第12話 仕事か子育てか選択しなきゃダメ?

 Tプラザの前に立ち、署名活動をするのも 三回目になる。


 全員がいっせいに集まっては無理なので、それぞれがやれる時にやるっきゃないね。ということにしていた。だから、もしかしたらひとりだけかなあ?と思いながら行くと、案に反して二回とも誰かしらが活動していた。


 前回も、夫にこどもたちを頼んで来た時には、思いがけず中華料理屋の小沢さんが来ていた。


「ご主人ひとりで大変じゃないの?」

「一時間ばかりはだいじょうぶ。今頃はお客さんいないのよ。こうじがいるとみさこもおとなしくしてるし。」


「こうじくん 優しいものね。妹ちゃんの面倒みてるのね。」

 こうじくんは 慧と同じクラス。穏やかでちょっと引っ込み思案。


 土曜日の午後、Tプラザは混雑していた。


「保育園に預けて、もったいないことない?こどもといる時間てあっという間よ?」


そう話しかけてきたのは年配のご婦人だった。決して悪気とかではなく、純粋に聞きたいという真摯な物腰だった。


 「仕事してる間は、どうしても育児ができないので。」と答えると、


 「それはわかってるの。私の言ってるのは 仕事を育児より優先してるっていうことがもったいなくない?って伺ったのよ。」


 「そうですね、うーん。それぞれの生き方の問題ですからね。私個人の考えで言わせてもらえば、母親といる時間が長ければいいかというと 私はそうともいえないのではないかと思うのです。時間的なことより、母親なり父親なりが真からこどもに愛情を持ってるっていうベースがあるっていうことが大切なんだと思うんですよ。」


「だれでも親なら愛情はあるでしょう。母親がそばにいることが大事じゃないから。」


 「確かにおっしゃる通りですよね。でも、保育園には、良いこともたくさんあるんです。母親にはできない開放的な遊びができるし、いろんなともだちと触れ合えるし。母親といてもかえって孤立してしまっては良くないと思うのですけど。」


 「そうなのね。まあ、こどもはなんとか育っていくものよ。母親の自信持って頑張りすぎず、自然に子育てなさったらいいわ。」とそのご婦人は署名をしてくださって、帰っていかれた。


 「母親が仕事しなきゃ、食べていかれないんだよ。」いつの間にか 後ろに小沢さんがいた。「気楽じゃないのに。」

そう言う彼女に私は訊いた。


 「ねえ、こうちゃんのおかあさん、母親の自信てあります? 私ね、なんとなく母親になってね、気がついたら三人の親になってた。」


 「わたしだって、おんなじよ。」小沢さんが笑う。


 「ひなぎくに入れてもらって、保母さんや、他のおかあさんたちからものすごくたくさんのこと教えてもらいました。ひなぎくのおかげで、なんとか子育てできてます。」

 「慧くん、このところずいぶんやんちゃになってきたよね。」


 「そうですか!そう言ってもらえるとうれしいです。あの子をたくましく育てていきたくても、下の子ふたり抱えてるとなかなか思うようにいかなくて、「虹」の原稿もおろそかになるし。それで保育園の助けを借りました。」


「うちのこうじも、すぐピーピー泣くんだよね。」

「こうちゃん 優しいから。けいも、けんかができなくて」


「ふたりとも妹しかいないからかねえ。」

「みさこちゃんはまだ保育園には入れないんですか?」


「但馬さん、0歳児の保育料いくらか知ってる?4万円近いのよ、私らで。」

「4万円!」


「そう。こうじとあわせたら、大変だよ。月に6万も7万も出せないよ。」

「だから みんな保育園を敬遠してしまうんですねえ。近くに親とかいればそっちに頼りますよねえ。こどもにとっては 子供同士がいいのにね。」


「なーに考えてんだろね、村長は」

 私は 小沢さんに教えてもらった審議会の委員たちを尋ねたことも 細かに伝えた。


「但馬さんも忙しいのに 悪かったねえ。」小沢さんは そう言ってくれたのだ。


 その日は 署名もたくさん集まった。


 さすがに 今日は平日の昼下がり。そんなに人は多くない。

今日はすぐそばのお肉屋さん、中山さんがいた。

男の子ふたりひなぎくに行っている。たけちゃんとまさちゃん。


「今 コロッケの準備してきたから ちょっと手が空いたしね。」


中山さんは ものおじということを全くしない、買物に来た主婦の人に、おもしろおかしく署名を頼んでいる。中山さんに言われるとついそのとおりにしてしまうという様子がみていておかしい。


 「まあいいじゃあないですか。今関係なくても、そのうち助かりますって。ね、また お孫さんができたら お世話になりますから。えっ、お子さんいらっしゃらないんだ。とはいっても世の中もちつもたれつ。何か ひとのためにしておくと、きっといいことありますって。」となんかわけがわからないけど 鉛筆もたされて署名してしまうっていう感じ。 


 でも、署名はしてくれながらも「保育園ていうのはさあ、村のお金かかってるでしょうよ。この村は保育園多いしねえ。 」と疑問を抱いている人や


 「こういうことやってる暇あったら自分の子の面倒みられるんじゃないの。」と大きな声でしゃべって通り過ぎていく人たちも結構いる。


 男性は黙って通りすぎてしまう人が多かった。お年寄りの男性には 目の前に孫の問題がぶらさがっていることでもなければ 全く関係ないことだよね。


 その点やはりお母さん方の関心はあるようだった。大きく勘違いしている人もいる。「あんたたちも 苦労してるねえ。施設がなくなったらお困りですねえ」と言われ、

「フツーのお子さんと一緒には受け入れてもらえないんですか?幼稚園で」 と言われてしまった。


「いえ、フツーの子なんですけど‥」と言いよどんだら、


 向こうから中山さんが、「おばあちゃん、幼稚園にもいける普通の子なのよ。ただね。共働きとかでね、長い時間 面倒見てもらわなければばらないだけなの。」と大きな声で 説明してくれた。


 大方は、好意的に署名してくれた。しかし、村に住んでいてもおおかたは、ひなぎくの存在を知らなかった。

 自分の生活に関わりのないことを知らないことはあたりまえのことなのに。

松木議員が「税の不公平でしょ」と言ったことを思い出した。

5時をまわるころには持っていった署名用紙が大方埋まっていた。

 中山さんはお店が気になるからとだいぶ前に帰っていなかった。


 さ、かえろ。ひとりで乗る自転車がずいぶん軽く感じた。





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