第33話 子供達に忍び寄る犯罪組織の影

キャサリンとレイラは、リューが向かったという教会を探していたが、どうやら道に迷ってしまったようである。

 

場所を聞こうにも、周囲には怪しげな人物しかいない。二人は、スラムの奥に向かって進んでしまっていたのである。

 

スラムは奥に進むほど危険性が高くなる。最奥部には、犯罪組織がアジトを構えている。

 

ギルドの受付嬢レイラは、ギルドの職員として荒くれ者の冒険者をあしらうだけの胆力は持っているが、戦闘能力が高いわけではない、ただの一般人である。そして、かなりの美人でもある。(ギルドに限らず、“受付”には美女が採用される事が多いのはこの世界も変わらないようである。)

 

そんな女性がスラム街に近づけば、当然、不埒な事を考える者達に狙われる事になる。

 

一方、同行しているキャサリンは、現在は半引退状態だが、かつてはAランクの実力を持つ冒険者であった。実は、スラムで多少絡まれたとしても自力で排除できる力はあるのだが、外見だけ見れば、スラムの男たちからは、やはり獲物を見るような目で見られる事になるのであった。

 

危険な男が近寄って来ようとすると、いち早く察知したキャサリンが牽制しながら移動してしまうので、今までのところはなんとか無事に来ていたが……

 

これ以上奥に進むと、決して無事に済まないだろう危険地域に入る。

 

レイラ 「本当にこっちであってるんですかね?」

 

キャサリン 「……道に迷ったようだ……あまり良い雰囲気ではない、な……」

 

レイラ 「あ!やっぱりあってるんじゃないですか、ほら、あの子!」

 

レイラが指差した先には、小さな女の子が、その兄であろうか、15歳くらいの男の子と一緒に歩いている姿があった。

 

ただ、その後ろを、いかにも怪しげな風体の男達が歩いていたのだが……

 

キャサリン 「あの子についていってみよう」

 

周囲にいた怪しげな男達を警戒し、話しかけるのは躊躇してしまったため、少し離れて後をいていく事にしたのだが、おかげでスラム深部から脱することができたのであった。

 

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― ― ― ― ― ― ― ―

 

リューが教会を出てすぐ、孤児院の子供の一人、カイトが走ってきてリューを呼び止めた。

 

カイト 「リュー兄ちゃん、マリーがタンジ兄ちゃんに連れて行かれた!」

 

タンジとは、教会の孤児院に去年まで保護されていた少年である。だが、15歳で成人したので、自立しようと孤児院を出たのである。

 

そのタンジが、孤児院の女の子、まだ幼いマリーを連れて行ったと言う。マリーも顔見知りのタンジだったため、安心してついて行ってしまったようだ。

 

実は、タンジは孤児院を出る前から良からぬ連中と関わりを持つようになっていた。スラム出身では、差別もあり、まともな職につけるわけがない。結局、スラムでのし上がるしかない。そう考えて、悪い仲間に近づいていってしまったのである。

 

スラムの奥では3つの犯罪組織があり、その下部に小さな犯罪グループがいくつかある。そのひとつが「窮鼠の牙」である。末端のチンピラが集まっただけの集団であるが、タンジは孤児院を出た後、その窮鼠の牙と行動を共にするようになっていたのである。

 

リューはカイトに、マリーを見たという場所に連れて行ってもらった。

 

そこには、マリーとタンジが居た。マリーはタンジになにか布の袋を渡されている。タンジの後ろには、怪しげな男達が立っている。窮鼠の牙のメンバーである。中には、以前からリューに絡んできていたケンゴという男も居た。

 

マリー 「リューにぃ!」

 

タンジ 「あ、待て!」

 

マリーはリューをみつけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

リューは、膝をついて目線をマリーに合わせ、頭を撫でてやる。そして、手に持っている荷物について尋ねた。

 

マリー 「これを街に行ってドジャーという人に渡す仕事を貰ったの。そうしたら1Gくれるって!ワタシも働けるんだよ!」

 

リューは言い聞かせるように言う。

 

リュー 「マリー、スラムの奥の人間達の仕事は引き受けてはいけないと言っただろう?」

 

マリー 「でも、タンジ兄ちゃんが大丈夫だって……」

 

リューはジロリとタンジを睨みつけた。

 

