第144話 研修をパスすればいいんだろう?

リュー 「俺は殴られたから身を守るために反撃しただけだ。正当防衛だ」

 

アッシュ 「理由はどうあれ、君がパピコを殴ったのは事実だろう?」

 

リュー 「先に殴られたんだが? それはいいのか?」

 

アッシュ 「そう言われても、君がパピコを殴ったところしか僕は見てないからなぁ……」

 

アッシュはその場に居た冒険者達の方を見た。

 

アッシュ 「どうなんだい、この少年の言ってる事は本当なのかい?」

 

『本当だ、パピコが少年に絡んで、突然殴ったんだ』

 

先程からパピコを止めようとしていた者が証言してくれた。カイロという冒険者である。

 

アッシュ 「まぁ、相手がパピコだからね、想像はつくけどね……」

 

カイロ 「君、悪かったな。俺はカイロだ。パピコもそんなに悪い奴じゃないんだよ、ちょっと苛ついていてな」

 

アッシュ 「僕はアッシュ、新人研修の教官だよ。君は新人かい? 見ない顔だね」

 

リュー 「リュージーン、先程登録したところだ」

 

アッシュ 「新人がパピコをぶちのめしたのかい? パピコだってこの街でEランクを許された冒険者だ、それなりの実力があるはずなのに」

 

リュー 「経験者だ、再登録なんだ」

 

アッシュ 「なるほど、パピコは相手の実力ちからも見極められず絡んだわけか……

 

だけどリュージーン、ギルド内では暴力は禁止だ、パピコも悪いが君も悪い」

 

リュー 「じゃぁどうすればよかったんだ?」

 

アッシュ 「経験者だと言っても、この街では新人には違いないのだから、先輩を怒らせないように気をつける事も大事だよ」

 

リュー 「一方的に理不尽に絡まれた場合はどうすればいいんだ?」

 

アッシュ 「そんな事、先輩たちがするわけないだろう?」

 

リュー 「実際にあったんだが?」

 

周囲の冒険者達が何人か頷いていたのを見てアッシュが少しばつの悪そうな顔をする。

 

アッシュ 「ど、どうしても問題が起きそうならギルド職員を呼んで対処してもらうという方法もあっただろう?」

 

リュー 「先程、俺が一方的に殴られているのを見ても、ここの教官は何も言わずに去っていったぞ?」

 

アッシュ 「なんだって? 教官?」

 

カイロ 「イライラ教官だよ」

 

それを聞いて頭を抱えたアッシュ。

 

アッシュ 「イライラ、何をやっているんだ…」

 

リュー 「だから問題ないのかと。ここのギルドは冒険者同士のイザコザには関知しないって方針なのかと思ったんで、自力で解決しただけだが」

 

カイロ 「アッシュ、イライラにちゃんと言ってくれたのか?」

 

アッシュ 「言ってはいるんだがな……」

 

カイロがリューに言う。

 

カイロ 「実はね、この街の新人研修は厳しい事で有名でね。卒業できる者が少なく、いつまで経っても冒険者が増えないんだよ。そして、その主な原因が、教官達の指導長トップ、イライラ教官なのさ」

 

周囲に居た冒険者も声をあげ始めた。

 

冒険者A 「よほど優秀でないとイライラが卒業を認めないんだよ」

 

冒険者B 「そして、苦労して研修を卒業してもやっとFランク認定。ダンジョンには入れず、薬草摘み程度しかさせてもらえないんだぜ? ダンジョンに入るにはもう一度試験を受けてEランクにならなければならないんだ」

 

冒険者C 「やっとEランクになってダンジョンに入れると思ったら今度はダンジョンから溢れたゴブリンの討伐依頼ばかりで休む間もなし、ちっとも稼げやしねぇ」

 

アッシュ 「冒険者は危険な稼業だ、楽に稼げると思わないほうがいい」

 

冒険者A 「このあいだ里帰りした時に幼馴染に聞いたぞ。他の街では試験も研修もなく冒険者になれて、すぐにダンジョンに潜ってバリバリ稼いでるって話だ」

 

アッシュ 「確かに他の街なら冒険者登録は簡単にしてもらえるけど、何も教えてもらえないんだよ? ちゃんと指導体制があるのは良いと思うよ。この街のダンジョンは難易度が高いんだ、それは君達だって理解わかってるだろう?」

 

冒険者B 「どうせ薬草摘みしかさせてもらえねぇ、それも街の近くだけでだ。だったら、最初の研修をあんなに厳しくする必要はないんじゃないのか? どうなんだよアッシュ?」

