第21話 みずたまりの中へ
テラスで一升瓶の栓蓋をこまのように回してたっくんと遊んでいると、しま先生が
「お散歩行くよー。たっくんのおじいちゃんちにいくから、大きいらいおんさんはおしっこいっといでー。」って手をラッパにして呼びかけている。
「じいちゃんちになんでいくの?」たっくんが立ち上がって、先生の後ろについていく。
「ささ竹をもらいにいくんだよ。」
先生と一緒に教室に入りかけたたっくんは、テラスに戻ってきて庭にむかって叫んだ。
「おいっ、こうじ、せいこ、かっちゃん、早く来い!、とも君はちがう、らいおんさんだけ! じいちゃんちにいくぞー!」
たっくんはいっつもえらそうだけど、きょうはもっとえらそうだ。
ぼくは、広げていたお酒のふたを集めてポケットに入れて立ち上がった。
「おじいちゃんちってどこ?」ぼくが聞くと
「知んねえの?おいらしってるぞ。おいらのじいちゃんち。」
「遠い?」とこうじ。
「うーん、わかんねえ。」とたっくんは後ろにずっこけた。
しま先生が給食室から出てきて、
「先生はおやつも持ったし、用意ばんたん。みんなも早く支度しといで。」
あんまりかっちゃんが暑い暑いと文句を言ってゆっくりゆっくり歩くもんだから旧道のやのさ旅館の前の原っぱでひとやすみということになった。
お水を飲んで一息つくと、みんなはまたすぐに出発したくなった。
もう歩けねえってのびてたかっちゃんも元気になった。
たっくんのおじいちゃんはささ竹を切って用意しておいてくれた。
ものすごく、でっかい。
「たくみがお世話になってなあ。」おばあちゃんが言った。
みんなに麦茶とアイスクリームをごちそうしてくれた。
「9月になったら、またきなさいな。ぶどうが、おいしくなってからね。」
みんなにやにやしてうなずいた。
しま先生が「毎年りっぱな竹をいただいてねえ、ありがとうございます。」と頭を下げた。
帰り道は大変だった。ささだけをもって狭いとこは歩きにくかった。
「道路は通らないで畑からにしよう。」しま先生はトウモロコシ畑に入っていく。
「先生、短冊 いつ書くの?」ようちゃんが聞いた。
「今日、お昼寝のあとに、短冊つくりからしようね。色染めして。」
「色染めー!。」とえみちゃんがうれしそうな声をあげた。女の子たちはいっつもやってるじゃないか、色染め。そんなに面白いかなあ。
「1年にいっぺんだけひこぼしとおりひめが会える日がたなばたの日。その日にお願い事をするとその願いはかなうんだよ。みんな何を書くか決めておいてね。」しま先生が言うと
「おいら決めてるもんね。」とたっくんがふふふーんと笑った。「何?教えて」ってせいこが聞いたけど「ナイショに決まってるっぺ。」って。
「ほら、気いつけなー、みずたまりがあるよー。」しま先生が止まった。
畑の中の狭い道なのに、ほとんどその幅いっぱいに水たまり。
先生は、水たまりをじょうずによけて道の端を通って行ってしまった。
ささ竹をみんなでかついでるので、ぼくらは、先生のようには渡れない。
ぼくは、後ろのほうに「ストップ!」っと声をかけた。
「足がぬれちゃうからな、ちょっと止まれ。」たっくんも言った。
ささ竹をかつぎながら、みんなは、大きなみずたまりの前に立ちつくした。
根元のほうを持っていたぼくは、
いったん地面に降ろそうと合図して、みんなで竹をまっすぐ空に向けて立ち上げた。
みずたまりの中にも深い底にむかって、竹がすっくとのびていた。
「すっげー ふかーい!。」
みずたまりをのぞきこんで、たっくんが大声をあげた。
ぼくも息をのんだ。ささ竹がずーっと水の奥のおくのほうまでのびて、その先には、もうひとつの空が広がっている。
みんな、竹を片手でささえながら、みずたまりに身をのりだしてのぞいた。
「倒れちゃう、たおれちゃう!ちゃんと持って。」
ささ竹が大きくぐらぐら揺れて、みんなあわてて両手で持ち直そうとした。
