第119話 友のために

翌朝、朝食前にリューは、収納しておいた暗殺者を出してやり、尋問した。

 

尋問と言っても、リューの場合は相手の自白は必要ないのですぐに終わる。リューが質問し、相手が思い浮かべた答えを神眼を使って読み取るだけで済むからである。


ただ、今回はいちいち心を読まずとも、暗殺者はスラスラ素直になんでも答えてくれたのだったが。


今回暗殺者を入れておいたのは、空気があるだけでなく、時間経過のある空間である。時間と空間を操る時空魔法を使うリューであれば、そのような性質の亜空間を作ることも自在である。


そして、暗殺者を入れるために作った空間は、単に時間経過があるだけでなく、外界に比べて時間の流れが八倍速い空間を作ったのであった。外界の一時間が過ぎると、内部では八時間が過ぎている事になる。朝、リューが起きるまで六時間ほど経っていたので、内部では丸二日が経過している事になったのであった。


酸欠で死なないように、内部は広大な空間にしてある。ただ広いだけで何もない空間であるが。


光も差さず、空気以外は身体に触れるものはない。一応地面らしきものはあるが、土ではない、ただの次元の壁であるので、削ったり掘ったりする事はできない。あとは、際限なく広い暗闇があるだけなのである。


突然何もない暗闇の世界に入れられ、水も食料もなく長時間彷徨い歩き、どれだけ時間が経過したのかも分からない状態で途方にくれていた暗殺者は、出してくれるなら素直に名でも話す心境に追い込まれていたのだ。


暗殺者などしているのだから普通の人間よりはタフであるはずである、二日くらい飲まず食わずで牢に閉じ込められたところで錯乱したりはしないはずなのだが、完全に何もない無の暗闇に放置されたのはかなりの恐怖で、精神的にかなり堪えたようだ……なんでも素直に話したくなる程度には。

 

だが、暗殺依頼は闇ギルドから受けており、依頼者が誰であるのかまでは刺客は知らされていなかった。

 

指示を出した闇ギルドの情報は取れたので一応王に報告してから、暗殺者の両手足と首を切断し、バラバラ遺体をその闇ギルドに転移で送り込んでやった。

 

次に手を出したらギルドごと壊滅させるという警告である。

 

それを見た闇ギルドのマスターの対応は早かった。 「相手が悪い」と即座に判断、ギルドを解散し姿を消したのである。

 

戦時の今は人手が足りないのですぐに追手がかかる事はないだろうが、事が落ち着いたら、おそらく王宮騎士団による捜査の手が回る可能性が高い。そうなるまえに国を脱出する事にしたのだ。

 

闇の世界の住人のほうが、危機に対する勘は鋭く、逃げ足は速いものである。

 

 

 

 

その件を処理してから、王宮に侵入者がある可能性に思い至ったリューは夜間は次元障壁で王宮を覆ってしまう事にした。これなら翌朝まで誰も入ってこられない。…誰も出られないのだが。

 

日中に既に侵入されている可能性も考え、次元障壁を張った後に、リューが神眼で王宮内に敵意を抱いている者が居ないかサーチする。無意識レベルで操られている者でもない限りは逃れる事はできない。

 

そうこうしているうち、良い知らせと悪い知らせが王宮に届いた。

 

 

 

 

良い知らせは、剣聖レイナードが王宮に到着、助勢してくれるという。レイナードは王とは旧知の仲である。かつては王宮の騎士団長をしていた時期もあったのだ。

 

王に謁見したレイナード。レイナードが若返っていた事に驚いた王。積もる話もある、旧交を温めたいところであったっが、そうも言っていられない。挨拶もそこそこに、レイナードはすぐに前線に赴く意向であった。

 

国内の貴族たちが、自分の領地から軍隊を引き連れて前線に到着するのには、速くとも一週間、遅ければ一ヶ月以上掛かるであろう。

 

