第141話 悲しい毒龍

リュー 「!」

 

ネムロイ 「ヒュドラは、元から存在した魔物ではない。人間の技術者によって改造され作り出された悪しきドラゴンなのだ」

 

そう言えば、竜人であるリューにドラゴンは従うはずなのに、ヒュドラだけは言うことを聞かなかった。周囲の全てを憎み、殺したがっているかのような、狂気の竜であった。狂っているのか憎んでいるのかは分からないが、自ら望んだわけでもなく毒を撒き散らす凶悪な竜にされてしまった、そう考えると、ヒュドラとは悲しい存在なのかも知れないとリューは思った。


ネムロイ 「だが、魔王軍との戦いに勝利したあと、人間達はヒュドラを我々ヴァンパイアに向け放ったのだ。魔王軍と同じ魔族であるヴァンパイアも絶滅させてしまおうとしたのであろう。


協力関係にあった種族を平気で裏切る、それが人間という種族である事を我々も忘れ、油断していた。


結局、高位のヴァンパイア達がヒュドラを退治し、それを送り込んできた人間の国も報復に滅した。だが、その騒動によってヴァンパイア一族もダメージを受けた事が分かったのだ。人為的に作り出された毒だからなのか分からないが、ヒュドラの毒は不死身であるはずのヴァンパイアの身体を蝕み、寿命を減らしていったのだ。そして、長い年月の間に寿命の尽きたヴァンパイア達が姿を消していき、高位のヴァンパイアは数を減らしていったのだよ」

 

リュー 「……」


ネムロイ 「結局、人間も、魔族も、著しく数を減らした。その後はお互いに交渉を絶ち、再興を目指してきたわけだ。


だが、人間は寿命が短い分、繁殖力が強い。魔族が数百年かかって子供を育てるのに、人間はその間にあれよあれよと増えていく。そして、世界は人間のものであるかのようになった。


だが、魔王軍として戦った魔族も、絶滅したわけではない。これから再び、大きな戦いが起きるかも知れん。覚悟しておくがよい。我々が人間に手を貸す事はもうない。お前がいくら強かろうと、一人で世界を相手に戦えるものでもあるまい。まぁ、お前が人間の側につくのか、魔族の側につくのかは知らんがな」

 

リュー 「俺は……人間を守るために戦うつもりはないのだがな……」

 

ネムロイ 「だが、こうして復讐に来ているではないか?」

 

リュー 「家族を殺されたからな。そうでなければ来なかった」

 

ネムロイ 「……そうか。

 

もうよかろう、さぁ……、私の首を刎ねて持っていくがいい。この城にある財宝もすべて賠償金として持っていって良い。それで手打ちにしてくれないか? 再びヴァンパイアと人間の全面戦争を引き起こす事はお前も望んではいないのだろう?」

 

リュー 「……」

 

少し考えて、リューは言う。

 

リュー 「……やった事についてきちんと謝罪し、王国と和平条約を結び賠償金を払うというのなら、それをもって手打ちとしてもよいと女王からは言い遣ってきている……」

 

正直、色々情報が多くて、リューはすっかり毒気を抜かれてしまった感があった。

 

ヴァンパイア側には今の所、人間と全面戦争をする気はないようだ。本当は、戦えば人間の国など簡単に滅ぼされてしまうほど戦力差がある。ヴァンパイア側の数は少ないが、全面戦争になれば、人間が滅ぼされる可能性も十分にあるだろう。


ヒュドラという切り札が人間の側にある以上、ヴァンパイア側も危険を冒す事になるが、現状ではそれはリュー個人の能力に依存しているのであって、人間側が自由に使える兵器と言うわけではないのだが、今のところ、ネムロイはそれは気付いていない。


そして、“戦争”という形になった時、リューが人間に味方するかどうか、リュー自身決めかねている部分があるのだ。

 

結局、ネムロイ伯爵が全面的に譲歩、リューの提案をすべて飲むというので、リューは魔族の街への毒龍攻撃作戦は中止、王国へ賠償金の額と和平の条件を決めるため、ネムロイ伯爵を王宮へと連れて行ったのだった。

 