ぼくの足はみずたまりにすっかりはまってしまった。
・・・・・・・・・・・・
「あーあ、ぬれちゃったよー。」と言おうとしたけど
「ああーっ!」っという叫び声になった。水溜りに入ったはずの足は、固い地面に着地せず、そのままぼくの体は傾いて、ささ竹にぶらさがったまま水の中に入ってしまった、いや、落ちたんだ。
ささ竹にぶらさがって、みんなも一緒に、もうひとつの空に向かって落ちていく。
落ちているはずなのに、とてもゆっくりで、すぐそばに、驚いて口があんぐりあいてるまりちゃんの顔が見えた。
ビデオのスローモーションを見ているみたい。
おおきならいおんが8人、ゆっくりとささだけにぶらさがって空を旋回している。
「ぎゃはーっ すっげー。」たっくんが大口をあけて笑った。反対にこうじは、泣きそうに顔がくしゃくしゃだ。えみちゃんの顔は凍りついたよう。
「しっかり、手を離しちゃだめだよ。」せいこが注意して口をぎゅっと結んだ。
たっくんが「雲の中にはいるぞ!」と言ったとたん、ふわっと、からだが支えられるように感じた。
もう落ちていない。止まっている。
かっちゃんが「歩ける 歩ける」とささ竹から手を離した。
みんなも順に降りて、歩いてみる。
ささ竹は、そのまままっすぐに立っている。けれど、雲の上におりたったぼくらから見ると ささ竹はさかさまに立っている。
たっくんが 両手でささを揺らしてみた。ゆっさゆっさと動いたがだいじょうぶだ。
そのままちゃんと立っている。
「へーんなの!」ってたっくんはちょっとだけ、あしぶみした。
すると、たっくんは、ぼわーんと高く空中に飛び上がった。「わー なんだこれ!」降りてきて、またぼわーん。
仰天した顔が笑い顔に変わっている。「おもしれー。」
ぼくも少しはずみをつけて飛び上がる。みんなも最初はおそるおそる歩いてみて、そのうち調子づいてきて、高くに飛び始めた。空中で顔を見合わせて笑ってしまう。
トランポリンのように、空中ででんぐりがえしやらなんでもできる。
そのうち空中だけじゃなく、一歩で遠くに行けることに気がついた。
巨人の一歩は人の千歩、千歩飛んだら世界の果てじぁあー!
雲の上の巨人の追いかけっこは、気分さいこーだった。
「たいへん!」こうじが叫んだ。
「みんな 戻ってきてつかまれ! ささ竹動いてるぞー!。」四方八方からみんな息をきらしながら戻ってきてささ竹につかまった。
みんながつかまったとたんに落ちるスピードも速くなった。
「あれ? たっくんがいないぞ」
みんなで大声でたくみー!たっくーん!って呼んだ。
はるか向こうに点が見えて、それがみるみる大きくなり、たっくんになった。
ささ竹は、ずぶずぶと雲の中に落ちていく途中だった。たっくんは両手でダイブして、しっかりささ竹につかまった。
そのあとすぐ、ぼくたちは、雲の中に隠れてしまった。
いちばんてっぺんにいた(本当は根っこのほう)ぼくには、もうだれの姿も見えなかった。最後に、ぼくも白いもやもやの中に吸い込まれた。ひんやりとして、動き回ったあとでは気持ちよかった。でもなんにも見えない。
「みんないるよねー、こわいよー。」かっちゃんが泣きそうな声を出している。
こうじが「いるいる、ぼくはいる、みんな声を出してみて。」
たっくんが、「おいらいるぞー」ようこもえみちゃんもまりちゃんもいる。
せいこが、「いるいる。みんないる。手え離さなければだいじょうぶだからね。」
と励ました。
エレベーターみたいにゆっくりゆっくり下に下がっていく。
「どこまでいくんだろう。」ってだれかが言ったとき、まわりがなんとなくあかるくなったような気がした。
がったん
止まったのと、強い光でまぶしくて目を閉じたのと、いっしょだった。
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