それまでは、現在の戦力でなんとか戦線を維持するしかない。剣聖レイナードが力になってくれるならこれほど心強い事はない。

 

だが同時に、悪い知らせも入ってきた。それは、前線で指揮に当たっていた第四王子と第五王子が戦死したというものであった。

 

ソフィ 「マリム兄とトリム兄が……」

 

宰相 「戦況は芳しくない状況にございます。現在は合流したレジルド第一王子殿下が指揮を執っていますが、戦線は大きく後退した模様…」

 

レイナード 「すぐに行く!」

 

即座に前線に向かって出立しようとしたレイナードであったが、立ち止まり、リューのほうに振り返っていった。リューが転移が使えることを思い出したからである。

 

レイナード 「リュー、転移で俺を前線に送り込む事はできるか?」

 

リュー 「場所が分かれば……地図を見せてくれるか?」

 

レイナード 「……というか、お前は行かないのか? 冒険者達も招集に応じて既に前線に向かった者は多いぞ? って、お前は冒険者は辞めたんだったか……」

 

ソフィ 「リュー、お主が力を貸してくれれば、敵を撃退できるのではないか……?」

 

宰相 「リュージーン殿には既に断られてしまいました。戦争に加担する気はないとの事で……」

 

レイナード 「戦争に加担する気はない? なぜだ?」

 

リュー 「……正しさは、一つではないからだ」

 

レイナード 「正しさとは?」

 

リュー 「100人の人間が居れば100通りの正しさがある。そして、人は皆、自分が正しいと信じている。

 

だが、立場が変われば正しさも変わるものだろう?

 

例えば、動物の視点から見たら、自分達を殺して食べる人間は悪ではないのか? 動物を食べないと言う者が居るかも知れないが、ならば植物の命は奪っても問題ないのか?

 

人間がどれだけ自分が正しいと信じようと、神の視点から見たら果たしてそれは本当に正しいと言えるのか?」

 

レイナード 「……」

 

リュー 「相手がどんな悪者であっても、相手には相手の言い分があるものだ。

 

相手のほうが絶対に間違っていると信じていても、大局的に見た時に、どちらが正しいかなどと言う事は、神にしか判断できない事だろう」

 

レイナード 「戦争も、どちらが正しいという事はないから、加担したくないと言うわけか……」

 

リュー 「そういう事だ……だが…

 

…所詮、人は自分が正しいと信じる事をするしかないのも事実だな…

 

何が正しいか結局分からないなら、自分が正しいと信じるルールに従って行動するしかない。

 

そして、ひとつのルールとして、確実に言えるのは……」

 

(ソフィのほうを見るリュー)

 

ソフィ 「……?」

 

リュー 「自分の家族や友人が蹂躙されようとしている時、それを守るために戦うのは、ひとつの正しさだとも思う」

 

リュー 「ひとつ確認したい。相手は、かつて奪われた領土を奪い返そうとしているだけだと主張しているそうだが?」

 

レイナード 「それは嘘だ、自分達に都合がいい嘘の歴史を捏造しているだけだ」

 

リュー 「間違いないか?」

 

宰相 「うむ、この国が他国の領土であった歴史はない」

 

王 「この国は、我がガリーザ王家の祖先が開拓し開国したのだ。他国を侵略して奪った歴史はない。」

 

ソフィ 「チャガムガ共和国は、度々、嘘をついては周辺の国へ侵攻を繰り返して居るのじゃ」

 

リュー 「そうか。下らない勢力争いの戦争ならば加担する気はなかったが……

 

…相手が奪うために攻撃してくるならば、身を守るために戦うのは当然の権利だな。

 

ならば。友人の家族を守るために、力を貸してもいい」

 

ソフィ 「リュー!」

 

リュー 「済まなかったな、ソフィ。俺がもっと早く決断していれば、お前の兄達は死なずに済んだかも知れなかったのに」

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

今、敵の指揮官ぽい奴を殺した


乞うご期待!

 

 

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