第15話 衰退していく冒険者ギルド
商業ギルドのマスター・エイルは、商人としてリュージーンに非常に高い価値を見出しており、良い関係を構築する事を最優先とする指示を関係各所に出していた。
また、エイルは冒険者ギルドのギルマス・ダニエルと非常に仲が悪かった。そのため、冒険者ギルドへの嫌がらせには妙に積極的であった。
リューが冒険者ギルドで依頼の受注も禁じられているという話を聞いたエイルは、ならば商業ギルドから依頼を出すと言い出したのである。
冒険者というのは、冒険者ギルドを通して出される依頼を請けるのが基本である。だが、ギルドを通さずに仕事を直接受ける事が禁じられているわけではない。貴族や商人に直接雇われて仕事をする冒険者も珍しいことではない。
ただし、直接仕事を受ければ、すべて自己責任となる。報酬が支払われないなどの契約トラブルがあっても一切保証がないのである。
ギルドを通した依頼の場合は、報酬は先払いでギルドに納入され、依頼完了後に冒険者にギルドから冒険者に支払われるようになるので、報酬が支払われないなどのトラブルがないのである。
その代わり、ギルドに手数料を取られるため報酬額が少なくなるというデメリットもある。直接依頼を受けるなら、手数料をギルドに中抜される事がなく、より高額な報酬を貰えるのである。
だが、もし、冒険者ギルド以外に、同じように取引を保証をしてくれる組織があればどうなるか?
冒険者が冒険者ギルドに縛られる必要がなくなるのである。
そしてそれを禁じる法律等もこの街には存在しない。(場所によってはそのような法令がある場合もある。この世界での法律は、重大犯罪や国として共通の原則的な事柄については国が定めるが、それ以外は領主に任されているため、街によって法律が違うのである。)
この街では、商業ギルドが冒険者ギルドに成り代わって依頼を管理、保証やトラブルの対処をする業務を行っても何も問題はないのである。
エイルは、冒険者ギルドと同じ様に、商業ギルドに登録する冒険者の募集を始めた。
また商業ギルドの伝手で商人達から依頼を集め、所属の冒険者に紹介するという、完全に冒険者ギルドと競合する業務を始めたのである。
しかも、手数料を中抜せず、報酬は全額冒険者に支払う事とした。さらには素材の買取なども冒険者ギルドより高く買取る。(買取額が商業ギルドのほうが高くなるのは昔からであるが。冒険者ギルドでの買取額は最低線で統一されているのだ。)
商人達は商品の運搬などの際に護衛が必要になる。
馴染みの冒険者などを直接雇うケースもあるが、通常は、冒険者ギルドを通して依頼を出す事になる。
だが、今後は護衛依頼も商業ギルドに出すよう、加盟している商人達に通達が出された。
商人は原則として全員、商業ギルドに登録している。つまり、冒険者ギルドに商人からの護衛依頼がぱったりなくなってしまったのである。
冒険者ギルドと商業ギルドに多重登録してはならないというルールもない。これまでも、冒険者として登録しつつ、副業で商業ギルドに登録しているという者も少なからず居り、何も問題はなかった。
そうなると、冒険者は商業ギルドに殺到する事になる。商業ギルドのほうがすべてにおいて条件が良いのだから当然である。
商人から出される護衛依頼、さらには薬草や素材の収集依頼もすべて商業ギルドに出されるようになり、冒険者ギルドへは商人からの依頼がなくなってしまった。
だが、さらにエイルの攻勢は続く。
領主が負担してた安全保障(魔物の討伐依頼等)にかかる費用を、何割か商業ギルドが負担するという条件を持ちかけ、領主からの討伐依頼も商業ギルドに出させる事に成功したのである。
商人たちにとって、魔物の討伐は流通ルートの安全確保ためには必須であるのだから、商人たちからも大きな反対はないのであった。むしろ、商人視点で、流通ルートに関係する討伐依頼が出しやすくなる事が期待される事になる。
冒険者ギルドのマスター・ダニエルは、最近は、職員から批判的意見・反対意見を聞かされる事が多くなった。それを嫌い、ダニエルはあまり職員と話さないようにしていた。
そのため、状況報告を受けるのが後手後手に回る事が多くなる。
状況を知って、慌てて冒険者ギルドに登録している冒険者は商業ギルドに登録するのを禁止すると言い出したダニエルだったが、副業で商業ギルドに登録して商売を行っている冒険者も少なからずおり、反発が強まり反って離脱者を増やしてしまう結果になった。
商業ギルドもすぐに手を打っていた。冒険者ギルドが多重登録を禁止したと聞き、商業ギルドでは、登録しなくとも依頼を受けられるようにしたのであった。
それを受けてダニエルは、商業ギルドの仕事を受けた冒険者はギルドから登録を抹消すると言い出したが、さすがにこれ以上やると冒険者ギルドから冒険者が居なくなってしまうと職員たちに大反対され中止となるのであった。
冒険者ギルドの登録カードは身分証明書でもある。これを持っていると、街から街へ、さらには国をまたいでの移動についても、かなり自由が保証される事になる。その自由な立場を求めて登録している者も多いのである。
だが、商業ギルドの身分証明書でも、同じように保証と自由が手に入るのであれば、商業ギルドにさえ登録しておけば、コレまでと何も変わらない活動ができる。それどころか、各地の商人との繋がりで、これまでなかったメリットさえ期待できる。
そうなると、“冒険者ギルドの存在価値とは何なのか? ”という事になってしまう。これは、商業ギルドによる冒険者ギルド潰しの戦略であった。
商人というのは機を見るに敏であり、利益を掴むためとあれば非常にフットワークが良い。豊かな資金力があり、新しいモノに対する偏見も少なく柔軟性が高い。制度改革なども非常に対応が早いのである。
あっという間に世界規模でこの流れが広まっていく。
それに対して、冒険者ギルドは、制度が長く続く中で、体質が硬直化し、職権濫用して権力を振りかざす者、私腹を肥やす者なども多くなってしまっており、不満が溜まっていたのであった。
そんな状況で、冒険者ギルドは商業ギルドに太刀打ちできるわけがなかった。
やがて、世界的な規模で、冒険者ギルドは一時的に衰退してしまう事になる。冒険者ギルドはその後、復権のために、体質の改善、汚職・腐敗の防止に向かうのであるが、そのきっかけとなったのが、この街のリューの騒動であった事は歴史には語られていない。
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次回予告
奴隷にされたリュー
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