 

アッシュ 「言ってはいるんだが、聞いてくれないんだよ……もう一度掛け合ってみるが。

 

…ただ、他の街では、新人がすぐに魔物に殺されてしまう事例が多いのも本当なんだよ。

 

だったらやっぱり研修を受けたほうがいいって事にならないか? 研修を乗り切れればその後も生き残れる冒険者になれるだろうし。

 

研修が始まってから、この街の冒険者は誰も死んでないだろ?」

 

冒険者C 「鬼教官のしごきに耐えられず新人が育つ前に辞めてしまっては本末転倒だろ? 特別優秀な奴しか残らないんだから、生き残ってるのは当たり前だ」

 

カイロ 「普通はダンジョンから溢れたゴブリンの討伐など、新人冒険者がやる依頼クエストだろう。それを先輩冒険者がやらされていて、ダンジョンに潜る時間がとれないのも本末転倒だ」

 

アッシュ 「それは……ここのダンジョンは高ランクの魔獣が多く出現する危険度の高いダンジョンだから仕方ないよ。外に出てくるのも、Fランク冒険者では対処できない危険な魔物である可能性があるからね」

 

カイロ 「だが、魔物が溢れてきていると言う事は、ダンジョンの間引きが間に合ってないという事だ。このままでは、そのうちスタンピードが起きるんじゃないかって皆噂してる…」

 

冒険者A 「結局、冒険者の数が不足しているんだよ」

 

カイロ 「もう、他の街で冒険者の経験がある奴に来てもらうしかない。だが、研修で脱落した者たちが他の街に流れて冒険者になり、この街の悪評が広まってるから、わざわざこの街に来ようって冒険者は少ない、悪循環だ」

 

カイロはリューに向き直って言った。

 

カイロ 「君、リュージーンと言ったか、経験者でそれだけ実力があるなら即戦力だ、他の街で登録しなおして来てくれないか?」

 

リュー 「いや、研修を受けるよ。別に問題ない、普通に卒業パスすればいいんだろう?」

 

アッシュ 「そうだね、実力があれば、すぐに卒業できるよ、うん」

 

冒険者A 「普通に実力が評価されればいいんだけどね……」

 

冒険者C 「イライラは一見、実力主義だが……機嫌を損ねたらどんな実力があっても卒業させねぇんだよなぁ。そうなった新人は嫌になってそのうち他の街に行っちまう」

 

アッシュ 「その点は改善すべく、もう一度ギルマスにも掛け合って見るよ。イライラの独断だけで合否が決まるのはおかしい」

 

アッシュはそう言うとカウンターの奥の部屋に入っていった。ギルマスの執務室だろう。

 

結局その場は有耶無耶になり、解散となった。

 

パピコは酒場の隅で仲間に治療を受けた後、コソコソと出ていった。

 

 

   *  *  *  *

 

 

翌日、いよいよ研修の始まりである。

 

意外にも研修参加者は十四人も居た。初参加者はリューを含めて六人。脱落者が多いという話だったので、もっと少ないのかと想像していたのだが、そうでもないようだ。

 

集まった研修生の前に立っているのは肉感的な中年のオバサン。研修の教官の指導長トップであるイライラである。

 

研修は鬼教官イライラの訓示から始まった。

 

イライラ 「俺が教官のイライラだ。元Sランク冒険者だ」

 

Sランクと聞いて初参加者たちがどよめくが、リューはそれよりも、一人称の“俺”がちょっと気になってしまう。

 

例えば英語では、一人称は“オレ”でも“アタシ”でも“僕”でも全部「I(アイ)」となるが、この世界の言語は日本語に近いようで、一人称の種類が多い。

 

そして、この世界では男性的な一人称を使う女性が多いのである。この世界の人間はあまり気にしていないようだが、日本で生きていた時の記憶が強く現れているリューは微妙に気になってしまうのであった。

 

俺オバサンの演説が続く。

 

イライラ 「既に噂を聞いている者も居るだろうが、研修は厳しい。脱落していく者も多い。

 

だが、この研修を卒業できなければ、この街で冒険者として活動する事はできん。冒険者をしたいなら卒業するしかない。

 

だが、生半可な実力では合格とは認めん。卒業を判断するのはこの俺だ。俺がいいと言わない限り卒業は絶対にない! 覚悟しておくことだ」

 

まじかよ~という顔をする新人研修生達であった。

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

リューの態度がイライラの逆鱗に触れる?

 

乞うご期待!

 

 

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