、父親がスキル保有者で、子供が男の子であれば、スキルは必ず受け継がれる。父母の間でYは一つだけしかないからである。


だが、生まれてきた子が女の子だった場合、スキルを持たないXを受け継いでいる可能性が出てくるのである。


ひとつだけでもスキル有りのXを受け継げば良いが、スキルを持たないXしか受け継がなかった場合は、それ以降、子孫にスキルが受け継がれる事はないのである。


(スキルに関しては「潜性遺伝(劣性遺伝)」はないので、隔世遺伝や先祖返りという現象は起こらない。)


この国には7つの公爵家があったが、このような知識がなかったため、どの家も男系を維持しなかった。(この世界では女性も貴族家の当主になれた。)

そのため、外から来たスキルを持たない者の遺伝子が増えていき、やがてスキルを恒久的に失ってしまったのである。


そのようにして、国内の公爵家はすべてが王族の証である “王家のスキル” を失って久しい。


遺伝子の知識がなくとも、公爵家からスキルが失われて久しい事は国民も皆知っているので、タジンが今更スキルがあるかのように嘯いたところで、滑稽なだけなのであった。


「そもそも、男爵家の君が、公爵令嬢であるレイカと婚約とかおかしいんだよ。僕はずっと父上にレイカと結婚したいって頼んでたのに・・・」


「そうよ! 男爵家なんてレイカ様は不釣り合いよ!」


「この機に黙って身を引くべきよ!」


レイカの取り巻きがタジンに乗っかってヤジを飛ばしてくる。その取り巻き達もみな子爵令嬢なので、ジャカールより身分が上なため、文句も言えないのであった。


「・・・まぁ、不釣り合いと言われたら、否定はできないけどね。でも親が勝手に決めた事、僕が望んだ事じゃない」


ジャカールをにらみつけるレイカ。


「私なんかとは結婚したいと思うわけないと?! 無礼な奴ね」


「いや、そんな事言ってないだろう? 身分が釣り合わないって言ってるだけだよ」


「・・・とにかく。騎士が来て捜査が進めばはっきりするでしょう。もしマリクが犯罪に関わっている事が分かったら、カルステ侯爵家の責任が問われる事になる。そうなったら、寄り子であるリード男爵家も連座で責任を問われる事になるでしょう。そうしたら、婚約破棄はもう確定的でしょう? さっさとマリクのところに行って真相を確認してきたほうがよろしいのでは?」


「・・・マリクの犯罪が確定したなら、僕も責任を取るよ。たとえ直接関わっていなかったとしても・・・マリクは僕の兄みたいなものだから」


「そう・・・さっさとはっきりさせてスッキリしたいものですわね」


そう言ってレイカは踵を返し去っていった。






そんな事があったのが2週間ほど前。


それをベアトリーチェが近況報告のついでに義父であるユキーデス伯爵に話したのだ。


ユキーデス伯爵はベアトリーチェの本当の父親ではないが、だからこそ、本当の父親のように義娘を気にかけ、何か力になれる事があったらいつでも言ってくれと言っていた。


今回も、話を聞いた伯爵のほうから、問題を解決するための人材を派遣すると言い出したのである。


ちなみに、ベアトリーチェはこの件とは直接関わりがないのだが、何故そんな話を義父に報告したかと言うと、ベアトリーチェの従者の一人が、このジャカールの幼なじみだったからである。


ベアトリーチェには二人の女生徒、アルバとヘレンが従者として側に居た。二人共同じく学園の生徒であるが、将来、伯爵令嬢であるベアトリーチェの側に仕える事が決まっている下級貴族の令嬢なのである。


丁度年齢が同じ事もあり、ベアトリーチェと一緒に入学したのだ。(このような事はよくあることであった。公爵令嬢であるレイカの取り巻きも半数はそのような立場の者達である。)


そして、ベアトリーチェの従者候補の一人、ヘレンは、男爵令息のジャカールと幼馴染で親しい間柄だったのだ。


カルステ侯爵家の八男マリク、ミシア子爵令嬢ヘレン、リード男爵令息ジャカールとその妹エリザは、領地が近隣であり、また親がカルステ侯爵派の寄り子の関係であったため、遭う機会が非常に多かった。年齢が近かった事もあり、三人はすぐに仲良くなり、兄弟妹のように育ったのだ。


そのため、ヘレンはジャカールとマリクの事を非常に心配していた。


ジャカールは婚約破棄宣言後、マリクはそれより少し前から姿を消してしまっていた。ヘレンは二人の事をとても心配しており、ベアトリーチェに相談していたのだ。


ベアトリーチェもヘレンの力になりたいと思い、ユキーデス伯爵に相談したわけである。


そして伯爵が派遣した探偵が、リュージーンであったわけである。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


平民が貴族の子女が通う学校になど行けば、当然身分差で差別される事になるわけで…


貴族令息 「平民が! 両手と額を床に擦り付けて挨拶するがいい!」


リュー 「お・こ・と・わ・り」


乞うご期待!



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