魔法の才能がないと魔法学院を退学(クビ)になった俺が気づかないうちに最強の剣士となっていた

つくも/九十九弐式

魔法学院を退学(クビ)

ある王国にある魔法学院があった。魔法学院とは魔法を学ぶ多くの魔法使いのエリート達が集まる学び舎の事である。当然のようにそこに通うのは魔法のエリートばかりであり、素養のある人間ばかりである。

 そう、極稀なケースを除いては。それは魔法の実技を実戦する授業であった。

 授業の内容は簡単な魔力操作である。

 魔力を持って照明(ライティング)の魔法を使い、照明用の光球を出す。そしてそれを自在にコントロールしろというもの。

 その難度をどれくらいと例えるか。算数であるならば1+1=2、程度の問題である。

 つまりは基本中の基本、足し算でしかない。足し算のできない人間に引き算やかけ算ができるかという問題である。答えは明白だった。否(ノー)である。

 実際、そこにいる魔法学院の生徒達は誰もが簡単にできていた。基本が重要とはいえ、あまりに慣れていて次元が低い事となると、欠伸すらしたくなる生徒も出てくる事だった。

 しかし、一人の生徒に視線が集中し出すと、欠伸をしていた生徒も興味を持ち始める。

 トール・アルカード。

 名門の魔術師の家系であるアルカード家の嫡男である。透き通った顔立ちをした美形であるが、そんな事はこの場では関係がなかった。魔法学院では魔法の才能がヒエラルキーを位置づける大部分を締めるのだ。容姿が端麗かそうでないかなどその才能をクリアした段階でなければ評価をされる事はないだろう。

 周囲の生徒達が彼の動きを一挙一動見逃さないように見守り始めた。

 深呼吸の後、魔法の実演を行う。そもそも深呼吸をする事自体がおかしいのだ。深呼吸とは緊張を緩和する為にある。深呼吸をする時点で緊張をしていたという事を指す。

 次に決心したように眼を大きく開き、意識を集中させた。

 やっとの事で光球を手のひらに出現させる。しかし、その光球を動かす事すらできなかった。やがて光球は萎んだように弱々しくなってしまい、消えてしまう。

 周囲の空気が一気に緩んだ事を感じた。そして次に起こったのが冷笑及び哄笑である。

「くっくっく。あっはっはっはっはっは!」

 一人の少年が笑い始める。

「ちょっと、可哀想よ。そんなに笑っちゃ。くっふっふ」

 そう言う少女もまた、笑いを堪えきれない。

 名門の魔術師の家系。偉大な血を引く存在。その者が基本中の基本である魔法すら満足に扱えない。これ以上に笑いの種になるものはないだろう。

 しかし、残酷な事はもうひとつあった。彼には双子の弟がいたのである。

 同じような見た目である。僅かに髪の色が異なった。黒髪と金髪。髪の色でお互いを見分けるくらいしかない、うり二つな弟。

 だが、明確に見分ける方法はもうひとつだけあった。

 弟は手慣れた手つきで光球を数個ほど出現させると、まるで生きているかのように身体の周りをぐるぐると巡らせてみたのである。

「「「おおおーーーーーー」」」 

 冷笑から一転、周囲の生徒達はの目には称賛と感嘆の色が宿る。いかに基本中の基本とはいえ、それを高い次元で行うという事には感心せざるを得ないのだ。

 基本こそ最も術者の力量がわかるとも言える。

 カール・アルカード。トールの実弟にして、魔法の才能を受け継いだ、アルカード家の正当な後継者として相応しい天才であった。

 ただでさえトールにとっては過酷すぎるその境遇は優れた弟の存在により、対比されより浮き彫りになる。

「やっぱり天才ね」

「ああっ。間違いない。あいつは魔法学院始まって以来の天才魔法使いだ」

 そう、周囲は称賛の言葉を向ける。

「それに比べて」

 冷笑と軽蔑の目はトールに向かられる。

 なんなんだ。と、トールは思う。

 別にトールは望んで魔法の才を受けなかったわけではない。望んで魔法の名家に生まれたわけではない。望んで魔法の天才であるカールを弟にしたわけではない。

 だというのに、なんだというのだ。まるでトールに非があるかのように周囲は視線を向け、軽蔑の言葉を並べる。それはあまりに理不尽で酷いのではないか。

 だが、それもまた人間の本性であろう。目立つ奴、劣る奴、恰好のターゲットがいた場合、集中して虐める。その方が心地よいから。あるいは自分がターゲットにされなくなるから。

 そういう姑息で卑怯なところが人間にはあった。たまたまそうやって生まれてきた境遇をトールは呪う以外になかった。

 授業は終わる。自分に注いでいた冷笑と哄笑はなくなり、代わりに弟であるカールに称賛と羨望の眼差しが向けられていた。行くきつき先は無関心。

 あるのは圧倒的な孤独感だけだ。


 その後、トールは学院長から呼び出される事となる。よぼよぼのお爺さんである。

 かつては高名な魔法使いであったらしいが、今では現役を引退し、この魔法学院で学院長をやっている。

「失礼します。学院長」

 トールは中に入る。

「どのようなご用件でしょうか?」

 一応そうは聞いてみたと思うが、自分がこの学院長に呼び出された瞬間から、ある程度どういった用件なのかは想像がついていた。

「トール・アルカード君。君はかの高名な魔法使いエレン・アルカードのご子息という事でこの学院に入学を認めた。実際弟の方はその肩書きに寸番違わぬ才を発揮しておる。しかし、才は二人同時には与えられなかったようだの」

「……そうですか」

「それでも受け継いでいる血統は良いのだ。しばらく我慢して水をやっていれば芽が出る事もあるかもしれないと思っていた。だが、現実は過酷なものだった。種のないところにいくら水や肥料をやっても決して芽が出てくる事はない。その種とは言わば才能というものだろう。土に埋まっている種と同じで決して目には見えないものだ。だが種があるのならば然るべき対応をしていれば必ず芽が出る。芽が出ないという事はそもそもの種がないという事だ。人間で言う才能というものだ」

「僕に才能がないと?」

「そうなるな。君も居づらいじゃろう。この学院に。君の居場所はここにはないのだよ。お互いにとっても利益にならない」

「僕にこの学院から出て行けって言うんですか」

「……そうなるのぉ。言葉は悪いが。君のその様子では進級試験を合格できんだろう。時間の問題だとは思うんだ、わしは」

 学院長はそう言う。

「そうですか」

「寮から荷物を纏めて実家に帰りなさい。その方が君の為だ。残念ながらこの魔法学院は才能のない人間が居続けられる程生温い環境ではないのだ」

 学院長はそう言った。

 もはやトールに言葉はない。

 トールは魔法学院を退学となり、その場を去った。

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