一回戦 龍牙vs白露

「……ここは?」

「どこです?」


 広大な草原が広がるどこかの空間。そこに、二人の人物が立っていた。

 一人は、青色の髪を風に揺られ、胸元に龍をイメージした国旗が縫い付けられた軍服を着た青年。赤と蒼のオッドアイが不気味に輝き、闇で形成されたおぞましい紋章が両目に浮かんでいる。

 そしてもう一人は、下半身が蜘蛛。上半身が女性という、俗に言うアラクネだ。

 青年――龍牙はその女性――白露を見て眉をひそめる。実は彼、虫型の魔族や魔獣が大嫌いなのだ。アラクネに対しても嫌悪感は拭えない。

 二人が戸惑っていると、唐突に声が聴こえる。


『これより、ドリームデスマッチを始めまーす!』

「「ドリームデスマッチ?」」


 二人が見事にハモった。


『ドリームデスマッチ……それは、お二方による死闘でーす。死んでも生き返るので、全力でやってくださーい』


 なんとも意味不明な内容に、白露が戸惑う。その瞬間、白露の視界の隅で何かの影が動いた。その動きを視認できたのは、もはや奇跡と言ってもいい。

 龍牙は、謎の声が終わると同時に超加速。刀に漆黒の魔力を漲らせて白露を狙う。


「要はこうすることだろ?」

「ちょっとまっ……」

「"煉獄魔斬"」


 刀身から放たれる漆黒の一撃。それは、白露がギリギリで回避に成功した地面の跡地を大きく引き裂き、大地の彼方までを大きく破壊した。

 衝撃波が走り抜け、白露の頬が薄く切れる。が、それを気にすることなく白露が移動。その速度に龍牙が小さく感嘆の声を漏らす。


「速いな。だがまぁ、あいつよりは随分遅いが」

「はあぁぁぁっ!! アミノハバキリ×3!!」

「矢? そんなもの通じるとでも……」


 言いかけて、龍牙は本能的に危険を察した。これは、ただの矢ではないと。

 試しに背中から闇を放出。触手状に変形させて矢を迎撃した。両者が激しくぶつかる。

 龍牙の予想は的中した。白露が放った矢は、龍牙の闇を打ち砕いて体に到達した。

 魔力防御壁を事前に展開していた龍牙にダメージはないが、それでも精神に与える驚きは大きい。


「なっ!?」

「闇を砕いた……油断できないな」


 薄く笑い、刀を構え直す龍牙。一瞬驚いて動きを止めた白露だが、すぐに気持ちを整理して戦闘に戻る。

 自身の最高速度である、光速の半分で龍牙の周囲を駆け抜ける。と、同時にモーニングスターと手斧で龍牙を狙う。

 刀でモーニングスターを弾き、手斧を絶対零度の領域で凍らせて破壊する。

 埒が明かないと白露が龍牙との距離を一気に詰める。モーニングスターを大きく振りかぶり、龍牙の脳天へと振り下ろす。


「これで、終わりですっっ!!」


 白露のモーニングスターが落とされて……。マントルから溶岩が噴き出し、草原を赤く染める。


「……あれっ!?」

「いやはや、実に惜しいものだ」


 白露のすぐ背後から聞こえる声。普通に考えてあり得ない現象。

 何が起きたのかを考える前に、体が動いていた。モーニングスターを背後へと振るい、龍牙の頭を打ち砕こうとして――世界が動きを止めた。

 何もかもが停止した灰色の世界。そんな世界を、龍牙だけが歩いている。


「時間停止への対策は、基本中の基本なんだがな」


 龍牙が刀を構え、鋭い三発の攻撃を放った。

 二発の突きで脳と心臓を刺し貫き、最後の凪ぎで首を切断する。念には念をいれて、全身を超重力魔法で押し潰す。

 勝利を確信し、龍牙が魔力防御壁を解いた。それと同時に、時間停止も解除して白露に背を向ける。


「ふっ、口ほどにも……」


 大きな衝撃が龍牙の下から襲いかかった。魔力防御壁を解除していたため、防御力が大幅に落ちていた龍牙の左足が千切れて宙を舞う。


「お返しですよ!! シャルルシャルルシャルルシャルルシャルル!!」

「なに!? こいつ……っ!」


 飛来する五つの巨大隕石。咄嗟に龍牙が魔力のビームを放出して二つを破壊するが、残りの三つはもろに直撃を受けてしまう。

 地面へと落とされ、呻く龍牙。白露はそこを追撃し、龍牙の頭の半分を吹き飛ばした。

 即座に再生を開始し、龍牙が初めて怒りの目で白露を睨む。


「貴様……確かに殺したはず……」

