第198話 勇者がリューを怒らせたのは失敗であったと言わざるを得ない

再びリューに襲いかかろうとする勇者、だがその前にヴェラが声を掛けた。

 

ヴェラ 「あのっ!」

 

リュー・勇者 「ん?」

 

ヴェラ 「あのっ! お名前は?!」

 

リュー 「????」

 

ヴェラ 「素敵な勇者様、お名前はなんとおっしゃるのでしょう? 戦う前に、是非、お名前を教えて頂けませんか?」

 

ヴェラは話し合いのために時間を稼いでくれているのだった。話を続けたところで、話が通じないタイプには通じないのだが、果たして……?

 

勇者 「素敵!? 素敵な勇者様? いいねぇ、いい響きだねぇ。僕の名前が知りたい? そうか、そりゃそうだろうね、なにせ素敵な勇者様だもんね、名前知りたいよね」

 

ヴェラに向き直り腰に手を当て胸を張ってみせる勇者。まるで強がってる幼児みたいなポーズであるが、本人は格好良いと思っているらしい。

 

勇者 「僕は、偉大な勇者、ユサークだよ!

 

そして後ろに控えているのは僕の下僕達。

 

僕たちは、王様に頼まれて、世界を救う旅をしているんだよ!」

 

女A 「下僕って何や下僕って! ちょっと酷くない? アタイはシャルや」

 

シャルと名乗った女はとんがり帽子に杖という、いかも魔法使いという格好をしている。

 

女Bはココと名乗った。虎の獣人で、動き易さを優先の軽装の鎧に手甲足甲をつけている。おそらく殴る蹴るが主体の拳士タイプなのだろう。

 

もう一人はアガタと名乗った。これまた分かりやすく、シスターの格好である。勇者パーティにいるのだから、聖女であろう。

 

盾女は、ジョディと名乗った。鎧に大盾を持っている。美しい騎士のような鎧から “聖騎士” だろうと思われる、盾士タイプの聖騎士(聖盾騎士)なのだろう。

 

勇者ユサーク 「それで、美しいお嬢さん、貴女のお名前は?」

 

ヴェラ 「私は…ヴェラと言います」

 

リュー 「俺はリュ」

 

勇者 「ああ、男はどうでもいいよ、どうせすぐ殺すし」

 

聖騎士ジョディ 「あの、勇者様、本当に管理ダンジョンだとすると、破壊してしまうのはやっぱりマズイかと思うのですが……」

 

勇者 「ああん? 何なのさっきから? カンリダンジョンなんて聞いた事ないよ! 本当なの?」

 

聖女アガタ 「はい、本当です」

 

魔女シャル 「依頼もされてないダンジョンに潜ったの今回が初めてやからなぁ、まさか管理ダンジョンとは…」

 

戦士ココ 「そうね、今までは潰して欲しいって依頼されたダンジョンばかりだったからね」

 

勇者ユサーク 「へぇ、本当にあるんだ、カンリダンジョン」

 

やっと話が通じたようなのでホッとしたリューであった。ヴェラが時間を稼いでくれた甲斐があったようだ。そう思ったリューであったが……

 

…ユサークの次の言葉は期待を裏切るものだった。

 

ユサーク 「でも、せっかくだから潰して帰ろう」

 

リュー 「?!」

 

ユサーク 「だって、ダンジョンなんてないほうがいいだろう? ダンジョンがあると、魔物が出てきて人々を襲うし。そんなのないほうがいいに決まってるじゃん。教会でも魔物は悪だから全部殺せって言ってたよ?」

 

リュー 「管理ダンジョンからは魔物は外には出ないぞ?」

 

ユサーク 「また嘘ばっかりぃ。まぁどっちでもいいよ、せっかくここまで来ちゃったし。なんかたまたま通り掛かりに近くに危険なダンジョンがあって困ってるって聞いてたから、気を利かせて潰しといてあげようと思ったのに。この僕に無駄足踏ませるとか、許せないじゃん? もうそれだけで悪じゃん? 悪は滅ぼさないとダメじゃん?」

 

シャル 「また怒られんで?」

 

ユサーク 「別にぃ、気にしないよ。だって僕は勇者なんだから。勇者のやる事に誰も文句なんて言えないっしょ。僕が居ないと世界が救われないんだから。僕がやる事が正義なんだよ」

 

リュー 「ヴェラ、勇者って、ヤバイ奴なのか? 殺したりケガさせたりしたらマズイんだろうなぁ?」

 

ヴェラ 「そうですねぇ、一応、人間に災いを齎す魔を滅ぼすのが勇者と言われていますので、居なくなっちゃうと……具体的に何がどうなるのかは分からないんですけどね。単なる迷信かも?」

