第143話 暴力OK? なら遠慮なく

新人に絡む冒険者はどこにでも居る。たとえ世界が変わっても、人間のやる事は変わりはしない、もはやテンプレかと思うリュー。

 

ただ、今日は暇である、少しからかってやろうかとリューは思った。

 

リューは視線を床に落としオドオドした態度を心がけながら、チラッと相手を横目に見て呟く。

 

リュー 「自分だって大して強そうにはみえない癖に」

 

これはリューが過去世の日本で生きていた頃、悪い友達に教わった、“相手に先に手を出させる方法” である。その悪友が言うには、おどおどと弱そうな態度のくせに生意気な言葉を吐くと、相手はすぐ手を出してくるのだと言う。

 

その悪友は、繁華街で酔っ払いながら中途半端に粋がっている若いサラリーマンを見つけては、この方法を使って金を巻き上げていた。相手に先に手を出させ、しかし自分は決して手を出さず、すぐに警察を呼ぶのである。そして、後で示談にして金を毟り取るのである。

 

謝って済む未成年ならいざしらず、就職しているサラリーマンの場合は、暴力事件が公になるのはまずいのが普通なわけで、職場に電話して示談を持ちかけると、皆、快く慰謝料を払ってくれるのだとか。

 

それは強請りゆすりじゃないかと思ったが、相手が暴力をふるったのは事実だから合法、自業自得であると言う。仮に出るところに出ても負けるのは相手、手を出した奴が馬鹿なのだと。

 

堅気カタギでない“その筋”の人相手にやってしまうと逆に痛い目を見る事になりそうだが、この悪友はその見極めが上手かった。

 

仮にその筋に当たっても問題ない。実は、その悪友自身がその筋の家の息子であったのだ。そういうケースで上手い始末の付け方、落とし方も知っている。上を通じて誠意(金)を示せばだいたい収まる。

 

そもそも、少しやりとりしてみれば、相手がヤバイ人間かどうかなどすぐ分かるので、そんな事態になった事はないのだが。

 

一度、正月に悪友の家に招かれた事があるのだが、ズラリ強面の揃った宴席の隅で、ただの一般人であった龍司(リューの日本での名)はビビりまくっていた思い出がある。

 

 

 

 

男 「ガキがあっ! 舐めるなぁっ!」

 

その悪友が言っていた通りであった、相手は面白いように乗ってきた。ギルドの中である、少しは遠慮するだろうから、もう二~三回は煽らないと駄目かと思ったのだが、一言で男はキレていきなり殴りかかってきたのであった。

 

殴られたリューは後ろに派手に吹っ飛びテーブルに激突。テーブルはそのまま真っ二つに割れてしまった。

 

『おい! やりすぎだパピコ!』

 

周囲の冒険者が慌てて止める。というか、そこまで派手に飛ぶと思わなかったパピコも驚いていたのだが…

 

パピコ 「……お、俺は礼儀を知らない生意気な新人のガキを躾けてやっただけだ」

 

『いや…ほら……!』

 

周囲の男達が横目に何かを知らせていた。パピコがその視線の先を見ると……

 

パピコ 「げっ、イライラ!……教官」

 

研修指導長をしている通称「鬼教官」イライラが通りかかったのであった。

 

イライラは新人のリューが先輩冒険者に絡まれ、殴られたのを見ていたのである。

 

鬼教官と言われるほど厳しいイライラである、これは先輩冒険者がシメられる展開……

 

…と言う事はなく、イライラは「ふん」と倒れているリューを横目で見ながら、通り過ぎてそのまま行ってしまった。

 

リュー (あれがイライラ教官か…なるほどね)

 

パピコ 「へっ、イライラは実力主義だ、新人には厳しいが実力がある者には何も言わねぇんだよ……

 

おい、餓鬼! 思い知ったか? これに懲りたらちったぁ先輩に対する礼儀というものをだなぁ…」

 