「全身を吹き飛ばされなければ、私は復活するんですよ!!」

「ちっ、超重力魔法でダメなら、永遠の虚無の果てに追放してやるよ!」


 右腕を掲げる龍牙。腕に冷気を集め、白露の周囲へと放つ。


「終わりだ! "フロストフィールド"!」

「なに……がっ!? ごほっ!!」


 血液を凍らせ、体内から体外へと無数の氷柱を伸ばす恐怖の一撃。ハリセンボンのような全身に変えられた白露が倒れる。尤も、針ではなく赤い血の柱で全身が覆われているが。

 動きを止め、今度こそトドメを刺そうとする。


「これで……終わりだぁ!」


 刀を振りかぶる。が、それが龍牙の大きな油断。


「アミノハバキリ!!」

「がっ!!」


 矢が龍牙の胴を穿つ。不意討ちを受けて後退した龍牙は、いきなり自分の指を口に咥えた。その指を一思いに噛みちぎる。

 青黒い閃光が弾け、邪神龍本来の姿である、龍の姿に変貌していく。神化が終わり、赤色の瞳で白露を睨む。


『この蜘蛛女……よくもやりやがって!』


 白露が再生を終え、再度最高速度で駆ける。だが、龍牙はそれを一瞥し、氷の吐息を吐き出して氷柱を作り出す。

 その氷柱は、見事に白露の両脇を貫通。その場に縫い止めてしまう。


『捕食吸収……食い殺してやるよ!』

「なっ!? そんなの……主様しか許しませんっ!!」


 動きは止められたが、腕は動かせる。

 白露は、モーニングスターを振り回して龍牙への攻撃を連続した。その余波で氷も砕け、自由を取り戻す。

 白露のモーニングスターは、龍牙の牙を破壊し、腕を吹き飛ばし、頭を潰した。怒涛の連続攻撃で畳み掛けていく。

 龍牙の全身を滅多打ちにしていく白露。その速さと威力のなんと凄まじいことか。龍牙は抵抗できずに、あっという間に龍の体から弾き出されてしまった。

 地面を数回バウンドする。が、ここで異変が起きた。絶大な魔力が龍牙に集まり、世界が悲鳴と軋みをあげる。


「な、な、なんですこれ!?」

「ディザスピア・エルボルグ……まさかもう一度これを使うことになるとは……」


 かつて、数百の超銀河団を一瞬にして葬り去った、龍牙が放つことのできる最強クラスの一撃。全魔力を解放して爆発を引き起こす奥義だ。

 危険を感じた白露が全力で叫ぶ。


「シャ、シャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルルシャルル!!!」

「無駄な足掻きを! "ディザスピア・エルボルグ"!」


 広範囲を消滅させる滅びの爆発。それを、白露は無数の流星で自らを守るように展開し、防ごうとした。

 外側から、次々と隕石が塵へと変えられていく。叫び続けないと、自分も同じく塵に変えられてしまう恐怖と戦いながら、白露は生存可能領域を切り取っていく。

 やがて、どれだけの時間が経過しただろうか。龍牙の魔法の効果時間が切れた。草原を跡形もなく消し飛ばし、完全に宇宙と化した空間に龍牙が身を投げている。

 白露は、あの壮絶な地獄を無事に生き延びた。負傷こそしているものの、死には至っていない。


「はぁ、はぁ、どうにか……」

「ごほっ! ……魔力切れ、か。もう動けないから戦闘にならねぇな。俺の負けだよ。ギブアップ」


 龍牙が敗北を宣言すると、再び謎の声が響く。


『決まったー! 勝者は白露! おめでとうございます!』

「ふぅ、疲れましたよ」


 勝負が終わり、龍牙が元の世界に戻されるために消え始める。その最後の瞬間、龍牙は白露に視線を向けた。


「お前、白露って名前で合ってるか?」

「? え、えぇ」

「そうか。なら、白露……」


 龍牙が小声で何かを呟いた。その瞬間、龍牙の威圧感、殺気、存在感が数倍に膨れ上がった。不気味に口角が引き上げられる。


「もし次があるなら、覚悟しておけ。お前は、全力に値する相手だ。次があるなら、完全武装のもと、龍鎖封印式も解放して戦ってやるよ」


 そう、負け惜しみともとれる捨て台詞を残し、龍牙は消えていった。

 残された白露は、しばらくぼうっと立っていたが、やがて思い出したように呟く。


「主様、褒めてくれるのかな?」

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