第5話 保育園のお迎え こままわし

園庭のすぐ入り口にあるジャングルジムには男の子が鈴なり。

けいも上から手を振っている。 


「かーちゃああん、おかえりー。」けいが大きな声を出すのはめずらしい。

「けいちゃん、てっぺんだねえ。両手離したらだめだよー。」

「へいき、へいき。あさー、のぼっておいで」 そんな、あさには無理無理。

でも、

 おてんばあさは、ジャングルジムに手をかけて登る気充分。


「あさちゃん、ホールにいかなきゃ。」と無理矢理おろしてから、けいを見上げ「先生とお話あるからけいはもう少し遊んでていいよ」と声をかけてから園庭をよこぎっていく。お迎えにきたお母さんたちに、木田会長の話を聞いてもらわなければならない。。


「但馬さあん!あさちゃん!」と後ろから呼ばれて振り返ると、かんたのママだった。

「高田さん、よかった。会えて。」 


「どうかした? りょうちゃんは?」

「うん、あずかってもらってきたの。今日会長さんがみなさんに話したいって」


「統廃合のこと?なんかわかった?」

「木田さん福祉課に行ってきてくれたのよ。詳しいことを伺うことになってるの。6時にいらっしゃる。残れる?」


「ごめん、あたし、もうひとりレッスンの子がくるから、すぐに帰らないといけないの。」

高田さんは、目でかんた君を探しながら

「あしたは一日空いてるんだけどゆっくり作戦練ろうか」

彼女はいつも行動がはやい。

「わかった 夜電話するわ」


高田さんのほうが身軽なので 来てもらうことにする。


 「かんたはどこかなあ。 ジャングルジムにはいなかったし」

「ホールにいるんじゃない?」


朝子を連れ高田さんとホールに入っていくと、いくつかの輪ができて独楽で遊んでいる。みんなじょうずに独楽をまわしている。


 高田さんのとこの寛太君も 独楽で遊んでいる。


「かんたも挑戦してるんだ」高田さんが寛太君に言うと「ぼくはまだ小さいやつしかできないけど」とかんたは恥ずかしそうに独楽にひもを巻いている。


「やってみせて」とおかあさんに言われて、かんたは無造作に独楽を放った。

 こんと床に落ちてそのまま紅い縞の独楽はころんころんところがってしまった。


「あっははぁー」と高田さんが大きな声をあげた。


「もう一回トライしてごらん。だけど一回だけね。今日はもう大急ぎで帰らなくちゃいけないから」

「もうーいい。」とかんたはひろった独楽を箱に返しに行きながら笑って言った。

「そうだね、明日また練習したらいいよ。」あっさり高田さんはそう言って

「じゃ、お先に、先生ありがとうございました。 さよなら」とかんたくんと帰っていった。


 「かんた、また明日ね。」と佐野先生は言って、

(まだ小さいらいおんさんは難しいかなあ)  と

誰に言うともなくつぶやいた。


かんたくんは年中さん、慧よりひとつ下だ。

佐野先生は 私のほうを向いて


「大きいらいおんさんはね、小さいほうの独楽を失敗しないで投げられるよう練習してるのよ。その後でこの大独楽に挑戦するの。」


「慧くんは、まだ小さいこまを 失敗することあるんだよねえ」と言った。


 ははーん。それでジャングルジムにいたんだな。

慧は、できないことを受け入れられない性格。挑戦していく気持ち、努力する気持ちを育てたいなあ。物事はじめっからできるなんてことはないのだから。

それとも 得意なことをのばしてあげるほうがよいのかなあ。。。


「大きい独楽はやっぱりずいぶんむずかしいんでしょう?」私が聞くと

「おっきいもんねえ、この独楽15センチ以上あるかなあ。」

「先生やってみせてくださいよ?」「いいですよ、見ててね。」


佐野先生は、縄のようなひもをまきながら、

「ほーらみんな、佐野せんせーが、独楽まわすよー。見ててー。」とホールのみんなに声をかけた。


 大独楽はゴットンと床に落ちて、そのままぐるぐると回り始めた。

「わお、回った回った。」大独楽は 迫力ある。


「先生、私も練習しようかなあ。その大きいには無理だけど 小さい方のを。

練習してけいとどっちが先に回せるようになるか競争しようかしらん。」


「それいいかもしれないわ、おかあさん。けい君はもう小さい独楽は、そんなに失敗しないの、あとはパーフェクトにして、回数を増やすだけ。だからけい君に教えてもらって。」 

