第464話 猫探しの依頼パート2

探偵としての初仕事である。


だが……リューは探偵業のノウハウなど知らない。ハッキリ言えばド素人である。そのため、このような仕事における最適解は分からない。なので、リューなりに考えてやるしかない。


リューは、物事には、「力づくで強引に解決する方法」と「極力穏便に解決する方法」の2つのベクトルがあると思っている。


その間でどう落とし所を見つけるか? という事ではないかとリューは考えているのである。


ハッキリ言えば、強引に全てを力づくで解決する事も、リューならば可能であろう。だが、さすがに探偵業を始めたばかりでそれもどうかと思い、リューはとりあえず、なるべく穏便に事を運ぶ方法をとる事にしたのであった。


ならば、まずは、猫が現在居る屋敷の人間に話をして、猫を確認させてもらい、もしそれがマロンならば返してもらうように話をする、というところだろうか。


だが、貴族と平民という身分制度のあるこの世界は、身分の違いのない日本とは違う。平民がいきなりアポもなく高位の貴族の屋敷を訪ねても、追い返されるのは当たり前なのであった。ましては、平民の猫を返してくれと言っても、聞き入れてもらえるかどうかは分からない。


まぁとりあえず、当たって砕けろと、リューはその屋敷に向かったのであった。




  * * * * *




その貴族の屋敷は、貴族街の中でも王城に近い場所にあった。つまり、かなり高位の貴族であると言うことだ。


街は王城を中心に放射状に幾重かの階層に別れている。王城の周囲にあるのは貴族達のエリアで、その中でも、王城に近い場所ほど、より地位の高い貴族の屋敷となっている。貴族街でも辺縁に近い場所、王城から離れ平民街に近い場所は、子爵、男爵、騎士爵など、下級貴族の屋敷となっている。


下級貴族の屋敷は意外とガードが甘いが、上級貴族の屋敷ともなると門番が居て屋敷を警護している。


正面から馬鹿正直に訪ねていったリューは、当然、ケンモホロロに門番に追い返されるのであった。


門番 「伯爵様がお前のような得体の知れない者に会うわけがなかろうが! 帰れ帰れ!」


リュー 「…ここは伯爵の屋敷なのか」


門番 「…貴様、ここが誰の屋敷かすら知らずに訪ねて来たのか? 怪しい奴だな!」


リュー 「…誰の屋敷かって? それくらいはもちろん知っているさ、ユキーデス伯爵の屋敷だろう?」


この屋敷がユキーデス伯爵のものだと言うことは門番の心を読んで分かったのだが。


門番 「…知っているのならなおのこと、アポもなく来ても会えない事くらい分かっているだろう。大方、自分を売り込みに来た冒険者崩れというところだろうが、帰れ。伯爵に会ってほしかったら紹介状の一つも持ってくる事だな。お前にそれが手に入れられるなら、だがな」


リューは肩を竦め、とりあえずその場は素直に引き下がる事にしたのであった。


リュー 「さて、どうするか……」


エド王か、ドロテアか宰相にでも頼めば、紹介状を書いてもらう事は可能であろう。だが、そこまでする事でもない気がする。


銅貨十枚の仕事である、そんなに労力も掛けたくはない。スピード解決を依頼主も望んでいるだろう。


結局リューは、「強引な手法で解決する」事を選択してしまうのであった。


門番を殴り倒し、屋敷に押し入り、猫を奪う……などという暴挙を働いたわけではない。


リューは門番に追い返された後、屋敷の塀に沿って歩きながら、屋敷の中を神眼でサーチした。やがて、屋敷の中に居る猫を発見すると、周囲に人が居ない事を確認して、転移で手元に猫を引き寄せてしまったのである。




  * * * * *




ランスロット 「おや、その子がマロンですか?」


探偵事務所の椅子で、膝に乗せた猫をモフっていたリューに、王宮から戻ってきたランスロットが声を掛けた。(ランスロットは、王や宰相に呼ばれ、割と頻繁に王城に行かなければならないのであった。国の防衛を担っている役目上、さすがに放置というわけにも行かないようだ。)


リュー 「まだ未確認だが、間違いなさそうだ。本人がそれっぽい反応をしているからな」


ジルの名前を聞かせて見ると、猫の脳裏にジルの顔が思い浮かんだのがリューの神眼で分かったのだ。もっとも、猫の中では “飼い主” というより、“下僕” という扱いだったのはご愛嬌だが。


ランスロット 「すんなり返してもらえたのですか?」


リュー 「いや、門番に追い払われて、屋敷の門すら超えられなかったよ」


ランスロット 「では……転移で?」


リュー 「そういう事だ」


ランスロット 「しかし、急に猫が居なくなったら、貴族の家のほうでも騒ぎになりませんかね?」


リュー 「飼い猫が、間隙を抜けて逃げ出してしまう事など、よくある事さ。もし猫違いでもまた黙って屋敷に戻しておけば問題ないだろうしな。しばらく家出していた猫がひょっこり帰ってくるなんて事もよくある話だ」


さっそくジルを呼び確認させたところ、その猫はジルの探していたマロンで間違いないとの事だった。ジルは大変喜び、マロンを大事に抱きかかえて帰っていった。


これで、初仕事は解決である。


ジルは平民、相手は貴族、仮に屋敷の人間が猫を探していたとしても、ジルとは接点などないはずだから問題ないだろう。


貴族のほうも、長く飼っていた猫というわけでもないのだから、それほど執着はないだろうし、貴族ならいくらでも新しいペットを買えるだろうから問題はないだろう。


   ・

   ・

   ・


だが、数日後……。


とある貴族家の使いがやってきた。


曰く、猫を探してほしいと主が言っているので来て欲しい、という事だった。


なんでも、屋敷で飼っていた猫がいなくなってしまったのだそうだ。


その貴族は、最初、街の警備隊に相談したらしいが、ペット探しなど、街の警備隊の仕事ではないと渋られたらしい。伯爵家相手に警備隊も無碍にはできなかったが、結局、「そういう仕事は、金を出して冒険者にでも頼んだらどうか?」と助言を受けたそうだ。要するに、遠回しに断られたわけである。


それが、どうして冒険者ギルドではなくリューのところに話が来たかと言うと、どうやら王があちこちの貴族にリューが始めた探偵事務所の事を宣伝してくれていたらしい。その話がタイミングよくこの貴族の耳に入ったという事だったようだ。


リュー (やはり、探偵業の仕事は、ペット探しが多いんだなぁ…)


などと思いながら、迎えの馬車に乗り、貴族の屋敷に向かったリュー。到着したのは……


先日リューが猫を攫った伯爵家であった。


リュー (……なんと奇遇。いや、野良猫を保護するくらいだから、他にも猫を飼っていたのだろう。それが逃げ出したというところか)


しかし、話を聞いてみると、探して欲しいのはジルが探していた猫と同じような特徴の猫だった。


リュー (また三毛猫かぁ。ま、三毛猫なんて結構そこら中に居るしね)


もちろん、リューが現実逃避しているだけである。貴族が探しているのはジルの猫のマロンで間違いないだろう……。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


伯爵とその若い夫人


乞うご期待!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る