第33話 英会話を始める

 

 日曜日、カンガルー文庫の当番だった。住宅の集会場でおかあさんたちがボランティアで本の貸し出しをしている。寄贈本と県立図書館から借り受けた本で文庫活動をしているのだ。

 こどもひとりでいけるありがたい図書館で慧は毎週のように利用していたが、私のお当番は久しぶりだ。

 夫はまだ寝ていたので、こどもたち三人ともつれてきていた。

 絵本を読んだり、体育館のようなホールで、思いっきり動けるし楽しそうだ。

 住宅のこどもたちも入れ替わりたちかわりどんどん本を借りに来る。

  新田さんが理沙ちゃんと顔をだした。


「今お宅に寄ったらお留守だったから、ここだって思い出したのよ。ご主人起こしちゃったかも。」

「おはようございます。理沙ちゃん、たくさん借りてたんだねえ。」

「うん、返しにきた。」理沙ちゃんはそう言ってくつをぬぎ、あさこたちにほうへ走っていった。

「いやね、ちょっとお聞きしたくて」と新田さんは靴を脱いでスリッパに履き替えた。

「ゆきさんね、とても急なんだけど、」と新田さんは周りにだれもいないのを確認してから続けた。

「12月にね、主人、サンディエゴなのよ。」

「あー。やっぱり新田さん行かれるんですね。主人ともしかしたらと話してました。みなさんで行かれますか?」

「私たちは、年明けてからと思ってるの。2年間。」

「新田さんがいなくなちゃうと、うち困るなあ。さみしいし。」

「もうだいじょうぶよ、ほらりょうちゃんだってあなたから離れて遊んでるじゃない。」

りょうもあさこやみほちゃんたちの後をついて一緒に遊んでいる(気でいる。)

「新田さんに頼りすぎてたから、これから大変だなあ。」

「だいじょうぶよ。それでね。ちょっとお願いがあって。」

 私たち夫婦が親しくしているアイリーンに英会話を習えないかというのだ。

できればマンツーマンではなく、私と一緒に。でもこどもたちがいるからというと、

それでね、考えたのよ。

ふたつグループを作って、交互にレッスンと託児をするの。だって、中谷さんとかけっこうみなさん英会話したいって言ってるじゃない?

みんなこれから必要だし、協力してやってみない? 

G住宅という外人専用のゲストハウス棟があった。

夫の研究室に来ているウエルズ夫妻の私生活のほうのお世話を、私がしてあげた。

奥さんのアイリーンは、まだこどもがいないので、ひとりであちこち飛び回っているがきっと引き受けてはくれるだろう。

 それより、新田さんがいなくなってしまうことのほうが頭から離れなかった。

 慧が生まれてから、いろいろ教えてもらったり、助けてもらったり、どんなに支えてもらっただろうか。

 どんな時でもいやな顔せずにこどもをみていてくれた。

 私が親不知を抜かなくてはならず、国立病院までいかなければならなかった時も 朝子と涼子を連れてきて2時間も待っていてくれた。母乳なので、おいてこれなかったのだ。

 朝子が腕を折ったときも、すぐに飛んできてくれて 菜ばしで朝子のうでを固定し、涼子を一晩預かってくれた。いろんなことが新田さんがいなかったらどうなってただろう。

 「ゆきさんってば!」

「あれ、いつ来てた?おはよう。ぼけっとしてた。」綾さんが笑っている。

みほちゃんと池田さんとこのさっちゃんも来ている。

「あっちの入り口から入ったのね。美和さんどう?」

「ご主人がよくやってると思う。でも気がついた?池田さんのご主人、頭真っ白になちゃったよね」

「あーそうそう、心労で白髪になるって本当だったんだね。」

「こないだ、美和さんに議会であったけど、薬ってすごいね、なんかしゃべるのやっとっていう感じだったよ。」

「そう。でも彼女前向きだよね。ひっこんでないし、どうにか克服しようとしてる。言わなくてもいいのに、いろんな人にあけっぴろげに話しちゃうのよ、病気のこと。」

「話されちゃうほうがどぎまぎするよね。」

「そのへんがアンバランスなのかも。性格はオープンなのに、することが極端にきちょうめんでしょ。きっと彼女の中のギャップが大きすぎたんだよね。」

その後私は、アイリーンに英会話を教えてもらう話をした。

綾さんは大乗り気だったけど、私はこどもをあずけてまで自分のことをするのはなんとなく気が進まなかった。悪いことではないのに、気が引けるのはなんでなんだろう。

 「でも小一時間でしょ、こどもたちもたくさんで遊べてうれしいんじゃないかな」

そうかなあ、じゃあ、やってみようかな。



「アイリーン教えてくれるのか?」

「うん、彼女ちゃんと教材持ってきてるんだって。」

「新田さんは結局別の人たちと一緒にすることになったの。3人で。」

「じゃあお前たちはしないことにしたのか?」

「それがね、アイリーンがね、こどもたち連れてきたらって。教材通りには授業がすすまないかもしないけど、行ってる時の会話を全部英語でできたらそれもいいんじゃないのって言ってくれてるの。」

「そううまくいくかなあ。アイリーン、こどもいないからわかんないんじゃないか。」

「そうだよね。でもまあやってみてだめだったらやめたらいいしね。」


そんなふうにひょんなことから始まった英会話のグループレッスン。

新田さんのグループはお子さんが小学校のおかあさんたちばかりなのできちんとしたレッスンになっていたようだが、私たちはひっちゃかめっちゃかのレッスンだった。意外なことにというかよく考えたらあたりまえなのだが朝子たちが拒否反応を示した。

 自分たちのわからない言葉をしゃべっていることに不安を感じるのかもしれない。

3回目からは新田さんがあさこと涼子とみほちゃんを預かってくれた。

八木さんだけが七月に生まれたたえちゃんを連れてきていた。 

夕涼み会で会って以来だ。あの時は大きなおなかを抱えてらしたけど、もう三か月になったのね。

 「英会話勉強しないと、外国人の児童の転入が多いのよ。」と日頃八木さんがこぼしているのを聞いていた綾さんが誘ってみたのだ。彼女、産休があと3ヶ月あるしって手放しで喜んでくれたそうだ。

始めてみると学生時代にかえったようで、いい気分転換になり、英語の宿題で辞書をひいたり、楽しく充実した時間を持てることになった。


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