けいに教えてもらうって、いい、いい。それならけいも一緒にやるだろう。


 そこへ何人かおかあさんたちがお迎えにホールにはいってきた。


お迎えのおかあさんたちに木田会長が今日福祉課に行ってこられたことを話すと、みなさん残って木田さんを待ってくれることになった。


あさは年長組の女の子たちにかまってもらってニコニコしている。もう少し放っておいてもだいじょうぶそうだ。私はホールを出てテラスに戻った。

 ほかのお迎えのおかあさんたちにも声をかけているうちに、木田さんがやってきた。


 「みなさんにわざわざもう一度集まっていただくのもどうかと思ってましたが、よかった、大勢いてくださって。手短かに早く終わりにします。」と木田さんは話し始めた。


「福祉課の課長はどうものらりくらりとはっきりとしたことはい言わないんですわ。村の予算の見直しで無駄なとこを削減していくというようなことを言うのですよ。行政改革の一端だと。でも、この村は今のままで特に赤字財政ではないし、よく判らないんですよね。この問題は福祉審議会で話し合ってるからのいってんばりでした。」


「審議会に統廃合という線でよろしくって村長が投げてるわけよね。」

えみちゃんのママ小寺さんが言った。村立病院の小児科のお医者さんでいつもはおとうさんのほうがお迎えなのに、今日は早く帰れたのかな。


「たぶん。そこのところを詳しく知りたいんですけどね。」と木田さん。

「審議会のひとたちに聞きに行くのがやっぱり早いよねえ。」小寺さん。

「それでね、そう思ってね。コピーしてきました。これ審議会委員の名簿なんですよ。」

木田さんは、コピーの束を私に手渡したので、1枚とって、みんなに回した。


「知ってる人何人かいるよ」と中華料理屋さんの小沢さん。彼女この村の出身だ。

「じゃあ、一応私の方にお知らせいただけますか。まずはその方々から紐解く感じでいきましょう。」 木田さんが言い


「あと、議員さんの訪問なんですが、手分けして行っていただければ。助かります。」と続けるので、

「その分担なんですが、今すぐには無理ですので、会長さんと相談して割り振らせていただいて、後日みなさんそれぞれにご連絡ということでよろしいでしょうか?」と私が言うと、


小沢さんが、「昼間からお店開けてるし、うちは行くの無理だけど…」すると同調して何人かうなずく人がいる。


「できるだけ昼間に動ける方にお願いしてしまうことになると思うのですが、それぞれやれることやっていくしかないので、その点みなさんでカバーしあってがんばっていきましょう。」と答えるしかなかった。


「それから、署名のことですが、先日の集まりからもうGOという判断をさせていただきまして、署名活動のことを、私ちょっと知り合いなもんで共産党の議員さんに教えてもらって請願書を作ってみました。」

木田さんは話を続けた。 

「さきほどの審議会のメンバーや村会議員さんのとこに行くという話しなのですが、それだけではなく、もうひとつふみこんで、こういう署名活動をしますというこちらの姿勢をアピールすることが大事なのではないでしょうかね。この請願の内容に賛同していただける方の署名をいただくわけです。これはまだ(案)になってますが。」

さらに木田さんは

「今日は副会長さんと打ち合わせのつもりにしていたので、」 とちらりと私を見てうなずいた。

「この署名用紙を2枚しかコピーしてきませんでした。今日はここにいらっしゃらない方も多いですし、明日、いままでの経過報告とこの請願書(案)をお配りします。疑問の点とか請願書に付け加えたい点などありましたら、どうか僕のところにおっしゃっていただければと思っています。」

と話して、

いつのまにかそばに集まってきていた子ども達に目を向けた。こどもたちがいつものお迎えとは違う雰囲気が気になるのかいつもよりおとなしくテラスに集まっている。

「じゃあ、こどもたちもお腹すいたでしょうし、今日はおひきとめしてしまってすみませんでした。この案は、明日全員にお配りすることにして、議員さん訪問についても、あらためてお願いすることにします。 今日はそういうことで、また、みなさんゆっくりお考えになってください。」   と木田さんは頭を下げた。


