第337話 モテて舞い上がるリュー

夜、皆が寝静まった深夜。ランスロットは月明かりの中、街の外を散歩していた。遠い昔の思い出を懐かしみながら。


昼間は、自分が人間だった頃の恋バナは大昔過ぎて忘れてしまったと言ったが、本当は、ひとつだけ、忘れられない人が、忘れられない思い出があった。


思い出す度に胸が痛んだ悲しい結末の物語。それは、長い時が経ち、今では良い思い出となっている。ただそれは、とても大切な思い出なので、自分の胸の中に秘めておきたいとランスロットは思ったのだった。



   * * * * *



同じ頃、宿の廊下。


扉がそっと開かれ、出てきたのはミィであった。


廊下を進むミィ、その先にはリューが寝ている部屋があるが……


ミィはその少し手前で曲がり、階段を降りていった。


深夜に一人そっと宿を抜け出したミィ。目指したのはゴードンが宿泊している宿である。ゴードンに首尾を報告し、今後の指示を仰ぐためであった。


ゴードン 「そうか、なんとか順調に進んでいるようだな。引き続き、リュージーンに同行して情報を集めろ。主に知りたいのは能力の詳細と弱点だ。できたら仲間になれ、恋人にまでなれれば最高だ。魅了のスキルも全開で行け。ああだが奴隷だとバレないように気をつけろよ? 一応念の為命令を強化しておくか」


隷属の魔法は【魅了】や【洗脳】などと同様の強力な精神干渉系の魔法である。隷属は行動を縛るものだと思われているが、命令次第で精神を操る事も可能である。“思考” も行動のひとつとして、命令する事も可能なのである。


例えば『○○については考えるな』と命じれば、それについて考える事を避けるようになる。


ミィの隷属の契約魔法はノーリミット、つまり最も強力なモノとなっている。そのため、精神に影響を及ぼす効果も高い。


ゴードン 「いいか、任務中、リュージーンの前では、俺の事、そして奴隷ギルドの事、任務の事は一切考えるな。チラリと思い浮かべる事も禁じる。


どうもお前は間抜けなところがあるようだからな、ボロが出ないよう念の為だ。


お前はリュージーンが好きでリュージーンの情報を欲している、それだけだ。一人になったら俺の事、任務の事を思い出し、報告を入れろ。奴隷紋はみつからないように気をつけろよ?」


ミィ 「はい」


ゴードン 「よし、戻れ。いや待て。せっかく来たんだ、楽しませてもらおうか」


ゴードンはミィをベッドに押し倒した。


ゴードン 「ふふ、いいか、俺と会っている間は俺の事を恋人だと思え。俺を愛せ。これは命令だ」


ミィは命令によってゴードンを愛していると思い込もうとし始めるのであった。もちろん、表面上の思考を強要されているだけで、心の奥の思いや感情は別であるが、それをずっと続けていれば、いずれ本心となって染み付いていってしまう、いわば洗脳と同じ状態になる事もある。


過去に他のエージェントにも似たような命令をされていた。ミィを使う機会があればそうすると良いと、ゲスなエージェントの間で密かに話題になっていたのをゴードンも聞いていたのだ。


だが、そんな事を繰り返し、ミィの心は実は崩壊寸前であったのだが……。





ミィの身体に溺れ始めていたゴードンは、ミィを抱きながら、ふと思う。


もしミィが作戦通りリュージーンと恋仲になってしまえば、それはリューにミィの身体を自由にさせる事になるかもしれない。(本当は奴隷紋を見られないようにするためには肉体関係になどなれないのだが、なんとなく可能性を妄想してしまうのであった。)


その妄想が面白くなかったゴードンは、結局この日も、何度もポーションを飲んで自身・・を回復させながらミィの身体を貪り、ミィを解放したのは明け方近くになってからであった。



