第38話 育児を、はしょったり、けちったり

 たえちゃんの三十五日の法要はお骨を預かってくれるという円徳寺で行われた。大きなりっぱなお寺で、広くすがすがしい本堂だった。このお寺に来ればたえこに会えるんだなと思うと心が落ち着くのよと、八木さんは話した。

たえちゃんが乳児によくある突然死だったのか窒息死だったのか、それとも何か病気だったのかはっきりとはわからない。そんな話題はわたしたちの間でとりざたされることはない。

 八木さんは、最初からの予定通り、来春から 小学校に復職するということだ。

 仕事に戻ったほうが 少しは楽なのかもしれない。 


たえちゃんのことがあって、私は村長交渉には参加できなかった。

木田さんによると、お話にならなかったらしい。

村長は

「今が過渡期で、ちょうどその過渡期に居合わせた方々ということであって、そういう方々が出てきてしまうのはある意味、仕方のないこととご理解いただきたい。」などと意味不明のいいぐさいや いいわけだったとか。

今、存園しているこどもたちが小学校にあがるまで せめて四年間は存続させ、その間に決め細やかな調査をしていただきたい。との申し出にも


「だいたい1キロ半しか離れていないすみれ保育園に変わって、そんなに不都合なことがありますか?」


との開き直りには、穏やかな木田さんも気色ばんでしまったと苦笑していた。

 公用車で動いてるやつには、黒田さんのおばあちゃんのようなお年寄りが、幼児を連れて雨の日も風の日も送迎しなければならない苦労が想像できないのだろう。

 だいたい 園と園が一キロ半ったって、園に行くまでにすでに1キロあるじゃんねえ、木田さん相手なのに、私の声はキンキンとうわずった。

私はその場にいなくて良かったかもしれないと思った。

高田さんが村長に


「この村で育くめば絶対にりっぱな大人に育っていく、人生の基盤はしっかりつくってやるぞという保育や教育への気概を持っていただきたいと思うのです。人をつくりあげていくことこを、はしょったりけちったりしないでください。」

と言ったとき


「ぼくは今おっしゃられたことをそのままいまどきのおかあさんたちにおかえししたいですね。」と言ったそうだ。 


一瞬ぽかんとした高田さんが何か言う前に

 それはあんまりだ。と木田さんがぶつけたそうだ。


「保育園にあずけるということを、村長も大きく誤解しておられるような気がいたします。保育園に預けた親御さんたちの事情はそれぞれ違うでしょう。しかし、ひなぎくがこどもにとって幸せな場であるという確信から預けているわけです。

 もし、こどもにとってよくないと思えば、仕事もすっぱりやめてこどものために生きるでしょう。保育を自分でするかわりに保母さんにやってもらっているというのではないのです。もちろんそうではありますが、それだけではない。子供たちが子供の世界で、自分の体験、友達の体験を通して学んでいくことが大きいと信じているのです。子供の世話をするのをはしょって保育園に預けている親なんてひとりも存在しないと思いますよ。大きな勘違いだし、保育、幼児教育に関してあまりにも認識不足のご発言だと思います。」


「ご両親がお仕事をされ、社会に貢献されていることから、そのかわりに、お子さんをお預かりしましょうというのが村の保育園の趣旨です。専門的知識を持った保母が保育に当たっている、給食もあって栄養のあるものを食べさせてくれる、おかあさんのように家の雑用などしないから保母さんはいつでもそばにいる。おまけに一緒に遊べるともだちもいる。いいことづくめの保育園です。」

と村長。


「何をおっしゃりたいのかわかりませんが、そういうすばらしい保育園とわかっていても入れない人たちのほうが多い。それは、自分のこどもを充分に世話し、見ていてあげられるという確信があるからです。保育園に入れるより 母親のもとのほうがこどものためだと選択するわけです。あともうひとつ、入れたくても入れられない人たちもいます。中途半端な収入だと保育料が高額でなんのための仕事かということになってしまうからです。女性が社会に出て活躍できる時代になってきました。しかしまだまだ収入に反映されてはいません。女性が思い切りその才能をのばしていけるるようになるために、保育料の見直しなど含めて、統廃合問題を仕切りなおししていただけませんかねえ。」


「審議会でも5回にわたって審議してもらいましたよ。とにかく、私にも孫がいますが、これがなんともかわいらしい。見ていて本当にあきない。自分の手でかわいい盛りを満喫すればこんないいことはないとわたしは思うけどなあ。」


「確かに、それが一番いいのかもしれません。でも」と 木田さんも自問自答しながら話したそうだ。

「ずっとながい時間をこどもと過ごしても、保育園にあずけている人と比べて、その長い分こどもにとって良いことなのかといえば、そうは言えないという場合もあります。こどもに対する決め細やかな愛情があれば、たとえ、物理的にこどもと離れる時間があっても、それがマイナスになることは絶対にないとわたしは思いますね。」 

重ねて、高田さんも発言した。


「こどもへのあふれる愛情をこどもはしっかり感じ取っています。それに包まれていればその子は常に安定しており、親の元を離れていてもさまざまな体験をしっかりと人生の糧として成長していきます。反対にこどもへの真の愛情がない、というよりこどもをどう育てていいかわからない不安定な親と常にいっしょにいる子はかえってかわいそうではないでしょうか。」


「まあ、子育てっていうのは答えが出ませんからね。何がいいのか悪いのか、非常に判断が難しい。村としては、考えうる限り、良かれと思うことをやっていきますよ。ちゃんと。」

村長は 最後にそう言ったという。

 

 

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