これから夕食の支度をしなければいけないひとばかりだろう、みなさん子供たちを連れて足早にかえっていく。

「お忙しいところいろいろありがとうございました。その署名用紙の印刷はしていただいてよろしいんですか」

と木田さんにお礼を言う。

「保育所でやってくれるっていうから印刷してもらって配ってもらうよ。役場には内緒だけどね。」


「議員さんめぐりにかんしては、明日高田さんと検討してみなさんに連絡まわすようにします。」と私が言うと


木田さんは 「僕もね、審議会のメンバーの中に3人知ってる人がいるんですよ。その人達に電話してみます」と私の持っている審議会のメンバーの名簿に3つ○をつけた。

「この人たちにはぼくから話を聞いてみます。」


共働きで3人のお子さんがいる木田さんはきっと家でもとても忙しいに違いない。夫と同じ研究所の仕事もきついのにとなんとも申し訳ない気がした。

「ま、ぼちぼちあきらめずにがんばりましょ。」そう笑って「さ、まりこ帰ろうか」とまりちゃんのかたに手をおいた。


 わたしもりょうを新田さんちに長いことあずけっぱなしだ。早く帰らねば。そう思ったところへ、ちょうどけいがあさこの手をひいてテラスにでてきた


「けいちゃん!、ホールにいたんだ。」「独楽まわし、あさに教えてた。」   

「そう、あさ良かったねえ。おにいちゃんじょうずでしょ。」


けいはもうさっさと靴をはきかばんをとりにいった。

「さあ、帰ろうか。りょうちゃんが待ってるよ。ごはんできてるからね。おなかすいたねえ。」 



 家に着いてけいとあさを家においてから新田さんのところへりょうを迎えに出た。 

 途中の住宅の駐車場で、小寺さんがえみちゃんと車を降りるところに出会った。


「さっきはお疲れさま。りょうちゃんは新田さんとこ?」

 小寺さんも、新田さんにはえみちゃんが赤ちゃんのときからお世話になっている。

「そう、新田さんのとこ。 小寺さん今日はご主人がお迎えじゃないのね?」

「出張なのよ。」


「あー、それなら明日の朝えみちゃんもけいと一緒に送りますよ、主人が。」

「ありがとう。でもだいじょうぶ、えみを送ってから診療所に行くって伝えてあるから。」


「そうですか。これからごはん?大変ね」

「主人いないしね、納豆ごはんと味噌汁でいいね、えみちゃん。」と小寺さんはえみちゃんの手をひいて ばいばいと玄関のほうに歩きかけ


「そうそう」と またもどってきて

「但馬さん、えみのきょうだいできるんだわ。」とそばに来て言った。


「え、いつ? 」

「予定日 12月なの」


「おめでとう、じゃあ、ひなぎくがなくなっちゃうのは痛いよねえ」

「そうよ、すっかりあてにしてたのに、近いから送り迎えが楽だし、あそこは 雰囲気が和やかでいいよねえ」


「存続してくれればいいのにね、もしなくなってしまったら どうするの?」

「こないだ新田さんに頼んだのよ。えみの時も1歳までは新田さんにお願いしてたしね。家から近いとやっぱり楽でね。」


「あーそうでしたね。新田さんなら安心ですね。」


 小寺さんはお医者さん。沈着冷静な彼女に聞いてみたかった。


 「どう思います?署名運動?」

 「村の意向をひっくり返すのはむずかしいだろうけどね。でも保育園について考えてもらえることにはなるよね。村にも。多くの人にも」


「やっぱり難しいでしょうねえ」

「でも、やってみましょうよ、やるだけ」


「そうですね、えみちゃんごめんね。お腹空いてるのにね。そうそうつわりは?大変な時はおっしゃってくださいね。どうせ送り迎えするのは一緒なんだからえみちゃんいつでもオッケーですよ」