   * * * * *



その気になれば、相手の心が読めるリューである。ミィが近づいて来た理由についても気がつきそうなものであるが……、気づかなかったのにはいくつか理由があった。


ひとつは、リューは最近はあまり人の心を読む事をしないようにしていた。特に、身近な人間の心は以前から読まないようにしている。それは、どこかでボロが出て自分に心を読む能力がある事を悟られないためでもあるし、身近な人の心をいちいち読んでいると普通の生活ができない感覚に陥ったためである。


最近はもっぱら、心を読むのは戦闘時に相手の次の手を読むためだけにしか使っていなかった。それは表層の意識を読み取っているだけなので、普段でも咄嗟にやってしまう事はあったが。


だが、深い部分まで読み取ろうとすると、少し大変である。相手が心の奥に眠らせていて普段は意識していないような深い部分まで読み取ろうとすると、相当な労力と時間を要する。


また、人の心について、あまり深層まで読み取ってしまう事は、読む側にとってもかなりの精神的負担となる事が分かったのだ。


なにせ、他人の人生・記憶をすべて見る事になってしまうのである。例えば、冤罪を訴えるモリーについて、リューは何があったのか、真実を知るためにモリーの心を覗いてみたのだった。だが、心の奥の記憶を探ろうとして、相手の体験した事を追体験する事になってしった。


なるべく影響を受けないように、一歩引いて傍観者的に情報だけを見られればよかったのであるが、それを知らなかったリューはモリーの受けた拷問の記憶をまともに見て・・しまったのである。


竜人化した事の影響もあってリューの心はかなりタフではあったが、それでも気分が良い事ではなかった。多くの人の悲しみ・苦しみを客観的に傍観できるほど、まだリューは達観できてはいなかったのである。


人の心の奥深くを覗き見るのは、相手の人生そのものを引き受ける覚悟がないとできないとリューは思うようになったのだ。必要であればやるだろうが、むやみにそれをやろうとは思わなくなったのだ。





さらに、リューがミィについて深く追求しなかったのには、美少女にモテて舞い上がっていた部分が、やはり、あったようだ。


リューはミィについて、なんとなく違和感は感じてはいた。登場の仕方が不自然である。一目惚れしたにしても、この街に来たばかりで、街ですれ違った可能性すらも高くはなかったからである。


だが、リューはモテた事がなかった。今回の人生でも、過去世の日本での人生でも。


リューの顔は凡人並で、極端に醜男というわけではないが、美男子には程遠い、中の下、というところである。あまり女性と関わる機会も多くなかったし、女性にモテるような性格でもなかった。そのため、あまり女性と付き合った経験は多くはなかった。


そのため、ちょっと嘘くさいとは思っていても、美少女に言い寄られて悪い気はしない。冷静なつもりでもやはりどこか舞い上がってしまっている部分があったのだ。


この世界ではそれなりに “力” を手に入れたリューである。そうなると、多少はモテるようになっても、おかしくはないとも考えてしまった。


美少女をスパイとして送り込んだゴードンの作戦は、一応、当たったわけである。


さらに今回、ゴードンはミィの心を縛る命令を出した。リューが心が読めるとはゴードンは知る由もない、ただボロが出ないように慎重を期しただけである。ただそのおかげで、表面上の心を読んだだけでは正体はバレない事となった。


もちろん、どこかで疑念を抱き、リューが本気で神眼を使えば、相手の心の奥深くまで読む事も可能であるが、もう一つ、ゴードンにとって幸運だったのは、最近リューが、特に女性の心は読まないようにしている事があった。


マナーとして、女性が嫌がるだろうと言うのが理由なのだが、実は……リューが女性というものに幻滅したくないと言うのが真相であったりする。


男は意外と単純な思考の者が多いが、女性は、中にはとてつもなくドロドロとした恐ろしい性情を持つ者もいたのである。


もちろんモリーのように心が清らかな者も居るが。


以前、興味本位で女性の心を覗き、そういう怖さを垣間見たリューは、女の心は覗かないほうがいいと思うようになったのであった。



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次回予告


侯爵がエド王に結婚相手を紹介?!


乞うご期待!



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