 

ユサーク 「ああ? なんか面白い話が聞こえてきたなぁ、僕を殺すとかケガさせるとか言ったぁ?」

 

リュー 「大人しく帰れば何もされんぞ?」

 

ユサーク 「勇者に仇なすモノ! やっぱりオマエは魔物だな! 人間の言葉を喋るモンスターだ。モンスターなら討伐しないとな!」

 

リュー 「ダメだこりゃ」

 

問答無用で攻撃されるのなら、戦うしか無い。

 

だが、次元障壁が通用しないとなると、非常に厄介な相手である。しかも攻撃力も高い、攻撃を受けるわけには行かない。そう思っている瞬間にも、勇者の攻撃をリューの予知能力が察知していた。

 

リューは【加速】を発動した。

 

だが、直後に驚かされる事になる。いつのまにか勇者はリューのすぐ前に来ており、剣を振り下ろそうとしていたのだ。加速が発動した事によって勇者の動きはスローモーションになっているが、加速を発動するのが一瞬遅かったら斬られていたかも知れない。

 

勇者の力とはこれほどなのか……

 

リューも魔剣フラガラッハを手にしたが、まともに受け止めるのは危険と予知能力が警告してくれている。次元障壁を切り裂いた剣である、受け止めた剣や盾ごと斬り裂かれてしまう可能性が高い。しかも後ろに飛び退いて間合いを外しただけでは飛ぶ斬撃が来る。飛ぶ斬撃に次元障壁を切り裂く力があるかどうか分からないが、ダンジョンの壁を斬り裂いた威力を考えると、受けて試すのも危険だろう。

 

リューは相手の剣を受けるのではなく、剣を避けるように移動しながら、相手の剣の軌道を変えるよう横から押して流す事にした。加速を発動しているリューとは圧倒的な速度差があるため、余裕で剣を捌く事ができた。勇者はリューの加速にはついていけないようだ。

 

二度、三度、四度、勇者の剣が空を斬る。時には近距離転移で空振りさせたりもしてみた。

 

ユサーク 「うわ、何コイツ、キモっ! ヌルヌル逃げ回って全然剣が当たらないよ、キモっ」

 

手応えなく空振りを繰り返し、勇者は少し苛ついているようだ。

 

ユサーク 「うぬぬ、ならば……これならどうだい?」

 

なんと、勇者はヴェラに向かって飛ぶ斬撃を放ったのだった。

 

リューは咄嗟にヴェラの前に飛び出しヴェラを庇った。ユサークの飛ぶ斬撃を身体に受けてしまうリュー。

 

ユサーク 「ざまぁ! これなら避けるわけにはいかないだろ?」

 

だが、リューは無傷であった。勇者の “飛ぶ斬撃” ではリューが身にまとっている次元障壁(の鎧)を破れないようだ。だが、強制的に受け止める実験をさせられてしまったのは気に入らない。

 

さらに勇者は斬撃を飛ばしてくる。

 

背後にヴェラを背負ったままのリューは魔剣で斬撃を薙ぎ払う。思わずやってみたが、うまく掻き消す事ができてよかった。まぁ打ち消すことができなくとも問題はないのだが。飛ぶ斬撃では次元障壁は破れない事が分かったし、既にヴェラの前には次元障壁を展開している。リュー自身も常に次元障壁の鎧を身に纏っているのだから。

 

だが、ヴェラを狙った勇者の攻撃は失敗であったと言わざるを得ない。リューを本気にさせてしまったからである。

 

先程からリューが守に回って反撃しなかったのは、“勇者” を傷つけてはいけないんじゃないかという配慮がどこかにあったからだ。

 

例え性格がアレな勇者でも、勇者でないと防げないような災いや、勇者にしか倒せない魔王や悪魔のような存在が居るとしたら、勇者を殺してしまうと人間達から恨みを買う事になるかも知れない。

 

だが、相手はこちらを殺しに来ているのだ。しかも、ヴェラまで殺そうとした。それを黙って堪える必要がリューにあるだろうか?

 

そもそもリューはこの世界に転生する時、「全世界を敵に回しても勝てる力」を要求したのだ。世界中の全ての人間を敵に回す事など、最初から想定済み。今更気にする必要もない。それを改めて思い出したリューであった。

 

リューはヴェラをダンジョンコアのある部屋の中に転移させた。ダンジョンコアの部屋の壁は一度は勇者に切り裂かれたが、現在は再び修復されている。さらに、部屋の位置も移動しておくようコアに指示を出しておいた。これで守る必要のあるモノもなくなった。

 

勇者を殺す気になったリュー。

 

反撃である。

 

 

― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

リューがついに本気を出す

 

乞うご期待!

 

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る