「ありがとう つわりってなりたくてもならないんだわ。」と小寺さんは笑った。

「それはうらやましい。でもそれだとかえって無理してしまったりするから 気をつけてくださいよ。」 


 小寺さんの家のもうひとつ奥の棟に新田さん宅がある。理沙ちゃんがドアを開けてくれた。

「すみません、遅くなっちゃって、りょうの面倒みてくれてありがとうね。大変だったでしょ?」

「ううん だいじょうぶだよ。ね。りょうちゃん」と理沙ちゃんがりょうに声をかけた。


 新田さんがエプロンで手をふきながら出てきて、


「いい子だったね、りょうちゃん。一回おしめ替えといた。」

とおむつやタオルやらのひとそろいのバッグを

「はい、りょうちゃんセット」と手渡してくれた。


 りょうを抱き上げながら、「そこで小寺さんに会って、おめでたなんですってね」

「そう、えみちゃんがようやく小学校にあがる頃にねえ、これから楽になるのに。お仕事もってるのに偉いよねえ」


「小寺さんはお医者さんで忙しいから二人目は迷ってたみたいだけどね。でもえみちゃんひとりじゃやっぱりかわいそうだって、そう言ってたわ」

「赤ちゃんみてあげるそうですね。新田さんがいらっしゃるので、心強いんでしょうね」


「赤ちゃん可愛いもの。とっても楽しみ。」

「さてと、今日は助かりました。ありがとうございました。」



 りょうを抱いて小走りに家に戻る。玄関を開けたら、あさが泣きながら出てきた。

「どうしたの?」

「かあしゃんいないから」と泣く。「おにいちゃんいるでしょ」

「おにいちゃん、うるさいって」


部屋に入るとけいがどらえもんを見ていた。

「けい、あさが泣いてるよ、どうしたの?」

「知らない、かあさん遅いからじゃない」  確かに。 


「ごめん ごめん。おなかすいたねえ。もうできてるから。」

りょうをベビーチェアにおろし、あさを抱き上げる。


 「あさちゃん、あさちゃんの好きなお豆さんあるよ。どらえもん見て待っててね」

あさをおろし 手を洗い、おなべからひじきをお皿にとりわける。

あさに大豆を多めに入れる。テーブルをふいて ごはん茶碗も並べ、


「さ、ごはんにしよ、お腹空いたね」


「けいちゃん、今日はごはん遅くなったからテレビ特別ね」

通常はごはんのときはテレビは見ないことにしている。ごはんを早くに済ませてテレビはその後。

だから「やったー」とけいが大喜びでテーブルについた。

でもちゃんと食べてよ 見てばっかりじゃなくてね。


 豚汁とひじき、地味な献立だけど、うちの子はこんなのが好き。

「けいちゃん、ひじきごはんにして食べてもいいよ」

「そうする」

じゃ、大きいおちゃわんあげるから、

「あさも、する」

じゃ あさちゃんも大きいのに入れようね。でも良くかんで食べてね


 どらえもんが終わったので、すぐにテレビを消す。

 テレビを消したとたんに こどもたちの意識がちゃんとこの場に戻ってきた。


「ねえねえ、僕がドラえもんだったらどうする?」


きたきた、僕が何かだったらどーする? 最近のともが凝ってること。これってどういう思いで聞いてるんだろ、どう答えたら彼は満足するんだろ、


「どらえもーん ぎゃはー」とあさが後ろにのけぞると それをみて りょうもけらけらと笑う。


「うーん、けいがどらえもんだったらけいがいなくなるってことだよねー」と言うと、

「ちがうよ、僕がドラえもんなんだから」

「でもどらえもんよりけいのほうがいいもん」自分でもおもしろくない答えだと思う。


「じゃあ、新幹線だったら?」またまた。 もうこの手の質問やめてくれないかなあ。

「新幹線‥うーん、けいが新幹線だったら?」答えにつまってあさのほうを見ると


ごはんをかきまわしてばかりで なかなか口に持っていかない。けいとの話題は忘れてしまう。


「みてごらん、りょうちゃんだってちゃんと食べてるよ。あさも食べさせてあげようか?」


 するとけいが「あひる組でもひとりでちゃんと食べてるよ。」と口を出したので

あさはぷんと口をとんがらかす。

それをみてりょうも口をすぼめた。

その顔がおかしくて

あさが「あはー りょうちゃん見てーぇ」とぎゃははと笑った。

つられて けいもりょうも笑う。

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