第30話 リンゴと月


かじりついた。

神様のリンゴではなかったけれど。

知恵なんて、これっぽっちもつかなくて

裸が恥ずかしいことだとか、

自分が男だとか女だとか、

きっとそんなこと、どうでもよかった。


たったひとつ、かじっただけで

知恵なんてつくなら、

分別がつくなら、


なぜ、私はこんなに愚かなの


知恵の実は本当はリンゴではなかったんだって。

へえ、それで?

どうでもいいことを教えないでよ。


しゃくしゃくと、がりがりと、

何かをかじり続けていたくて


延々と、歯が伸び続けるネズミのように

延々と、歯が生まれ続けるサメのように


けれど結局、私の歯は虫歯だらけだ。


削られて、埋められて、被せられて。

健康な歯のように見せかけられて。


リンゴをかじってもすぐ血が出るような、

弱い弱い私の口は、私の歯は。


知恵の実さえもかじれない。

今も部屋の隅で爪を噛んで、

どうしようもない現状に歯噛みして、

暗い夜に背中を丸める。


今ここに、楽園があったら。

私はきっと実はかじらない。


無知なままで、純真なままで、

神様と一緒に過ごしたいのに。


今はもう、神様がどこにいるかを知ってしまった。


どうしようもないね、ぬいぐるみが裂けた。

こうするしかないの、窓の外で月が言った。

大きな口が、私の世界を飲み込んだ。

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