第347話 スラムに起きた奇跡

無償で治療してまわっていたヴェラとモリー。感謝してくれる者が多いが、徐々に『早くしろ』と文句を言う者達が現れ始める。


まぁ、家族が瀕死なら必死になるのも分からなくはないが、なぜ偉そうに上から目線なのか……。


スラムの者達 「じゃぁアイツラはなんで治療してやったんだ?」 「アイツラは治療して、俺達は治療できないってのか?」 「不公平じゃないか!」


リューが、二人はもう魔力切れだから無理だと言っても、そういう人間達は文句を言い続けるのであった。


リュー 「ほらな、こうなる。きりがないだろ? こんな連中を助けてやる義理があるか? そもそも、本来なら高額な治療費を請求されるような治療を、無料で施してしまっているんだぞ?」


ヴェラ 「……」


リュー 「ここに居る者達をタダで治療してやれば、次はスラム中の者全員を治療してやらなければならなくなる。さらにはこの街だけ助けて、他の街のスラムは助けてくれないのか? となりかねない。世界の全てを救う事なんてできはしないんだよ?」


ヴェラ 「リュー、それでも、あなたならこの街の人を救う事ができるでしょう? その気になったら、全世界の人を救うことだって……」


リュー 「仮にできたとして、それをして何の意味がある? 誰も感謝などしないぞ? 何の見返りもない。それどころか、助けるのが当然だと偉そうに言う、それが人間だ。助けてやる義理などあるか?


ヴェラだって知ってるはずだろう? 地球でも、ただ無制限に援助を与えてしまうと、それは相手を堕落させる結果になるだけだったって。自立するための手助けをしてやるのは良いが、無条件に与えられる事に慣れてしまった者は、努力をせずに貰うことばかり考えるようになるんだ」


ヴェラ 「それは……分かってるけど…今回のは努力ではどうにもならない相手よ」


モリー 「リュー様、私からもお願いします。助けられる命は、助けたいです」


ヴェラ 「リュー……このウイルスは、ここで食い止めないと、やがて街に、そして世界中に広がっていくわ。言ったでしょ、あなたが死んだ後、世界規模のパンデミックが起きたのよ……。私も看護士として治療に当たっていたけど、途中で感染して発病して死んだのよ。


今の状況を、私は放ってはおけない……お願い!」


リュー 「はぁ、しょうがないな……じゃぁウイルスだけ、だ。【クリーン】でウイルスだけ消し去る」


ヴェラ 「モリー、仮面を……」


リュー 「いや、仮面はいらない。【クリーン】は俺も以前から使えたからな。仮面のおかげで大分魔法のコントロールも上手くなったし。あとは、魔力を際限なく込めてやれば……」


リューが魔法を発動する。


リューの身体を中心に、とんでもない量の魔力が渦巻き、周囲に迸り始める。


スラム街全体に行き渡らせるつもりである。これほど大規模に、無制限に魔力を使うのはリューも初めてであった。


あまりの魔力の奔流に圧倒され、モリーと周囲のスラムの住人は全員意識を失ってしまった。ヴェラはなんとか耐えていたが、ミィは意識を保っているのが精一杯のようである。


リューの【クリーン】がスラム街全体を覆っていく。


やがて、魔力の嵐が収まった。


街はただ、静かであった。。。


ヴェラ 「……終わったの?」


リュー 「ああ、終わった」


ヴェラ 「とんでもない魔力だったわね……さすがリュー」


リュー 「やっぱり仮面を着けるべきだったか? コントロールがイマイチだったのを、とにかく力押しでやったから、かなり無駄に魔力を放出してしまったようだが、なんとか上手く行ったようだな」


ヴェラ 「ありがとうね、私のワガママを聞いてくれて……」


リュー 「ワガママと言っても、別にヴェラだってこれで何か得したわけではないんだけどな」


ヴェラ 「私の自己満足のようなものだから……地球で起きたパンデミックは、どうしたら良いのか分からず、多くの人が啀み合ってしまう事になった。医療の知識の薄いこの世界で、魔法で治せない病が広がったらと考えたら……」


リュー 「まぁいいさ、俺は疲れてすらいないしな。ただ、手を貸すのはここまでだ。立ち直り、スラムから抜け出すのは、スラムの者達の努力次第だ」


ヴェラ 「ええ、そうね、厳しいようだけど、そこは頑張ってもらうしかないわよね」


リュー 「で、どうなんだ? 効果はあった、と思うが……」


慌ててヴェラが周囲の者達の鑑定を行う。どうやらどこにもウイルスは確認できないようだ。


リューも神眼を発動し、街の中にウイルスがないか調べてみるが、どうやらスラム街の中には確認できない。


リュー 「だが、俺はウイルスを消しただけだ。発症して具合が悪くなっている者は、自力の自然治癒力で治るのを待つしかないぞ」


ヴェラ 「それは、私が看て回るわ。間に合うかどうか分からないけれど、魔力が回復したら、できる限り、また回るつもり」


リュー 「それじゃぁ何日かかるか分からんだろうし、助からない者もいるだろうな……」


それで助けられない者が出たら、ヴェラはきっと気にするだろう。いや、医療従事者として、助けられなかった患者が居たくらいで動じないかも知れないが、リューはそれでヴェラに悲しい顔をさせたくはなかった。


過去世で姉弟だった時、ヴェラ――龍司の姉・愛美は、母が亡くなった後、母代わりとなって龍司の世話をしてくれた。リューもワガママを言ったことも何度もあった。それを、看護師の仕事で疲れているだろうに、嫌な顔せず愛美は聞いてくれたのだ。リューがヴェラに甘いのは、それを憶えているからである。リューもヴェラのワガママを叶えてやる事ができるならそうしたいと思っているのであった。


リュー 「仕方ないなぁ」


再びリューの身体から膨大な魔力が放たれる。今度は【ヒール】である。リューは仮面を着けてはいないが、もう仮面なしでもかなりの魔法が使えるようになっていた。まだ多少精度が粗いところもあるのだが、広範囲に大量に魔力を撒き散らすような使い方なので問題ない。


スラム全域にリューのヒールが広がり、浸透していき、病んでいた者達は全員回復していく。


ヴェラ 「リュー! …ありがとう…」


こうして、スラムの疫病は終息したのであった。。。




  * * * * *




リュー達は転移で宿には戻らず、スラム街を歩いて出る事にした。


スラムの閉鎖をしている衛兵達に、事態が解決した事を伝えて閉鎖を解いてもらうためだ。


だが……


衛兵1 「お前達! スラムから来たのか?! ここから出す事はできんぞ!」


リュー 「やっぱ、そうなるよねぇ……」


衛兵1 「さっさとスラムに戻るがいい!」


衛兵たちは手に持つ槍をリュー達に向けて威嚇している。


リュー 「もうスラムの伝染病は終息した。病原菌はもう完全に駆除されたんだ。もう閉鎖する必要はない」


衛兵1 「そんな事、信じられるか!」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


宿に衛兵達が押しかけてきた


乞うご期待!


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