リュー 「その袋の中身は、悪い薬なんだよ。それでたくさんの人が苦しむ事になるんだ。マリーは知らないで運んだだけだったとしても、犯罪に手を貸した事になってしまうんだよ?」

 

袋の中身はおそらく麻薬だろう。最近、質の悪い麻薬が出回っていると聞く。

 

リューも少し前、運び屋をやらないかと持ちかけられた事があった。リューは断ったが。最近は警戒が厳しくなってきたため、幼い子供に運ばせれば、怪しまれないと考えたのだろう。

 

タンジが慌てて近づいてきてマリーから袋を奪い取り、リューの胸ぐらを掴んだ。

 

タンジ 「リュー!オマエは関係ねぇだろ!口を出すな!」

 

マリー 「……タンジ兄ちゃん?」

 

タンジ 「こ、これはただの薬草だ、頼まれて採ってきただけだ!」

 

リュー 「だったら何故自分で渡しに行かない? それともこの袋を警備隊に持っていって確認してもらおうか? 本当にただの薬草なら、俺が相手に届けてやるよ。」

 

リューはタンジの腕を掴み、強めに握り締めた。リューが全力で握ったときの握力は4tを超える。軽く握られただけでも、痛みで力が入らなくなり、タンジは掴んでいたリューの襟を離してしまう。

 

タンジ 「痛っ……て…ま……!」

 

強力な握力で握られ、手首の骨は折れそうなほどに軋んでいる。痛みで身動きできなくなるタンジ。

 

タンジの後ろから、見かねたケンゴが口を出してくる。

 

ケンゴ 「おやぁ、リューじゃねぇか?随分立派な口をきくようになったなぁ、ああ?」

 

リュー 「ケンゴ。お前たちが何をしようが興味はないが、教会の子供たちには一切近づくな。約束するなら今日は見なかった事にしておいてやる。」

 

ケンゴ 「リュー、あんだてめえ!?そんな生意気な口きいて、またボコボコにされてぇのか?」

 

以前から、ケンゴの仲間になって仕事を手伝えと何度か誘われたが、それを断り続けていたリューは、生意気だとケンゴ達にリンチを受けた事があったのだ。

 

すっかり忘れていたが、そんな事もあったと思い出したリューは、それについて落とし前をつけさせてやってもいいかと思ったが…

 

ただ、前世の記憶も蘇った事で、リューの精神は急に大人のそれになっていた。そのせいで、この世界で記憶が戻る前の事は、記憶が薄まってしまってあまり実感が沸かなくなっている部分があった。

 

昔の事は、まぁ別に流してしまってもいい。ケンゴには意地悪もされたが、実は大した被害は被っていない。暴行もあったが素人丸出しのパンチで、予想外に大した痛みも感じなかったため、殴り返そうと思わなかったのだった。

 

だが、教会の幼い子達に手を出すとなったら話は別だ、放ってはおけない。

 

リュー 「ケンゴ、誰に頼まれた?オマエ達だけでできる仕事じゃないだろう?」

 

ケンゴ 「あああ?!なんだその口の聞き方は?!」

 

リュー 「麻薬の元締めは……『四夜蝶』あたりか?」

 

四夜蝶はスラムの奥に本拠地を構える3つの犯罪者集団のうちの一つである。

 

ケンゴ 「どうしてそれを……いや!ち、ちがう、知らん!」

 

リューはカマをかけただけであったが、図星であったようだ。

 

わずかに嘲笑ったリューの表情を見て、ケンゴが顔を真っ赤にして怒り始めた。

 

ケンゴ 「てっ、てめえ!リューの癖に! オメェなんかに舐められてたら、スラムで生きていけねぇんだよ!」

 

いきなり殴りかかってきたケンゴ、だが、ケンゴの拳はリューの手で止められてしまった。

 

掴んだ拳を強く握り締め、痛がるケンゴの太ももを蹴るリュー。リューとしてはごく軽く蹴っただけなのだが……ケンゴは倒れ、激しい痛みに悶える事になった。

 

「ちくしょー、てめぇ……やっちまえ!!」

 

ケンゴの号令で仲間の男達がリューを取り囲んだ。

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

子供を殴って金を奪うクズにリューが怒る!

 

乞うご期待!

 

 

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