第4話 朝子と良子


 あさとりょうを散歩させがてら ゆっくりと買物に行って帰ってくると電話がなっていた。


 あ、あさちゃんそのまま遊んでて。と庭にあさと、りょうを乗せたバギーを放り出して、台所のガラス戸を開け、中に飛び込んだ。 


受話器をとると木田さんの優しそうな少しなまりのある声が伝わってきた。 

 「お子さん寝かせてた?」

 「いえ。今買物から帰ってきたとこで、だいじょうぶですよ。」

「先日はごくろうさまでした。今日ね、ぼく福祉課にいってきたんですよ。」

「ごくろうさまでした。 解りました?何か。」


「それがね、福祉審議会の名簿はだしてくれたんだけど、住所、電話番号まではだめでした。でもねわかる人も何人かいるのでね、そのへんから聞いていけばなんとかなると思いますが。 

で、どうしましょうね。 一度集まるかどうか、どうしましょうねえ」


「そうですねえ、また、集まるといってもみなさんお忙しいし、今日のお迎えの時に、ちょっとどなたかと相談してみましょうか。まりちゃんのお迎えは何時ですか?」

「6時に僕が行きます。 その時に一応名簿持っていきますよ。詳しい今日のお話はその時にということで。」


6時か、遅いなあ、それにもう少しききたいこともあったが、庭のこどもたちが気なる。 電話しながら庭が見えるのだが、朝子はブランコに乗っているが、りょうはぐずって泣きだしている。おなかがすいてきたし、もうねむくなったのだろう。


「わかりました。 では6時にということで。よろしくおねがいします。」


受話器を置き、庭に顔を出した。

「あさちゃん、りょうちゃんの乳母車、押してあげて。かあさん、ごはんつくっちゃうから。」

「いやっ! りょうちゃんおっぱいほしいって」いつものようにあさはまずは反抗する。


「あさちゃんのごはん先に作ってから、りょうちゃんにあげるから。 ね。あさちゃんが遊んであげたら、りょうちゃん喜ぶでしょう」

「はーい」 あさは今度は素直に ぶらんこから降り、バギーを揺らし始めた。


たーんぽぽひーらいたまっきいろにひーらいた

はなびら とん はなびら とん とあさはうたっている。けいが保育所で習った歌だ。

「かあしゃん、はなびら とん て きれいな歌なんだよねー」

この小さなからだに、どんな春の美しい宇宙がひろがってるんだろう。


 夫の職場の集合住宅は およそ400戸以上もある。家族構成で選べるように様々なタイプがある。

りょうが生まれる前に、少し広めの木造平屋タイプに移った。 

 広めといってもほとんどの家が、自分でプレハブを建て増して住んでいる。20年前に建てられた住宅はもう老朽化し、狭い。風呂にもシャワーなどはない。ただ、庭だけは広い。


 「かあしゃん、のどがかわいた」 というので、麦茶を冷蔵庫から出し、コップにつぐ。

台所が庭に面していてしごく便利。ついでにやかんからさめた麦茶をほにゅうビンに入れ

「これをりょうにあげてきて、それから、あさちゃんのはここにおいとくからね。」

あがりがまちにあさのコップを置いた。

 

「りょうちゃんりょうちゃん、ほら、お茶お茶。」

あさは、おおいそぎで哺乳瓶をりょうにわたし、こっちに戻ってきて、縁側に座り コップを手に取った。


「すぐにつくるからね。あさちゃん、ラーメンにしよ。」

「もやしも?」

「そーよ。白菜いれてね、あ、新田さんのおばちゃんだ!」


木戸のむこうに新田さんの笑顔がのぞいた。


「あーさーちゃん。こんにちは。ちょっと入らせてもらうねえ」木戸をあけながら

「あら、りょうちゃん、ここにいたの」と言うと、りょうは足をばたばたさせた。

新田さんはりょうをバギーから抱きあげ哺乳瓶を持ってくれた。


「これからお昼?、あさちゃんおなかすいたねえ。」

「ラーメン食べるの」あさが言った。


「あら、いいんだ。 さっき来たらお留守だったから。あさちゃん、どこいってたの?」

「おさんぽ。おにいちゃんののびるとれなかったの」


「スーパーまでいくのに田んぼのほうへおりていったものだから、遅くなっちゃって。 きのう、けいが保育所のお散歩でのびるをいっぱいとってきてね。焼いて食べたら、おいしかったの。

