神様のおつかい〜ようこそTOA協会へ〜(仮タイトル)

岩瀬

第1章 TOA協会の実態は神の使いである

1 もしも“神様”が存在していたら

 “神様”とは本当に存在するのだろうか?


 「日本」という国が生み出されて何千年もの長い年月が経っているが、その中で“神様”という言葉は様々な意味合いで捉えられる様になった。


 古来、日本の“神様”と云えばイザナギやイザナミなど日本神話に登場する神のことを示すことが多かった。しかし、今では超越した才能を持っている一般人を大衆は「神」と呼び、更に驚く事に女子高生(今時に言えばJK)が頻繁に口にしていた「神ってる」というフレーズが数年前の流行語大賞にノミネートされている。

 

 神を尊いものだと崇めてきた先人らが知ったら、それはもう仰天して倒れてしまうに違いない。言葉の価値は時代の移り変わりと共に色褪せていくものだと。

 

 ともかく、これらの様に“神”という言葉が日常的に使われている現代を生きる人々は、それぞれに想像している“神”の形があるのだ。


 そして例に漏れず「重岡樹」という青年にも己の思い浮かべる神様像があった。


「紬、そろそろ戻ろう。風邪をひいてしまう」

 

 この青年にとっての神様と云えば、幼い頃好きだった某少年漫画の龍の姿をした神。7つのボールを集めると何でも願い事を叶えてくれるという人間を超越した神業で主人公やその仲間をも幾度と無く生き返らせていきた。


 もとより樹は幽霊や妖怪など非現実的なものを端から信じるタイプではない。しかし真っ向から否定する訳でもなかった。心霊映像を見たり体験談を聞けば「それじゃあ本当に存在しているかもしれないな」と受け入れはするが、それ以上のことを考えたり想像することもない。

 

 つまり、どうでもいい事案だったのだ。何せ霊感のない自分自身には全く関係のない話なのだから。


「今年もあっという間に桜が散っちゃったね、お兄ちゃん」

「・・・あぁ、そうだな」


 しかし、もしも・・・もしもの話である。


 “神様”が本当に存在しているとしたら。

 

 何でも1つだけ願い事を叶えてくれるとしたら。

「来年は・・・自分の足で歩いて桜を見にきたいなぁ」


──────どうか、妹が、再び自由に歩ける夢を叶えて欲しい。


 その切なる妹の願いも心の中で呟いた叶うことのない願いも樹の心を痛めた。残りの人生を生贄にしてでも叶えたいその覚悟ですらさせてくれない、ファンタジーの欠片もない現実は理想の未来を蝕んでいく。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 何も言葉を返さない兄に紬は首を傾げた。心配そうな面持ちで声を掛けるとすぐに我に返った様に「あぁ」と声を漏らす。そして直前に妹が言っていた言葉を思い出した樹は「きっと来年には良くなっているはずだ」と気休めにした思えない容易い言葉を掛けた。


 少しでも元気になって欲しいと紡ぐ言葉はいつだって信憑性に欠ける。しかし重みもないその言葉にいつも彼女は怒ることもなく、それどころかその悲痛な思いですら汲み取った上で、困った様に眉を八の字にして笑うのだ。


「も〜!嘘はダメだよお兄ちゃん!もう立てないことは分かってるんだから」

「ごめんな。お兄ちゃん、何にも力になれなくて」


 過去を悔やみ顔を歪める樹に対して、現実を受け入れていても気丈に振る舞う妹。「お兄ちゃんは、いつも助けてくれてるよ」と事故に遭う前から変わらない笑顔を見せるはいつものこと。また、その姿に兄は胸を締め付けられるような苦しさを覚えるのもいつものことである。


「足が動かなくたって幸せだから、だからお兄ちゃんがそんな顔しなくて良いんだよ」


 樹の妹である重岡紬は不慮の事故に遭ったのは2年前。たまたまその日は雨が降っており、傘を忘れた紬は迎えを待たずに一人でずぶ濡れになりながら駆け足で交差点を渡っていた時。その時、雨で視界を奪われていた一台の乗用車に跳ねられてしまったのだ。


 多数の通行人協力もあり病院にすぐに運ばれ、命は大事にはならなかったが、それ以来足が不自由になった。車椅子での生活が強いられたのである。


 医者にはもう二度と自分の力で立ち上がることは出来ないだろうと残酷な宣告をされた。


 まだ齢14歳の妹にとって死の宣告とも取れるその言葉。身体以上に心の方が心配だと医療関係者や両親を含め周囲の大人は大層心配した。しかし、その宣告は本人以上に兄である樹に突き刺さり、その当時は紬よりも樹の精神状態の方が危ぶまれていたくらいである。


 「また来年見に来ようよ!ね?いいでしょ。今度はお弁当買ってここで食べよう」

 「そうだな。ちゃんと開花時期調べて検診日を予約しないといけないな」


当時でも今でもその言葉を十字架の様に背負って過ごしてきた兄の心を救ってきたのはいつだって紬の存在だった。


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