第454話 最後に負ける悪役のセリフ

反乱軍による王城の門への魔法攻撃は一昼夜続いたが、翌日、それは唐突に止まった。


それを感じ取ったドロテアが城壁の上に登って様子を見てみると、門の前に数名の人間が来ている。


グリンガル侯爵とその護衛騎士であった。


王城を見上げる侯爵。視線の先は、王城の上部にあるテラスから様子を眺めていたエドワード王が居た。


王がそのように外部から見える場所に出てくるのは、遠隔攻撃を受ける可能性があるので不用心なのだが、ドロテアの張った障壁に絶対の信頼感があっての事である。


侯爵が声を発した。高齢の侯爵にそれほど大声を出せるようには見えないのだが、声が城壁の上にいるドロテアにも非常に明瞭に届く。どうやら後ろにいる魔道士が風魔法を上手く使って声を遠方まで送り届けているようだ。おそらくエド王のところにも届いているのだろう。


ドロテアの魔法障壁も、ただの風と音までは妨げない。


侯爵 「エド王よ、話がある。中に入れてくれ。腹を割って話そうではないか」


ドロテア 「そうやって城門を開けさせようというのか? その瞬間、軍勢が一斉になだれ込んでくる算段なのだろう?」


侯爵 「そのような真似はしない。私も侯爵だ。卑怯な真似をすればその名に傷がつく。名誉にかけて約束しよう。場内に入るのは私一人だけでよい」


ドロテア 「……」


侯爵 「このまま力押しでも落とせるのだ、卑怯な真似をする意味がないだろう? だが、できれば私もあまり強引な事はしたくないのだよ。国家に対する敬意は忘れていないつもりだよ? 現王家に対しても当然ね」


ドロテア 「現王家だと? まるで、別の王家があるような言い方だな」


エド王 「いいだろう、ドロテア、入れてやれ。私も少し話がしたい」


ドロテア 「侯爵、入ったら、我々に身柄を拘束されて人質にされるとは思わんのか?」


侯爵 「儂が戻らない時は、儂は死んだと思えと命じてある。後は、将軍が情け容赦なく王城を攻め落とし、内側の者を殲滅蹂躙するであろう。その時は、一人も生かしては残さないよう命じてある。儂とて遊びではない、命を賭けておるのだ」


ドロテア 「…開けるのは通用口だけだ。それでも構わんなら入るがいい」


グリンガル侯爵は丸腰で護衛も付けずに通用口を潜ってきた。警戒していたが、特になにか罠を張っている様子はない。どうやら本気でエド王と話をしにきたらしい。


ドロテアと数名の騎士が侯爵を囲むが、侯爵は気にせず進んでいく。勝手知ったる王城である。そのまま謁見の間まで先に立って歩いていった。


侯爵 「エドワード王にはご機嫌麗しく…」


エド王 「クーデターを起こされてご機嫌なわけなかろうが? 余計な社交辞令は不要だ。ご機嫌伺に一人で乗り込んで来たわけでもなかろう?」


侯爵 「もちろん。エド王に降伏を呼びかけに参りました。私と王は知らぬ仲でもないのですから。私は王が生まれた時からずっと見ていました。このまま力で押しつぶしてしまうのは、私としても気が引けるのです」


エド王 「一応(クーデターの)理由を聞いておこうか?」


侯爵 「語るまでもない、あなただって分かっておいででしょう? 先王は立派な方でした。世界の覇王とならんとする気概があった。それがあなたには欠けている。それでは、せっかく拡大してきたガレリアの威勢が堕ちるばかりです」


エド王 「戦争に明け暮れたせいで、国土は荒れ、人々の心は荒んだままだ。私は国民に幸せになってもらいたい……という話を私もこれまで何度もお前にしてきたはずだがな。ずっと、平行線のままか」


侯爵 「ええ、埒が明かないので、エド王には退場して頂く事にしたのです。王城が落ちるのは時間の問題ですぞ?」


ドロテア 「落とせると思っているのか?」


侯爵 「確かに、ドロテア殿の魔法障壁は大したものですが…


…どうなのでしょう?


実はかなり追い詰められているのではないですかな?」


ドロテア 「別に大したことはない。このまま一年でも持ちこたえられるぞ?」


ハッタリである。ドロテアはかなり消耗しているのが顔色に出ていた。当然侯爵もそれを見て理解している。というか、侯爵はそれを確認しに乗り込んできた意味もあるのだから。


侯爵 「仮にドロテア殿の魔力が一年持ちこたえられたとしても、王城の兵糧はそんなに長くは持ちますまい? いずれ兵糧が尽きたらどうします?


餓死するくらいなら、玉砕覚悟で討って出ますか?


…騎士達の命を無駄に散らす必要もない。ここは、穏便に、私に王位を譲って頂けませんかな? そうすれば、王の命は保証いたしますぞ?」


ドロテア 「お前自身が王になる気なのか? 身の程を弁えろ。だいたい、代々ガレリアの王族が受け継いできた “王家の道標スキル” をお前は持っていないだろう?」


侯爵 「はて、そのようなスキルがありながら、何故王城は取り囲まれているのですかな? そんなスキルは国の運営には必要ないという事を、現在の状況が証明しているのではないですか?」


エド王 「……私のスキルは、今この時点においても、お前の言う事に従うべきではないと訴えているのだよ」


侯爵 「では、そのスキルは正しい道を示すものではなく、破滅の道を示すスキルなのでしょう。王は平民とのハーフですから、スキルが変質してしまったのかも知れませんな。ああいや、これは失礼…」


イヤラシく笑う侯爵。


エド王 「線はついに交わる事はなかったな。帰るが良い」


侯爵 「…城を取り囲む兵士の数は三万はおりますぞ? 対して、王城に現在居る戦力は、近衛騎士がせいぜい二百? いや、百五十か、百か? この、圧倒的な戦力差の前ではどう考えても勝ち目はない。城に残った騎士達と心中する気ですか?」


黙って手を振るエド王。


侯爵 「…っ! ならば後悔するがいい!」


『それ、最後に負ける悪役のセリフだよな』



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ダンジョン? 攻略してきましたが何か?


乞うご期待!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る