だが、リューは立ち上がりながら笑っていた。

 

パピコ 「?」

 

リュー 「…ぱぴこ?……パピコ!」

 

聞き覚えがある名前だと思い、なんだったかと考えたリューは、日本で生きていた時の某氷菓子の名前と同じである事を思い出してしまったのだった。

 

人の名前を笑うのは失礼である。そもそも文化がまったく違う異世界なのだから別に何も可笑しくないのかも知れないが……急に記憶が蘇ってきて、変にツボに入ってしまったリューは笑いを堪え切れなかったのだ。

 

パピコ 「てめぇ何笑ってやがる?!」

 

苛ついたパピコは即座にもう一度拳をリューの顔面に叩き込む。

 

だが先ほどとは違う感触……まるで、堅く頑丈な壁を殴ってしまったような衝撃を感じた。

 

拳を痛め、呻きながら手を押さえたパピコ。見るとリューは微動だにしていない。それに、先程殴られて派手に吹っ飛んだはずのリューの顔には傷一つついていない。

 

当然である、パピコはリューの顔面の前に張られた次元障壁を殴ってしまったのである、リューが黙って殴られているわけがない。

 

先程殴られた時もリューは障壁でパンチを受け止めながら、自分から大げさに後ろに飛んだのだ。テーブルも、さらに派手に見せるため故意に頭突きで叩き割ったのである。(まぁ受けてみれば、障壁など張る必要はないパンチ力であったのだが。) 

 

ニヤッと不敵に笑いながらパピコに歩み寄るリュー。

 

その不気味さにパピコは一歩後退ったが、踏みとどまり、もう一度パンチを繰り出す。だが右拳を痛めていたのを思い出したパピコはパンチが届く前に手を止め、もう一度左拳で殴りかかった。

 

フェイントのような動作になったが、しかし、そのパンチは顔に届く前にリューにあっさり掴まれてしまった。

 

そして次の瞬間……

 

パピコ 「…っ! んぎゃぁぁ!」

 

突然、悲鳴をあげるパピコ。リューに強く掴まれた前腕の骨が折れてしまったのである。多少怪我してもいいだろうとリューが乱暴に握った結果であった。(単なる骨折で済んでいるのだからそれでも手加減はしている、本気でリューが握ったら粉砕骨折になってしまう可能性が高い。)

 

さらに、リューのパンチが腹部に炸裂、パピコはくの字になって壁際まで吹っ飛んだ。

 

リュー 「ここは冒険者の暴力沙汰もお咎めなしみたいだな、なら遠慮なくやらせてもらおう」

 

“悪友”のやり方を思い出したリューは、本当は手を出さずにギルド職員に処分させられないかと一瞬考えたのだったが……

 

ここは地球ではない、異世界の冒険者ギルドである。冒険者同士の喧嘩をギルド職員が上手く捌くなんて事は期待できないのであった。

 

ただ、実はリューは、室内にイライラが入ってきたのを視界の端に捉えていた。おそらくこの人物が “噂” の鬼教官イライラであろうと踏んだリューは、彼女が止めてくれる事を少し期待したのであったが、殴られているリューを見てもイライラはスルーして行ってしまった。通り、問題のある教官なのだろうか……。


リューの中でイライラの評価は下がってしまったのだった。

 

パピコに歩み寄っていくリュー。四つん這いで怯えた表情のパピコ。

 

だが、カウンター奥から出てきた男が慌てて走ってきてリューの肩を掴んだ。

 

『何してるんだ?! ギルド内で暴力は禁止だよ!』

 

この男はアッシュ、元Aランク冒険者のギルド職員である。

 

リュー 「…? 俺は被害者なんだが?」

 

アッシュ 「だめだめ、君が殴ったのを見たよ?」

 

 

― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

ギルド内での暴力沙汰は処罰対象だ

ん? 俺が殴られててもスルーだったが?

 

乞うご期待!

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る