……初めてヴァンパイアを見た王国は大騒ぎになってしまったのだが。これまで懐疑的であった魔族の実在が証明された事で、話は進み易くなるだろう。

 

人間を食料と見ている魔族・魔獣の国が相手である、一気に赤魔大国と人間が友好的に交流するようにはならないであろうが、2千年も没交渉であった魔族ヴァンパイアの国と、細々とでも首脳同士のホットラインが開けたのは、人間の側にとっては僥倖であったかも知れない。

 

 

  *  *  *  *

 

 

一方、北のチャガムガ共和国へも、侵略行為に対してきっちり報復はしておかなければならない。


リューが西の赤魔大国に行っている間、女王は共和国に使者を送っていた。侵略行為に対する強い抗議と、賠償を求めるためである。従わなければ報復の用意があると警告付きである。

 

だが、共和国の返答は、使者の首を斬り、ビエロの街の城門の前に放り出していくというものであった。

 

それを聞いたリューは、赤魔大国で使いそびれてしまった生物兵器ヒュドラを共和国に送り込む事を提案、実行に移された。

 

ダンジョン「地竜巣窟」の深層のボス部屋。そこに転移魔法陣が浮かび、チャガムガ共和国の首都に毒龍が転移される。

 

毒龍ヒュドラは周囲に猛毒を撒き散らすので、王国側に被害を及ぼさないよう、共和国の奥深くに送り込む事にしたのだ。

 

そして……

 

共和国の首都は壊滅状態となった。

 

共和国にヒュドラを退治する力はなく、さすがに放置しておくわけにもいかないので、最終的にリューが処理する事になってしまったのだが。

 

(ダンジョンからボスモンスターを連れ出してしまったため、ダンジョンには既に新たなボスモンスターが生み出されている可能性があるので、ヒュドラを戻す事はできない。


ヒュドラが生み出された経緯を知ってしまうと、それを都合よく利用し、不要になったら殺すというのはリューも気が引けたのだが。…今後はもうヒュドラを利用することはやめようとリューは思ったのであった。)

 

ヒュドラを殺すには、全ての首の切断と魔石の破壊を同時に行う必要がある。

 

だが、リューの空間魔法もかなり熟練してきており、首を瞬時にすべて切断すると同時に魔石を取り出してしまう事は容易な事であった。

 

それでも、ヒュドラの死体がある共和国の王都は毒の沼と化しており、当分人が住める状態にはならないだろうが。

 

この攻撃で独裁体制の中枢部が全滅したため、生き残ったチャガムガ国人が国を再興する際に民主化に成功、この世界では珍しい、貴族の居ない民主主義国家が誕生したのであるが、それはまた別の話である。。。

 

 

  *  *  *  *

 

 

侵略行為の報復は終えた。

 

リューは、いよいよ旅に出る決意をした。

 

この世界についてリューは知らない事が多い。ヴァンパイアに聞かされたこの世界の歴史も、ガリーザ王国に居ては知る事ができなかった。リューの世界を旅して見て回りたいという思いはますます強くなったのであった。

 

リューの決意を聞いて、ソフィは非常に残念がった。自分も冒険者として世界を旅をしてみたかったと。

 

だが、女王として今は国を支える責務がある。

 

国を放り出す事はできない。やはり、ソフィは王の一族なのである。帝王学を叩き込まれた王族の一人として、良王であった父の気概はしっかりと受け継がれている。

 

ソフィはきっと良い女王になるであろう。

 

旅して得た外国の情報をソフィに伝える事をリューは約束した。

 

ソフィは「名誉国民」という立場を創設してリューの身分を保証する事とした。リュー自身には国民として一切の義務はなく、また国民はリューの自由を奪う事を禁ずるというものである。

リュージーンが国の恩人である事、そしてリューの行動で何か問題があった時には、女王が責任を取る事を国中に布告したのである。

 

そんな特別扱いを最初は断ったリューであったが、ソフィに謝意を受け取って欲しいと懇願され、なかば無理やり承諾させられたのであった。

 

 

 

 

そして、リューは旅立って行った……

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

リュー、冒険者に絡まれる?

 

乞うご期待!

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る