第87話 リュー、ギット子爵の騎士団に逮捕連行されてしまう

逮捕後、ゴランに少し話を聞いた。おそらく黒幕はギット子爵であろうと言う話もリューはしたのだが、それを聞いたゴランは眉をひそめて困った顔をした。

 

黒幕が隣町の領主つまり貴族、しかも公爵家ゆかりの貴族となると、手を出すのは難しいという事らしい。

 

そもそもこの世界、貴族が犯罪を犯したとしても、相手が平民である場合、なかなか厳格に処罰される事はないのである。

 

仮に、捕らえた犯人から証言が得られたとしても、嘘だと言われてしまえば終わりである。

 

人間は様々な圧力で簡単に嘘をつくので、証言のみでは確実な証拠とは言えない。科学捜査などないこの世界では、確たる証拠の確保が難しいのである。

 

そうなると、現行犯で実行犯の逮捕はできても、黒幕の犯罪立証はなかなか難しい。家族を殺すと脅され、あるいは家族を保護すると約束され、嘘をつき通して死んでいく者もいるのである。

 

逆に、

 

「これは陰謀である、ライバルの貴族が自分を貶め陥れるために犯人達に嘘の証言をさせたのだ」

 

と主張されてそれが通ってしまう事もある。(事実、そのような事例は多いのだとか。)

 

結局、証言が真実であると認定されるかどうかは、告発した側と容疑者である貴族の力関係によって決まる事になるのだ。

 

そして、相手は廃嫡されたとは言え、新たな爵位も与えられている公爵家の縁者である。位は高いが弱小貴族に過ぎないミムル領主では断罪は難しいだろう。

 

そもそもミムルの領主は割と実利重視の現金な考え方をするところがある人物だそうである。平民の誘拐事件程度で、わざわざギット子爵を告発するなどという面倒な事はしない可能性が高いらしい。

 

 

 

 

とは言え、それはリューにとってはどうでもいい事であった。

 

別にリューは正義感を持って犯罪を駆逐したいと思っているわけではない。リューは世直しをしたいわけではないのである。

 

貴族同士の面倒なパワーゲームに関わる気もない。

 

今回は、冒険者として犯人逮捕の依頼を受け、それを達成しただけの事なのだ。犯人を警備隊に引き渡せば終わりである。

 

リューには過去に日本で生きていた記憶がある、記憶が蘇ってからはむしろそちらの記憶のほうが人格形成に大きく影響を与えている。

 

だが、違う世界を知っているからこそ、世界が変わればルールも価値基準も変わるという事を強く実感していたのだ。リューは地球時代の価値観をこの世界に押し付けようと言う気はないのである。

 

自分に直接被害がある事ならば戦う。だが、関わってこないのであれば、この世界のルールや価値観に過剰に干渉する気はない、というのがリューのスタンスである。

 

だが、ギット子爵のほうがリューに興味を抱いており、トッポ男爵を派遣してきているのだ。残念ながらギット子爵と今後関わる可能性はあるだろう。もし本当に関わってくるなら、リューは容赦するつもりはなかった。

 

そして、その時は、予想より早く訪れるのであった。

 

誘拐魔達を逮捕した翌日の朝、トッポ男爵がリューの住むアパートにやってきたのである。

 

 

 

 

トッポ 「リュージーンよ、ギット子爵がお呼びである。直ちに出頭するがいい。」

 

リュー 「またお前か、こちらの都合も考えずに押しかけてくるんじゃない。今日は他に予定があるんだ、帰ってくれ」

 

トッポ 「貴様の予定など関係ない。貴族に来いと言われたのなら、何をおいてもすぐに従うのが平民の義務だ」

 

リュー 「この街の領主に呼ばれたならまだしも、隣町の領主に呼ばれて従う義務などあるのか?」

 

トッポ 「当然だ、ギット子爵は公爵家縁の貴族だぞ。この街の領主などが異を挟めるはずがなかろう。」

 

確かに、昨日ゴランが言っていた、この街の領主がリューを守ってくれる可能性はないだろう。それを思い出し、リューは肩を竦めた。

 

トッポ 「分かったならさっさとするがいい。貴族に謁見するのだ、武器は一切持つなよ?」

 

リュー 「だが断る」

 

トッポ 「馬鹿者め。素直に従えば良いものを……従わないなら逮捕して無理やり連行する事になるぞ」

 

トッポ男爵はたくさんの騎士を連れてきていた。

 

わざわざ関わって来るとは、愚かな事だ。リューを捕らえようなどとする相手は、叩き潰さねばなるまい。

 

いつものリューであれば全員返り討ちにしてやるところであるが……


なぜか今回、リューは大人しく逮捕連行される事にしたのだった。どうせギット子爵のところに乗り込むなら、それも一興かと思ったのである。

 

トッポと騎士達を叩き潰した後、自分からギットのところに乗り込んでも問題は別にないのであるが、そうしなかったのは、特に理由はなく単なる気まぐれであった。

 

リューは着の身着のまま手錠を嵌められ乱暴に馬車に乗せられた。

 

トッポ 「暴れようなどと思わぬことだ。その手錠には魔法封じの魔道具になっている。素直に従っていればそのようなモノを嵌められずに済んだものを」

 

手錠には、魔法を封じるだけでなく、魔力を吸収し嵌めた者の力を奪う機能もあるようである。魔力による身体強化に頼っている者がされると非常に負担の大きいものであった。トッポ男爵もそれを分かっていて使ったのであるが、そもそも魔力がゼロのリューには何も関係ないので涼しい顔である。それを見て少し不思議そうな顔をするトッポであった。

 

この手錠を嵌めたまま時空魔法が使えるかどうかは分からない。まぁ使えなかったとしても、リューの力であれば手錠を引きちぎってしまう事ができるような気がする。リューの筋力は魔力によって強化されているのではなく、純粋に筋肉の発生する力なのである。竜人の筋肉は、人間の筋肉とはそもそも構造が違うのである。

 

ただ、本当に魔法が使えないのかちょっと興味が湧いて、手錠を嵌めたままリューは転移を使ってみた。馬車に乗り込もうとしたトッポを転移で移動させたのである。

 

結果は……成功。


どうやら魔力を封じる手錠ではリューの能力を封じる事はできないようである。

 

馬車に乗り込もうとしてたトッポは、20cmほど後ろに転移で移動させられたため、ステップから脚を踏み外し、顔面を馬車の床に打ち付けてしまった。

 

トッポ 「どうしたのだ、急に目眩が……」

 

鼻血を流すトッポ男爵を見て思わず吹き出してしまったリュー。それをみたトッポ男爵は顔をしかめてリューを睨みつけるのであった。

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

ギット子爵と相見あいまみえるリューとソフィ

 

乞うご期待!

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る