剣聖レイに弟子入りする
魔法学院での居場所を失ったトールは彷徨い歩いていた。とはいえ、帰るべき居場所などない。実家は裕福ではあるが、ただ飯暮らしを許す程寛大ではないだろう。高名な魔法使いの家系であるが故に人一倍プライドが高い。魔法学院を退学(クビ)になったトールを受け入れるとはとても思えなかった。
つまり世界中にトールの居場所はどこにもなかったという事だ。
足取りは自然と危険な場所へと向かっていく。その森はモンスターが出現する危険地帯であり、出入りが禁止されている地帯である。
しかしトールは敢えてそこにある柵を乗り越え、その危険地帯に足を踏み入れていった。
その行為はまさしく自殺行為であったが、トールの目的は死ぬ事にあったので別に問題はなかった。
しばらくの間、特に何事もなく、木々の合間を歩いていたが、しばらくして人の匂いを敏感に嗅ぎ分けたのか、いくつもの犬のような影が現れた。
ウウウウウウウ
というような低いうなり声が鳴り響く。現れたのは幾多もの狼だった。狼型のモンスターであろう。LVも戦闘能力も不明ではあったが、それでも魔法を満足に使えない魔法使いであるトールが闘ったとしても勝機のない相手だった。そもそもトールには闘う気がないのだから、当然である。
狼が襲ってくる。
トールは瞳を閉じ、それを受け入れた。痛いのかもしれない、あるいは痛すぎて何も感じないのかもしれない。死の恐怖よりも生きる事に対する苦痛がトールの中では勝っていた。
しかし、いつまで経ってもやってくるはずの苦痛も激痛もやってこなかった。
キャウウウウウウウウウウン!
代わりにやってきたのは狼の悲鳴であり、頬に飛び散ったのは血液だった。
目を閉じたトールの眼に映ったのは剣(つるぎ)を構えた一人の青年だった。年はいくつだろうか。20代といったところだろうか。トールよりは年上であろうが、流石に中年というには失礼な程度の年齢だった。筋肉質の身体故に引き締まっており、実年齢よりは若く見えるのかもしれないが。
長髪の男は高速の剣技により、狼を細切れにする。流石に狼も馬鹿ではないのだろう。彼我の戦力差を感じると、一目散に逃げ出していった。あくまでも捕食する事が目的であり、死ぬのが目的でもないだろうからだ。
その姿には見覚えがあった。剣聖レイ・グラウディウス。曰く、王国最強の剣士であり、
世界最強の呼び声も高い剣士である。剣聖の称号は剣士の中でも数名にしか与えられない最上級のステータスである。宮廷剣士への誘いもあったが、宮勤が性分に合わないからかそれを断り、それから放浪の生活をしているという事。人里離れたところで生活をしているらしく、その姿を見る事は殆どないらしい。
「まさか。こんなところに人がいるとはな」
レイはトールに向き直った。
「どうした? 坊主。ここが危険だって事、知らないで入ってきたのか? あるいは知っていて入ってきたのか?」
レイは聞く。
「……知ってて、入ってきました」
トールは答える。
「自殺志願か。何があったかしらねぇけど。若いうちは色々と思い悩む事がある。生きてれば良い事もあるし、悪い事もある。それが世の常じゃねぇか」
レイは言う。
「ともかく着いてこい。話くらい聞いてやれるかもしれない。それに話を聞いているうちに気が変わるかもしれない」
レイにそう言われる。断る理由などなかった。それにトールは彼の後ろ姿を見て、少しだけ生きる活力というか、憧れのようなものを抱いたのだ。
あの背中の逞しさ、雄大さに男として憧れない者などいないだろう。
何時間も歩いた末に辿り着いたのは山の頂上付近であった。辿り着いたのは一軒のボロ小屋だった。剣聖であるレイに金がない事もないだろう。敢えてハングリーな環境に身を置いている。
「風呂はねぇ。いつも薪で沸かして入るんだ」
レイはそう言う。
「待っていろ。今、飯を作ってやるから」
レイはそう言って、食事の準備を始めた。
食卓には肉が並ぶ。そしてそれから山菜だったり、野草だったりだ。ここら辺で自給自足をしているようなので、必然的にここら辺で取れるものが並ぶ事になる。
「旨いか?」
「ええ。おいしいです」
食べた感想をトールは言う。
「感謝しろよ。さっきお前を食おうとしていた狼の肉だ」
「それを言われると困惑します」
「それが自然っていうものだ。弱い奴は強い奴に食われる。弱肉強食がこの世の理だ」
レイはそう言う。
「それで、なんであの森に入ってきた? なんで死のうとしていた?」
レイは聞く。
「それは……」
トールは事情を説明する。
「なるほどねぇ。高名な魔法使いの家に生まれたのに魔法の才能がなかったねぇ」
レイは言った。
「まあ、それを苦に死にたくなるのもわかる。けど才能っていうのは不思議なものでどこに埋まっているかわからないものだ。例え、魔法の才能がなかったとしても他の事才能がないとも限らない」
「他の事で才能?」
「そう、例えば俺に教えられるのは剣の事だけだ」
レイは言った。
「剣?」
「それで才能がなかったらまた別の事を試してみればいい。魔法使いの家系に生まれたからって必ずしも魔法使いにならなければならない決まりはねぇ。まあ、世間はそういう見方しかしないかもしれねぇけど」
レイは言う。
「僕に剣を教えてくれるんですか?」
トールは言う。
「お前がその気なら。ただ俺の教えは厳しいから覚悟しとけよ」
「は、はいっ! よろしくお願いします」
どうせ死ぬつもりだった命だったのだ。どれだけ厳しかろうが構わなかった。
それに、それにあの時の背中に憧れをトールは覚えていた。もし自分がその背中に近づけるのなら、それだけで十分に命をかけるだけの価値があるだろう。
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