たんぼでとったっていうから、あさにもとらせてあげようかと思って。でもね、みつけられなかったの。」と私はあさの話を補足した。


「あ、その住宅の鉄棒の裏のほうにうもいっぱいあったわよ。」

「そうなんだ。あさ、あとで行ってみようね。すみません、麺ゆがいちゃいますので。」


「やってやって。りょうちゃん寝そうだけど、いいの?」

「いいです。どうせ、おなかすいてるからすぐおきるでしょうし。よかったら、中に寝かせてもらってもいいですか?重いでしょう?」


「重くはないけど、りょうちゃん、寝かせてあげよか。どれ、よっこらしょっと」

新田さんは、台所にあがり、奥の座敷にりょうを連れていってくれる。

彼女には結婚してここに住んで以来ずっとお世話になっている。


「朝子ももうおうちはいろうか。もうできたからね。手をきれいに洗ってきてね。新田さーん、そこにお昼寝用のマット出てるので、お願いしまーす。」

言ってる間に、新田さんはもうふすまをそーっとあけて出てきた。

「うん、マットに寝かせた。すぐ寝たわ。最近は大きくなって、すぐに寝つくね。」


「そうですね。赤ちゃんの時は下に寝せるとすぐに起きちゃってね。このごろは、ごろんて置いても平気で寝てたりしますね。ありがとうございました。おかげで、ラーメンできました。 新田さんもいかがですか?もうお昼すみました?」

「とっくに。あーれ、あさちゃん、おてて洗ってきたの。えらいねー。ほら、ラーメンできてるわ。」

あさをだっこしていすに座らせて、新田さんは子ども用の小さなあさのおちゃわんにラーメンを移してくれた。

 「ほーら、あさちゃん、召し上がれ。ふーふーして。」

「あさちゃん、じょうずにお箸つかえるのねえ、」


この子は自分からお箸をつかいたがって、使わせたら、すぐにできるようになった。

「けいは、保育園で先生に教えてもらってお箸持てるようになったんですよ。親がちゃんと教えてなくて恥ずかしかった。保母さんたちってすごいですよね。」


「そういえば、保育園のこと聞きにきたのよ。昨日、図書館で耳にしたから。」

新田さんは村の図書館でアルバイトをしている。

「統廃合ってほんと?」

「あー、先週に父母会があったじゃないですか、あの時にね、話しがあったんですよ」

「やっぱりなくなっちゃうわけ?」

「まだ審議会で議題にあがってるという段階らしいけど、ほぼ決まるだろうって。」

「じゃ、けいちゃんが卒園してからなくなるのね。」


「そうですね。でも、あさもいれようと思ってたのに。近いし、いい保育園なのに。」

「どうしてつぶしちやうのかしらね。 あ、私はもう失礼するから 食べてね」

「そこのところがはっきりしないので、これから、父母の会で動こうかっていうとこなんですよ。」

「動くって?」


「議員さんのとこ行ったりとか、あ、そうだ、新田さん、図書館でわからないかしら。福祉審議会のメンバーの住所とか電話番号。」

「どうだろ、役場じゃだめなの?」

「さっき電話があってね、会長さんから。審議会のメンバーの名前だけしか教えてもらえなかったんですって。 」 

「そうでしょうねえ。 いまどき、住所録は渡さないわねえ。どうかわかんないけど明日仕事の日だから、調べてみるわね。」


「すみません、お願いします。わたしこんな時に副会長でしょ、これからどんなに忙しくなるのか。」

「できることあったらいつでも言って。あさちゃんたちあずかるし。」


「あー助かります。今日それでお願いにあがろうと思ってたんですよ。急なんですが、夕方りょうをあずかっていただけます? 保育園で打ち合わせがあって」

「いいわよー。4時半くらいね。さてと、今日はもう理沙が帰ってくるし。今のうちに買い物行っておこ。じゃ、あとで、待ってるわね。」と新田さんは立ち上がった。

「それが今日遅くて、5時すぎるかもしれません。会長さんが6時に来るのを待たなければならないので、帰りも遅くなるかも。」


「いいわよいいわよ、何時でも。理沙も喜ぶし。」

「おばちゃん、理沙ちゃん、がっこ?」あさが聞いた。


「そう、もう帰ってくるからね。じゃ、ゆきさん。おじゃまさま。」新田さんは帰りがけに、私やあさやりょうのぬぎちらかしたくつを綺麗にならべていってくれた。

 あさはもうこっくりしている。 

さあ、早くたべてしまわないと、りょうが起きてしまう。ふたりが一緒に昼寝してくれたらいいのに、今日はずれちゃうかな。

 お迎えの前に、できるうちに夕飯の用意をしておかなければいけない。


 さっき生ひじきを買ってきた。煮物とあとメインは何を作ろうかな。

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