第176話 領主の呪いを分解してみる
領主 「ようこそおいでくださいました。私が領主のエミリアです」
領主と言うからにはそれなりの年齢の人物をリューは想像していたのだが、エミリアはまだ20代と思しき若い女性であった。
エミリア 「先日、マガリエル家第二十三代当主に就任したばかりです、若輩者で至らぬ点が多いと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
リュー 「リュージーンだ、シンドラル伯爵の依頼により来た。あ、俺は敬語が使えない呪いに掛かっているので、気にしないでもらえると助かる」
ホイス 「そんな呪い、聞いた事もないぞ」
リュー 「伯爵の紹介状にその事も書いてもらったはずなのだが、この街の騎士団の隊長に破かれてしまってね」
エミリア 「破かれた? どういう事ですか?」
ホイス 「お嬢様、申し訳御座いません、街衛騎士団に最近雇った者が早とちりをしたようで……」
事の次第を説明するホイス。
エミリア 「最近雇ったというと、例の……?」
ホイス 「……はい」
エミリア 「そうですか…
…リュージーン様、配下の者が、大変なご無礼を働いたようで、誠に申し訳ありませんでした」
エミリアは深々と頭を下げた。貴族が平民に頭を下げるなど滅多にある事ではない。
ホイス 「いえ、エミリア様の責任ではありません、私の監督不行き届きです!」
エミリア 「いいえ、私が雇う事を許可した者達です、私の責任ですから。
それにしても、貴族の封書を勝手に開封し、あまつさえ破り捨てるとは…」
ホイス 「申し訳有りません、あそこまで常識がないとは思いませんでした。やはりエセ貴族は……いえ、件の者は厳罰に処します」
ヴェラ 「破かれた書状はこちらに回収してございます。開封されてしまっていますが、シンドラル伯爵の魔力紋を確認しております。
リュージーン殿さえよろしければ、読み上げましょうか?」
リュー 「……? もしかして領主サマは目が?」
エミリア 「申し訳ありません、すっかり目が悪くなってしまいまして」
どうやらエミリアは目が見えないようであった。代わりにヴェラが破かれた手紙の内容を読み上げらる。
本当はリューならば時間を巻き戻して手紙を元通りに修復する事も可能だったのだが、騎士団の粗相の証拠なのでそのままにしておいたのだ。
エミリア 「そうですか、オルドリアン様のお心遣い、感謝しかありません。ただ、おそらくリュージーン殿でも、私の病は治せないと思います」
リュー 「うん、わざわざ乗り込んで来ておいて申し訳ないが、俺はそもそも治療士ではない、ただの冒険者だ。多少魔力の流れが見える能力があるので、領主から視てやってくれと頼まれたのだが、ダメで元々、もし何かしら呪いが解けるヒントでも見つかればラッキーという程度で考えてもらいたい」
呪いという言葉が出たからか、ヴェラの身体が一瞬硬直したように見えた。
エミリア 「それで、リュージーン様から診て、何か分かる事がありますか?」
リュー 「では、診させてもらう」
リュージーンの目が光る。
最近のリュージーンは低レベルの神眼発動なら目の色を抑える事が可能になっていたが、能力を全開にするとやはり瞳が金色に光ってしまう。
神眼によってエミリアの身体を観察するリュー。街の外から薄っすらと感じていた攻撃的な魔力は、今ははっきりとエミリアの身体に纏わりついているのが分かる。
なるほど、これが呪いというようなものか……
一撃で命を奪うような攻撃魔法ではないが、僅かずつ身体を攻撃し続ける。内臓にダメージが蓄積され、徐々に寿命を縮める、そのような術式が組み込まれた、“魔力の棘”とでも言うようなものが身体のあちこちに打ち込まれているのが見えたのであった。
禍々しい魔力の棘はエミリアの両目にも何本も突き刺さっている。魔力が見える者が見たら結構グロテスクな光景かも知れない。
リュー 「リョウシュサマは」
エミリア 「エミリアと呼び捨てで構いません」
リュー 「じゃぁ遠慮なく。エミリアは魔力による攻撃を受けているようだな。……その目も?」
エミリア 「ええ、目も、最近急激に悪くなり、ついに見えなくなってしまいました」
ヴェラ 「近隣の街から腕が良いと評判の治療士を呼んで治癒魔法を掛けてもらったのですが、一時的には良くなるのですが、またすぐ悪化してしまい、ついには治癒魔法も効かなくなってしまったのです」
リュー 「可哀想に……。生まれつき見えなかったのならともかく、急に失明したのでは、さぞ不安だったろうね……
…ちょっと、試してみても良いか?」
エミリア 「試す、とは?」
リュー 「エミリアの目に刺さっている魔力の棘を取り除いてみたらどうなるかなと思ってな」
エミリア 「そんな事ができるのですか?」
リュー 「多分……
…やってみないと分からないが」
エミリア 「分かりました、お願いします」
ホイス 「エミリア様、大丈夫ですか? どこの馬の骨とも分からない者に身体を弄らせるなど…」
エミリア 「大丈夫です。それに、考えうる治療はすべて行って治らなかったのですから、何でも試してみる価値はあるでしょう。
それと失礼ですよ? オルドリアン様の紹介された方なのですから、馬の骨などと」
ホイス 「はっ……リュージーン殿、申し訳ない」
リュー 「構わんよ。口が悪いのはお互い様だ。ではやってみようか」
リューは神眼を発動し、エミリアの目に刺さっている魔力の棘を捉え、分解してみる。コカトリスの石化ガスを分解・無効化した時にコツは掴めた。
魔法の作用を決める複雑な術式を構築しろと言われてもリューには難解過ぎて分からないが、それを破壊・分解してしまうのは簡単なのであった。
魔法の術式を中途半端に弄ろうとすると、魔力が暴走して何が起きるか分からない。しかし、リューが行っているのは魔力そのものの分解なのだ。電気回路を改造するのは難しいが、電気が存在しなくなれば、回路があっても意味はないのと同じである。魔力が消失してしまえば、魔法そのものが消失してしまうのだから、問題が起きるわけがないのである。
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次回予告
エミリアの屋敷をレイスが襲う
乞うご期待!
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